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JMM [Japan Mail Media]  「人種問題という闇」 冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 3 月 12 日 16:24:08: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2006年3月11日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.365 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第241回
    「人種問題という闇」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第241回
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「人種問題という闇」

 ここ半年ばかりの間にヨーロッパでは、フランスでの暴動、そしてデンマークの
「風刺画事件」と「イスラム教徒とその他(実際はキリスト教徒)の文化摩擦」が続
いていますが、アメリカではこの問題はそれほど表立ってはトラブルになってはいま
せん。確かに911の直後にはアラブ系を狙った暴力などもあったのですが、表面的
には落ち着いていました。その背後には、「テロに対抗する正義」を自身が持ってい
ると信じるためには、国内での「アラブ系への攻撃」というような事件は避けたいと
いう心理があったように思います。

 これに加えて、アフガンからイラクへと続いた「戦時気分」の中で、アメリカ国内
の人種問題は沈静化しています。貧困ゆえに志願兵になったという構図には差別は歴
然としてあるのですが、それでも黒人やヒスパニックが兵士となれば「国の英雄」で
す。それよりも何よりも「外部の敵」の存在が国内に「戦時の団結」をもたらしたの
だとも言えるでしょう。

 こうした「団結」に水を差したのが「カトリーナ」でした。ハリケーン被災を契機
に、ニューオーリンズの街を中心として、アメリカに残る「人種問題という闇」が暴
き出されると、ブッシュ政権の求心力は一気に低下しました。表面的には危機管理能
力が問題視されているようですが、世論の深層には格差の問題に対して何もできない
ことへの苛立ちがあるのは明らかです。

 一方で、イスラム教徒に対する偏見という点でも、ここへ来て抑えていたものが噴
き出してしまっています。他でもありません、この欄で既にお伝えしたように、ここ
2週間、アメリカの政界を揺るがせた港湾管理会社の問題がそれです。NYを中心と
したアメリカ東海岸の主要な港湾の管理権を、アラブ首長国連邦(UAE)の国営会
社が買収したことが明るみに出ると、ワシントンは大騒ぎになったのです。

「アラブの会社? 危険だ、ハンターイ」という議会が勝つのか、「譲渡契約は審査
済みで問題なし」というブッシュ大統領が勝つのか、これまでの立場をひっくり返し
たような奇妙な政争は、結局は最終的な勝負に至ることはありませんでした。今週
アッサリとこの問題は決着してしまったからです。

 9日の木曜日に、ドバイに本社を置くDPW社は声明を発表して、一旦購入しかけ
た管理権をアメリカの会社に転売することを表明しました。要するに面倒な問題から
手を引くというわけです。この直前まで、ロンドンの裁判所が「契約の有効性を認め
る」という仮処分を出していたり、UAEが「報復」としてボーイング社への航空機
の発注をキャンセルする構えを見せたり、こじれそうなムードもあったのですが、急
転直下というわけです。

 では、この展開は政治的にどんな意味があるのでしょう。一番喜んだのはブッシュ
大統領でした。「これで全員がホッとするんじゃないかな」という何とも正直なコメ
ントを出しているぐらいです。先週までの状況では、民主党のシューマー議員(NY
州、上院)が提案した「45日の精査期間」を置くことで議会がホワイトハウスに対
して押し気味の中、ブッシュ大統領は「この譲渡に反対するいかなる法案も、大統領
拒否権を行使する」と宣言し、その立場を撤回していませんでした。

 9日の朝の時点では、この政争はブッシュに不利だという観測が一般的でした。
ブッシュが拒否権行使をすると言っても、その拒否権は合衆国憲法の規定により、議
会が上下両院の三分の二の票決をすることでひっくり返せるのです。この時点では、
議会の93%は「UAEによる港湾支配に反対」でしたから、大統領の敗北は必至で
した。

 この朝、NBCの「トゥディ」に出演していた、元下院議員(共和)の政治評論家
チャック・スカボローは「そもそもブッシュ政権というのは、ずっと多数派与党に守
られてきたから、拒否権行使の必要は一度もなかたんです。で、今度それを行使する
と、政権として初めての拒否権でしょう。でも、絶対に覆されて負けるのが分かって
いて、それで引くに引けないってのは惨めですよね」と言っていたぐらいです。

 その晩「UAEの撤退」が明らかになった時点で、スカボローと同じ共和党穏健派
のニュート・ギングリッチ元下院議長は「まあ、この妥協はブッシュに取って良かっ
たと思いますよ」と解説していました。ブッシュの立場は正論でしたが、政治的には
国内の政争に勝っていくという意味では好手ではなく、共和党の中からも完全に総ス
カンを食らっていましたから、スカボローやギングリッチが「ホッ」とするのはよく
わかります。

