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2006年3月18日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.366 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第242回
「チームUSAの泣き笑い」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第242回
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「チームUSAの泣き笑い」
全米選抜の「チームUSA」がメキシコ戦の敗戦によりWBC二次リーグで敗退し
ていったという事実は、野球というスポーツの特殊性を見せつけてくれました。野球
は間違いなく体力筋力の上に乗った精密な運動性能を競っていく部分を持っていま
す。その意味で、他のあらゆる球技だけでなく、陸上や格闘技、更にはウィンタース
ポーツなどとも本質的には変わりません。鍛えられた者が勝つのです。
ただ、他の競技にはない特殊な要素が野球には求められます。それは、筋肉の動き
に極限の滑らかさが要求される点です。バッティングがそうで、素振りなど気の遠く
なるような練習の果てに、全力で振れば振るほどスイングが正確になる境地があり、
その先に一種の軽みを加え力を抜くことで更にスイングをスムースにする、そんな姿
勢が求められるのでしょう。
投球も同じです。威力のある速球は、美しく滑らかな全身の動作が集約される中か
ら生まれるのであり、決して筋力の強さそのままの反映ではありません。変化球も同
じで、ある回転をつけるのに直接必要な筋肉はむしろリラックスさせ、全身の滑らか
な動きと体重の移動の中でボールに回転を与える、いわば全身の「ハーモニー」が切
れの良いボールを生みだすのです。
要約すれば、鍛え上げられた筋力を100%使うのではなく、90%ぐらいに抑え
ることで、かえってパフォーマンスが110%になっていく、そんな不思議な部分の
あるスポーツなのです。その意味で、100%へと筋肉を緊張させることは野球には
危険です。野球のメンタルトレーニングは、その90%ということの体得に注意を払
うべきなのでしょう。
そして、野球のフィジカルなトレーニングは、その分母である100%の数値を一
歩一歩高めてゆくことにあるのです。トレーニングの結果、100の筋力が120に
なったとします。その120を分母に、10%力を抜くと数字は108にダウンしま
す。ですが、力を抜くことで筋肉に滑らかさが生まれると、120は108ではな
く、120でもなく、120の一割り増しの132になっていく、そのあたりに極意
があるのではないでしょうか。
その意味で、WBC二次リーグにおける日本とアメリカはその極意の逆という状況
に陥っていたのでしょう。例えば、この両チームの二次リーグにおける対韓国戦の敗
戦が良い例です。100の力を、いや日本であれば韓国を100とすれば130ぐら
いの力が、アメリカは150ぐらいの力があるのだと思いますが、それぞれ出し切る
どころか、筋肉を緊張させるようなハートのマネジメントミスが出てしまった結果、
それぞれ100の力も出せずに終わったということではないのでしょうか。
韓国の選手たちは発奮していたというような解説がありますが、彼等も決して90
の力に抑えて滑らかさを肉体に与え、結果を110に持ち上げるような技は持ってい
ません。100の力を、普通に100出し切っただけなのでしょう。アメリカにも、
日本にも勝機は十分にありました。
日本の場合、筋肉が滑らかさを失っていった原因の一つは言葉でしょう。「戦った
相手が『向こう30年は日本に手が出せない』という感じで勝ちたいと思う」とか敗
戦の印象を「屈辱」というような「舌戦」の何が問題だったのかというと、そうした
硬直した言葉が、自分たちの筋力に110%を要求し、それが70%も力の出せない
結果につながったと考えるべきでしょう。
アメリカの場合も同じです。対日本戦での「世紀の誤審」を誘発したような「勝た
ねば恥」という浮き足立った雰囲気が、若き左腕ウィリス投手の投球から切れ味を奪
っていったのではないでしょうか。韓国戦の敗因は、前日の日本戦にあったというべ
きでしょう。打線も同じです。力んでいるとまではいかなくても、平常心を失うこと
で筋肉の滑らかさを失った時、スイングの速さは何の助けにもなりません。そして、
それがメキシコ戦の敗戦から二次リーグ敗退という結果につながっていきました。正
に野球の恐ろしさに他なりません。
ヤフーのMLBページ(たぶんMLBドットコムと並ぶ巨大サイト)でした。ジェ
フ・パッサンという記者は二次リーグでの全米チーム敗退という事実を受け止めて、
「もはや並ばれたのではなく、抜かれたのだと素直に認めるべき」と述べています。
