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9月9日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の建国記念日に「核実験が行われるのではないか」との観測がある。わずか2カ月前、7月5日に北朝鮮が行ったミサイル実験は、日本の地政学的リスクと、情報収集・分析力の乏しさを浮き彫りにしたばかりだ。
当時「北朝鮮はミサイルを必ず発射する」と主張し、的中させた数少ない存在が、防衛庁に所属する北朝鮮ウォッチャー、防衛研究所図書館長・主任研究官の武貞秀士(たけさだ・ひでし)氏だ。氏の持論は、ミサイルと核開発の背景には北朝鮮の緻密なシナリオがあるとするもの。それに基づいて「核実験は遅かれ早かれ必ず行われる」と分析する。
−− 7月の段階では最後まで「北朝鮮はミサイル発射はしない。ブラフだ」という意見が支配的でした。
武貞 北朝鮮、中国、韓国の事情に詳しい人たちが皆、「脅かして譲歩を誘い、体制維持を図る」という金正日の発想からいったら、絶対にミサイルは撃たない」と言っていたわけですよね。ですから、実験が行われた後、「金正日は狂った」という説明になってしまった。
−− もう1つの説明は、金正日の知らないところで軍が暴走して撃ったというものでした。
武貞 私は「北朝鮮がミサイルを撃つ理由16項」というのを、発射の3日前までにいくつかの国際会議で話しました。「彼らのシナリオからすれば、撃たねばならないし、撃つだろう」という話です。
−− その理由は何でしょうか。北朝鮮にすれば、実験を止めた方が実利がある状況でしたよね。
制裁中止よりも価値がある目的とは
武貞 そうです。「核を手放します」「ミサイル実験は行いません」と言ったら、見返りで食糧、重油、制裁中止など、有形無形のいろいろなものをもらえます。それなのに、北はなぜミサイルのテストをし、核を持とうとするのか。
それは、止めたときの見返りでは補うことのできない、もっと大きなものがあるからです。言い換えると彼らには大きな目標があり、それを実現するためのグランドストラテジーがあるからです。それは統一であり、それもチュチェ(主体)思想による統一です。朝鮮半島有事のとき、米国を核で脅かしながら傍観者にして、自国主導で韓国と一体化を狙う。そのための核戦略なのです。
統一を目指す戦略に基づいて、大陸間弾道弾を作り、性能確認のためにミサイルの発射ボタンを押した。戦略あってのテストであって、狂気でも、軍の暴走でもない。
−− 率直に申し上げて驚きました。にわかには信じられません。
武貞 北朝鮮は、これまでずっとそのように説明してきました。おかしな言い方ですが、彼らの発言に「嘘」はないんですね。「自主的平和統一を望んでいる」と言ってきました。「平和」というのは、米国と戦争したら勝ち目はありませんから、当然です。「自主的」というのは、「南北だけで、統一を考えれば北朝鮮が主導権を握れる」という意味です。
「統一をしたい」というのも、毎日のように「労働新聞」に書いてあります。それに対しては「北朝鮮の強がりで、北が主導する朝鮮半島統一はあり得ない」という見方が多いですね。しかし、今のまま行けば私は、現実になると思います。
−− 我が国にとって一番見たくないシナリオですね。しかし、どうやったらそんなことが可能なのでしょう。金正日の統治は失敗して、災害に苦しみ、国力が低下し、治安が相当悪化しているという話も聞きます。第一、米国がそれを許すでしょうか。
米国は手を引きかけている?