 では、民主党の側はどうなのでしょう。UAEの撤退という報道に対しては、老獪
なシューマー議員は「私は45日の精査を提案した者として、その精査の結果として
専門家の意見を聞いてみないことには、UAE企業の支配が良いとか、悪いとかは言
えない」とかわしていました。ヒラリー・クリントン議員(NY州、上院)は「今回
の事件を教訓にして、港湾管理という重大な任務には外国の国営企業が関与できない
ように法改正をすべき」と、まだまだ攻勢を緩めない構えです。

 攻勢を緩めない、というのは文字通りであって「港湾管理に関する権利譲渡の際に、
45日の審査期間を含む議会の監督」を義務づける「法案決議」はこのまま実行しよ
うというのです。今回はたまたま解決したが、今後のために「決議」をするというこ
とで、「ブッシュの政治的失態」を「見える形」にしておこうというのでしょう。仮
に法案が議会を通れば、ブッシュのサインが必要になります。サインすれば妥協した
イメージが明らかになります。拒否権などと言っていたのに、一貫していないじゃな
いか、というわけで政争の中の一手に他なりません。

 決議と言えば、今回の港湾問題のドサクサに紛れるように、問題の『愛国法』は相
当の部分が恒久法化されました。民主党としては、自分たちが「治安」へと立場を
振ってしまったなかで、もはや反対する理由を失っていたのだとも言えるのでしょう。

 一連の流れの中で、現時点では、騒動の結果として誰が得をしたのでしょうか。
ブッシュ大統領は「一安心」などと言っていますが、政治的には失点としか言いよう
がありません。正論ではあっても、議会や世論とのコミュニケーション能力が余りに
も欠けていました。元来が「911への報復心理、戦時ムード」を政治的求心力にし
てきたのは、他でもないブッシュ政権であって、それが「資本に国籍なし」という理
想論と心中する構えを見せたのは唐突だったからです。

 唐突という点では、民主党の側も同じです。9日の朝の番組の話に戻りますが、ス
カボローは民主党に対しても「そりゃ、港湾の問題でブッシュを叩けば支持は来るで
しょう。でも、こんな感じで治安対策をウリにするというのは、どうも安直な感じが
しますよ。だって、クリントン夫妻といえば、親アラブ、人権派でしょう。ちょっと
安易ですよね」という言い方をしています。

 先々週にお話しをしたように、911以降のヒラリーは「NYの復興」をまずテー
マに掲げ、次いで「アフガン、イラクの前線兵士への慰問」を何度も行っています。
ですから、唐突というのではなく、じわじわと「テロ対策のヒラリー」というイメー
ジへとシフトしてきているというのが正しいのでしょう。ですが、「アラブ系の企業
は締め出す」というのは、やはり人種差別であって、あのヒラリーがそれを大声で
言ってしまったというのはやはり事件です。

 ただ、事件という言い方をしたのは節操のない「変節」というだけではありません。
その一方で、今回の一件によって、「ヒラリーは2008年の大統領選に対して意欲
がある」ということを、国中にハッキリ印象付けたというのも事実です。この問題が
一段落したところで、今度はイラクの「内戦」という事実とどう向き合うか、イラン
との「舌戦」にどう対処するかということになります。ここでどんな立ち回りができ
るか、ヒラリーとしてはいよいよ正念場です。自分が党内のリーダーシップを取る中
で今秋の中間選挙に勝てれば、2008年は一気に近くなるからです。

 この港湾管理問題は、図らずもアメリカの世論にある「アラブへの嫌悪感情」をあ
ぶり出しました。それだけではありません。人種差別や文化摩擦という問題に関して
は、現在のアメリカには決して良いムードはないのです。例えば、先月にはアラバマ
州で黒人教会が9軒放火の被害に遭うという不気味な事件がありました。今週その犯
人が捕まったのですが、犯人は白人の大学生3人で、動機は「ただのジョークだった」
というのです。

 ですが、誰もジョークだとは思っていません。各局ともに扱いは決して長くないの
ですが、何とも人を憂鬱にさせるニュースです。被害に遭った教会では「犯人への許
しと癒しのミサ」をやったというのですが、その牧師のコメントが美しければ美しい
ほどやり切れなさが残るのです。何度もTVで放映された「焼け落ちた黒人教会」の
映像は、正に人種問題の闇にほかなりません。やり切れないということでは、カリ
フォルニアでは、ヒスパニック系の「イラク帰還兵」が交通警官とトラブルになる中
で、黒人警官に発砲されて重傷を負うという事件もあり、これも世の中を暗くしてい
ます。