日本戦が「疑惑の勝利」だったのだから、この二次リーグは「実質0勝3敗」だとし
た上で、「何よりももっと良い監督を据えること、そして悔しさを持ち帰った選手達
が、真剣に自分の大リーグのチームメイトに、次回は出るように勧誘することが必
要」と訴えていました。
ただ、全米にとって救いもあります。このパッサン記者が素直に敗戦を認めている
ように、アメリカのメディアは本当に素直です。「力を抜くことがかえって結果を向
上させる」という現象は、野球のプレーでは生かせませんでしたが、言論に関しては
不思議な「アメリカのソフトパワー」を発揮していたというわけです。そのきっかけ
は、日本戦でのデビットソン審判の「世紀の誤審」への批判です。
例えば、13日のNYタイムスに掲載されたリー・ジェンキンス記者の署名記事で
は「仮に薬物の問題がそれほど心配でなくなったすれば、今度は<えこひいき>の問
題が懸念されることになった」として「全世界に野球を普及させるのが目的の大会
で、最初の国際間の紛争が起きてしまった」と指摘しています。
保守的な、従ってアメリカびいきのメディアのはずのFOXニュースでも、ネット
上に掲載されたケネス・ローゼンタールという解説者のコラムでは、審判のほとんど
がアメリカ人で、全く不公平、オリンピックの審判をめぐる国家間のトラブルと同じ
事態に、という書き方をしています。
極め付けは、先ほどの記事と同じ、ヤフーのジェフ・パッサン記者でしょう。徹底
的に日本側を擁護した記事を書いており、それが日米戦の後ほぼ丸一日サイトのトッ
プにリンクされていました。パッサン記者は、日本語ブームという事情も踏まえたの
でしょう、わざわざ日本語を調べてきて、それをイメージ処理してコラムの中に引用
するという手の込んだことをしていました。普通のアメリカ人はブラウザに日本語フ
ォントを入れていないからです。
その日本語フレーズは「それは公平でない」という断定であり、そしてその結果と
してWBCが見せているのは「最も良い野球」ではないのだというのです。この記者
はそれほど日本語ができるわけではなさそうで、この二つの「引用」フレーズは、日
本語として決して自然ではありません。ですが、記者として可能な限り日本人の側に
立って、「公平」さが損なわれ、その結果「最も良い野球」が実現できていないとい
うことを、日本人が痛感し、落胆しているということを訴えようとしているのです。
このコラムの最後は、「悲しいほどにありがちな事件」だったと結ばれていました。
では、こうした「アメリカのメディアでありながら」日本チームの立場で誤審を批
判するような意見がメディアにあふれたのは何故なのでしょう。それは、いわゆる政
治的な「リベラル層」が理想論を説いて自己満足に浸る、というような種類のもので
はないと思います。
審判の権威があり、どの試合もお互いに悔いのない好ゲームであり、その結果とし
て大会が盛り上がって定着する、そのことの重要性と面白さを彼等は知っているので
しょう。仮に第一回大会にアメリカが勝てなくても、とにかくクリーンな試合が続い
た結果、大会自体のクオリティが増し、全世界の関心が増し、経済的にも効果が出て
くる、その上でアメリカが勝って行くことがあれば、その勝利に酔うことができるの
でしょう。そうした、ある種の「遠回り」の感覚は、野球のプレーにおける「90%
の力」の感覚に似ているように思います。
アメリカ人の発想法には、正反対の二つの顔があります。自国中心、自分のコミュ
ニティ、家族中心で、外敵には「正当防衛」だとして、いとも簡単に発砲する発想で
す。「孤立していながら、敵に対してはいつも自分から仕掛けたい」という感覚とで
も言いましょうか。もう一つは「世界中で通用するような理念を信じて、お人よしに
も世界にそれを売り歩こう」という感覚です。
そうした「理念を信じる」感覚は、911以降の不安感情に縛られたアメリカに取
ってはなかなか表面に出ないものでした。アメリカの軍事外交についていえば、アフ
ガンにしても、イラクにしても基本的には「理念を世界に売り歩く」のではなく、恐
怖心をベースに「自分から仕掛け」た結果だと言えるでしょう。現在の苦境の原点は
そのあたりにあるように思います。
その意味で「チームUSA」の敗戦を素直に認め、日本戦での(メキシコ戦でもあ
りましたが)「誤審」をアメリカびいきのものであっただけに、一層口を極めて批判
するというのは「理念を売り歩く」方の感性がそうさせているのだと言えるでしょ
う。私は一瞬「もうこれでWBCは白けてしまい、大会の将来は不透明になるかもし
れない」と思いましたが、もしかするとパッサン記者の言うように「3年後は絶対に
勝ってみせる」」と挑戦者の心境で、自らの「セカンドチャンス」に賭けてくるかも
しれません。
そうした「理念を売り歩く」発想は、他でもありません、民主党によりその傾向が
強いものだと思います。では、話は変わりますが、ここ数週間お伝えしている「右傾