武貞 米国の朝鮮半島でのプレゼンスから考えてみましょう。在韓米軍がいる限り、米国は韓国の防衛戦に自動的に巻き込まれるのですが、米国側には、韓国の防衛に対する以前ほどの熱意は見られない。韓国内には、外交と国防で自主性を高めようというムードがここ数年で出てきた。仮に、南主導で朝鮮半島が統一されたとしても「もう統一したから米軍はいらない。出ていってくれ」と言いそうな状況です。それを読んでいる米国は、利用されるときだけ利用されて、用が無くなれば出て行ってほしいとなることはまっぴらだというので、韓国の自主化を推進する方向に転じた。
−− 8月末に、ラムズフェルド米国防長官が「2009年に朝鮮半島の戦時作戦統制権を韓国軍に移譲する」と通達していたと報じられました。韓国は2012年を予定していたとのことですが。
武貞 そうです。韓国が自主性を高めたいというものだから、それなら韓国の予定よりも早く米国は作戦統制権を委譲しましょうと提案した。実際に委譲すると、在韓米軍の数は2008年以降、2万5千人を維持する方針を変えて、追加削減する可能性があります。そうすると、韓国防衛の第一次的な任務は韓国軍が担当するという時代になる。そうなれば米国の韓国防衛の意志はますます弱くなる。
−− しかし、引き揚げていったとしても韓国軍は残りますね。
武貞 北も、装備が優れた韓国軍と正面衝突するわけにはいきません。ですから、いま北朝鮮が行っているのは、韓国に対し、北朝鮮に好感を持ってもらうためのあの手この手です。「朝鮮人民軍が韓国を守っている」といった宣伝を駆使して、北は敵ではないと呼びかけています。軍を骨抜きにするためには一般大衆の心を骨抜きに先にすればいいわけです。
北は韓国とも全面戦争をしたくない。韓国には、北にとっての宝物がたくさんある。自動車、造船、電気、コンピューターもね。統一したら、それはそのまま取らなきゃいけない、韓国人のエンジニアも使わなければいけない。しかし、軍事力抜きで、韓国民をチュチェ思想への協力者にすることは困難だということを北朝鮮は知っている。だから、通常戦力、特殊目的部隊を維持している。
−− 民主主義の国で育てられた人々が、チュチェ思想を押しつけられて働くでしょうか。
「民族はひとつ」のメッセージは非常に効果的
武貞 ですから、北朝鮮がいま挑んでいるのは、韓国が「北の善意に賭けてみよう」と決断するシナリオを作ることです。そのために北は主義や思想を超えた「同族の論理」を強調しています。南北閣僚級会談とか、大統領を平壌に呼んだときに抱き合うようなパフォーマンスとか、国家情報院長に金正日が耳打ちするような風景とか。うまく組み合わされていけば「話せば分かる相手だ」という意識が当然出てきます。そうすると、あるときに支配者がスイッチしても、現場のエンジニアは違和感なく、今まで通り技術開発に携わるかもしれない。
実際、そのプロセスが相当進んでいると思います。5月31日の統一地方選挙で与党は大惨敗しました。その意味を大きく取る人は、「いや、韓国はまた変わった」と言うけど、7月にはやった「韓半島」という映画、あれは、統一を前提とした南北縦断鉄道・京義線開通に対して、日本が反対を宣言することから始まる話です。一貫して「(北と南が一体になって)日本に打ち勝つこと」と「愛国」を強調したものです。北よりも日本の脅威を描いています。これが韓国人の心にアピールしたのでしょう。
「米国に国防で頼り過ぎた。経済では日本に頭を下げ過ぎた。中国とは商売でうまくやり、北のマンパワーを使い、資源はロシアから分けてもらいながらやっていけば、日米に頭は下げなくてもいいんじゃないか」。これが、今の韓国のナショナリズムだと思います。であるとすれば、与党や野党は関係ないんですよ。
2000年6月に平壌で初の南北首脳会談、そして2003年2月に盧武鉉氏が大統領に就任した頃から韓国は、「米国と仲良くして、今まで必死で北の同族を悪く思ってきたけど、これはちょっと違うんじゃないか」と思い始めて、雪解けムードが起こり、既に3年が経ちました。韓国のムードは大いに変化し、北が攻めてくる、と思っている人はどんどん減っています。この流れでいけば、実際に侵攻が起こった時には、武器を持って立ち上がる人たちは少数になってしまうでしょうね。
−− 最後は軍事侵攻ですか。
武貞 いろいろなシナリオが考えられます。「もう南北融和の時だ」ということで、南北の軍が一緒に訓練するような時代が来れば、大きな軍事力を動かさなくても統一は難しくない。
−− 中東で泥沼に入り込んでいるとはいえ、米国がそれを黙認するのでしょうか。
米国に手を出させないための「連邦制」
武貞 北朝鮮は「連邦制国家宣言」を韓国に提案をしています。韓国は絶対受け入れないと言っていますが。しかし、もし両国が連邦制宣言をしたら、米国は何があっても北を攻撃できなくなるでしょう。北と南が合意の上で、「2つの政府だが国家は1つ」と言った際に、北に米国が兵力を送るということは、南を攻撃するのと同じことになる。韓国の反対を押し切って北の一部分を攻撃することはできない。それは米韓同盟が終わるときであり、米朝不可侵条約を締結したのと同じ効果がある。
−− 仮に米朝不可侵条約が結ばれたとすると?