 イスラム教徒との「摩擦」もニュースになっています。9日の夕方のCBSラジオ
(NY)では、シカゴからのニュースとして、イスラム教徒の女子バスケットボール
競技の話を伝えていました。イリノイ州にイスラム系の私立高校があって、そこには
女子バスケットボールのチームがあるのですが、試合中は肌を露出しているために
「体育館全体を男子禁制」にしなくてはならず、そのために対外試合ができないのだ
そうです。

 CBSの放送では、キャスターが面白半分に「まあ、ここはアメリカなんだし、バ
スケットはアメリカのスポーツなんだから、アメリカのルールに従ってもらうしかな
いですな」とコメントをしていました。まるで、「だからイスラムは迷惑だ」と言わ
んばかりの口調でした。

 ですが、この放送の元にもなった『シカゴ・トリビューン』紙の記事を見てみると、
エピソードは決して単純ではないのです。なぜ記事になったのかというと、そもそも
この女子チームは、イスラム系の高校4校だけでリーグを作り、試合や練習の時には
「お父さんや男の先生」を締め出してやっていたのだそうです。

 ただ、この4校では「レベルがちっとも向上しない」ので、一般の公立校との試合
がしたくなった、でも、そうなると「向こうの父親が見に来るし、向こうには男性コ
ーチがいる」、そこで「私たちと試合する時だけは、男子禁制でやってもらえません
か?」と持ちかけたが断られている、ということなのだそうです。

 この記事が秀逸なのは、イスラム教徒の高校生達の肉声を紹介していて「民俗服で
全身を覆ってプレーしたら、向こうに男の人がいてもオッケーかも、そうしてでも強
い相手と試合がしたい」とか「試合会場は自分たちの(モスクの隣の)高校にして、
移動手段もこっちが出すからということで、お願いだから男のコーチや、お父さんの
観戦は遠慮してもらえないかな」などと悩んでいる姿を克明に伝えている点にありま
す。

 CBSのラジオには呆れましたが、良心的な元の記事を見ると、まだまだアメリカ
には「多様性の共存」をやり抜こうという覚悟が残っている、そんな希望も感じるこ
とができました。その意味で、5日の日曜日、アカデミー賞の作品賞に『クラッシュ』
という映画が選ばれたのは良かったと思います。

 既にご覧になった方も多いと思いますが、この『クラッシュ』は人種差別がどうし
て起きるのか、どうして誤りなのか、どうすれば乗り越えられるのか、ということに
静かな希望を感じさせる作品です。その意味で、同性愛映画に作品賞を与えないため
の「バランス感覚」で受賞したというのは(多少そうした意味合いはあるのしても)
当たらないでしょう。

 作品の内容については映画ですから説明を控えます。ですが、例えば先ほどのカリ
フォルニアの事件を例に取ってみましょう。この事件に『クラッシュ』風の説明を加
えてみると以下のようなな感じになります。警官に尋問されている最中の人間が「自
分は帰還兵だ」と名乗ったのは「愛国者であって怪しい者ではない」と言ったつもり
なのでしょう。でも、黒人の警官にしてみれば帰還兵というのは「戦場で人を殺して
きたかもしれない不気味」な存在であり「警官より強い兵士」として恐怖の対象に
なったのではないでしょうか。

 そうした「不幸な行き違い」に人種偏見(この場合は黒人による、自分はヒスパ
ニックから憎まれているのではないかという思い込み)が加わって悲劇が起きる、そ
んな説明です。『クラッシュ』にはそんな些細な悲劇と和解のエピソードが精密に織
り込まれています。方法としては回りくどいようですが、恐らく人種差別が起きる瞬
間の説明としては、恐らくは有効なものなのです。

 少なくとも「差別者=究極の悪人」、「被害者=究極の善人」というような二元論
で思考停止と比較すると、はるかに方法論として進んでいると言っていいでしょう。
私の教えている大学は、正に人種の「るつぼ」を地で行くような場所ですが、学生達
の間でもこの『クラッシュ』は圧倒的に支持されています。その秘密はそのあたりに
あるのだと思います。

 2008年へ向けての政局も、右傾化したヒラリーと穏健共和党の対決、というよ
うな構図ではなく、それこそ『クラッシュ』を支持しているような、もっと若い世代
が絡んでダイナミックなものになる必要があるのでしょう。イラン問題にしても、中
国やインドの台頭を踏まえた世界情勢にしても、過去のような善悪二元論では全く説
明がつかないものです。そんな複雑さの中にありながら、外敵や変革への恐怖心など
世論の感情的な反応を求心力にされたのではたまったものではないからです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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                   melma! : 8,677部
                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

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【編集】 村上龍
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