化するヒラリー」現象はどう説明したら良いのでしょう。一見すると、ヒラリーは国
民の間に残る「テロへの恐怖」という浮き足立った感情を自分の政治的求心力に使お
うとしているように見えます。民主党にも関わらず、「孤立」の思想がそこに感じら
れると言ってもいいでしょう。
このまま、2008年に仮に民主党政権ができたら、その「こわもて」な姿勢に
「保護主義」や「対中接近」でじわじわ日本を取り囲まれ、更には「人権外交」を全
面に「人身売買」や「子育てとキャリア両立の不可能な社会」へ「お説教」でもされ
たらたまらない、そんな感覚が日本に生まれても、仕方がないように見えます。以前
からこの欄でお話しているように、一方で、日本のいわゆる「リベラル」の人々は基
本的に反米であって、こうした「こわもてヒラリー」と友情を結ぶのは難しそうで
す。
では、こうした「攻勢を強める民主党」をどう理解していったら良いのでしょう。
鍵はこの「港湾管理問題」にあるように思います。「アラブ企業お断り」というのは
決して人種差別や不安心理に迎合しようというのだけではないのです。ヒラリー・ク
リントンや、同じNY州選出のチャック・シューマー上院議員(民主)のホンネは
「貿易港のセキュリティ」に関心を引きつける中での、最終的には「港湾でのコンテ
ナ全件検査」を狙っているのです。港湾管理におけるアラブ系企業の排除というの
は、この問題における政治的な第一歩に過ぎないというわけです。
では何故「コンテナ全件検査」なのでしょう。それは、まず港湾における検査官の
雇用創出効果という問題があります。そして、検査手数料を徴収することにより輸入
品への「非関税措置によるデフレ防止」という効果が生まれ「ウォールマートの価格
破壊」による米国国内産業空洞化への歯止め、そんな期待も込められているのだと思
います。
これは明らかに保護主義的な考え方ですが、日本には全く理解できない話ではあり
ません。それはBSE全頭検査の発想と全く同じだからです。危険を感じて不安にか
られるということは同じでも、その不安に対して感情的・暴力的に反応するのではな
く、ITと人手を使って網羅的に危険を排除して行こうというのは全く共通だからで
す。
良く考えれば、現代日本の世界観がアメリカの民主党の思想と重なる部分は、他に
もあります。「京都議定書」の問題などは好例でしょうし、中東和平へのアプローチ
なども、日本人には理解しやすいものだと言って構わないと思います。
WBCに話を戻しますと、現時点ではキューバの優勝という可能性が残っています
が、経済制裁への抵触を理由に最後までキューバチームの参加に抵抗を示していた共
和党政権に比較して、民主党にはそこまでのキューバ敵視政策はありません。
今アメリカでものすごいベストセラーになっているノンフィクションに、トーマス
・フリードマン(『レクサスとオリーブの木』で有名)の『ザ・ワールド・イズ・フ
ラット』という本があります。グローバリゼーションの最新の状況を網羅的に取材し
た大冊ですが、その中でキューバに関して「新薬開発」ビジネスを国策として推進し
ているという記述がありました。
キューバでは、優秀な科学者の卵をヨーロッパに留学させて、帰国後は政府系の研
究所で新薬開発の研究に従事させており、その成果が出始めているのだそうです。フ
リードマンによれば、余りに優秀な製品なので、アメリカでは経済制裁の「例外扱
い」にしてライセンスを買い始めているのだといいます。何となく今回の謎に包まれ
た野球チームの快進撃に重なってくる話です。
仮にWBCでキューバが優勝したら直後のアメリカのムードは白けたり、怒ったり
ということになるのかもしれませんが、案外大きな流れとしては、キューバとの雪解
けへ向かうかもしれません。すごい野球をやり、すごい薬を作る人たちとなれば、敵
視ばかりというわけにはいかないのではないでしょうか。そのあたりに、仮に民主党
が政権を取返してゆくとしたら、その新しい風の匂いとなってゆく要素があります。
日本から見ればキューバは友好国であり、アメリカとの関係が改善することは、歓迎
こそすれ困ることは何もないでしょう。
いずれにしても、今回のWBCは様々な形で、文化と文化のぶつかる中でのドラマ
を見せてくれています。アメリカの野球ファンも、日本の野球ファンも意外な結果の
連続に翻弄されました。たかが野球に国々の文化の話を重ねるのは大げさなのかもし
れません。ですが、真剣なボールゲームを通じての泣き笑いには、やはり人々の生き
ていく価値観が投影されてきます。そして、そこから新しい国と国の友好のありか
た、相互理解のありかたが生まれてくるのでしょう。ちなみに、次回2009年の大
会は、アメリカの新大統領就任の直後というタイミングにもなります。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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