武貞 北朝鮮が日本を攻撃したときに、日本は日米安保条約に基づいて、米国が北を攻撃してくれるのは当たり前だと考えますね。もし米朝不可侵条約が結ばれていたら、日本が攻撃されても、米国は法的には動けなくなる。
しかし、これはあり得ないんですよね、アメリカは絶対締結しないと言っています。ですが、米朝の間では起こり得ないことが、南北間でいいムードの中で韓国がサインしてしまえば、北の侵攻に対して米国が手を出せない形が出来上がる。今年6月に、金大中氏が北朝鮮を訪問する話があった時に、この案が用意されていたようです。
私はその頃、毎月のように韓国へ行っていて、専門家たちに「向こうが提案したらサインするんですか」と聞きましたが、「あり得ません」と言っています。しかし金大中氏は昨年12月に、「統一の3段階の中で、第1段階に南北は今入ったと宣言してもいい」と、公式の席で発言しています。彼の3段階統一論というのは「連合制統一」ですが、内容は連邦制統一論とほぼ同じです。
中国はどう動くのか
−− この問題で米国と並ぶプレイヤーとして、中国があります。双日総合研究所の吉崎達彦氏が、7月14日に出したニューズレターがあるんですが。武貞さんはその中で「北朝鮮は今、そんなに困窮してはいないはず。むしろ経済は改善している」というお話をされている。その背景には中国があると。
武貞 ええ、そうです。吉崎氏も「中国が外資を上手に取り込むことで経済発展に成功したように、北朝鮮では中国の投資によって経済改革を進める」「それによって、北朝鮮を自らの経済圏に取り込み、加えて地下資源の供給基地とすればその効果は大きい」と書かれています。
結論を言えば、中国は北朝鮮を緩やかに「コロニー(植民地)」化したいと考えているのではないでしょうか。
−− なにか証左はありますか。
武貞 昨年10月に胡錦涛と金正日が、50年かけて茂山(ムサン)の鉄鉱石の共同開発をやろうという文書に署名しました。私は茂山の向かいの中国側に3回くらい参りました。中朝国境地帯には今まで9回ほど行った経験から言いますと、中国は北の地下資源を、自国へ陸路で運ぶために道路、橋などのインフラ改良を時間をかけてしてきました。今は資源を積んだトラックがすごい勢いで中朝間を行き来しています(※掲載後、編集部側のミスがあり一部訂正しました。9月8日午前6時50分)。
北朝鮮の経済は中国にほとんど従属しつつあります。平壌で買える商品の7〜8割ぐらいは中国製です、食べるものもね。欧米の専門家から「平壌でお土産を買ってきました」と見せられると。
−− だいたいメイド・イン・チャイナですか。
武貞 そうです。平壌は今、中国にとって大きなビジネスチャンスがあるといわれています。暮らし向きも前よりもカラフルになってきましたね、7月4日から3日間、平壌に行っていたメディア各社の記者から、「市民の生活は前より豊かになっている」と聞きました。
中国が北朝鮮に怒らない背景
−− 中国にとって、武貞さんが仰る「北朝鮮の核戦略」はウエルカムなのでしょうか。ミサイル実験の時は「(実験は)中国の顔をつぶすことになる。だから撃たない」という説明もよく言われていました。
武貞 中国中央軍事委員会の副主席がワシントンで「中国に事前通告がなかった」と言いました。世界のメデイアが引用することが明白な場所でのこのような発言の真意は吟味する必要があります。「事前通告があった」と言えば、「なぜ事前に阻止しなかったか」となり、米中関係が悪化する。むしろ、事前に通知され、ミサイル実験を中国使節団が視察する計画があったという情報さえあります。事実関係は不明です。
ですので「ミサイルを撃ったぐらいで揺らぐような中朝関係ではない」というコンセンサスが、平壌と北京にあると考える方が正しいと思います。実際、その後の中国の冷静さがそれを証明している。7月15日の国連での決議案も国連憲章第7章に触れることには最後まで中国が反対した。ミサイル発射で中国が北を見放すくらい立腹するなら、去年の2月10日の核保有宣言のときに怒り狂っていなければならないはずです。
ミサイルをきっかけに、中国がそんなナイーブな行動に出るとしたら、中国人が中国人でなくなるときですよ。中国は北朝鮮が大量破壊兵器を開発することは気分がいいはずはないんだけど、北朝鮮が持つと宣言してしまった。中国は、「北の核には反対だけど、制裁はしない」といえば、米中関係、中朝関係を傷つけることにならないと考えているのです。
−− 武貞さんのこういった見解は、北朝鮮ウォッチャーの中では。
武貞 僕は非常に少数派ですよ、異端者扱い。
核戦略があるからミサイルを開発し発射する必要も出てくる、と言っただけで、何と物騒なことを言うんですかと批判されます。北だって油とか重油とか食料が欲しい、脅かしながら、体制を維持していくための兵器が大量破壊兵器だ。より少ないコストで、より多くの支援を受け取るために、危なっかしい瀬戸際外交をやっているんですよ、と反論されます。
しかし、それでは予測できない部分がたくさん出てくる。ミサイルを撃つことで、支援が遠のく。それでも撃つのは、軍事用の核兵器を完成したいからでしょう。その先の目的には統一があります。「背に腹は代えられない」のです。「核戦略があるから核兵器を作る」という説明は、いま広く納得して頂けてはいませんが、「(自分の言っていることを)素直に解釈せよ」と、金正日自ら、私たちに警鐘を鳴らしているといってもいいと思いますね。
−− 合理的に行動しているのだとしたら、しかし、これほど周囲から追い込まれていく手を打つものでしょうか。
長期的には自滅の道。だから核戦略を手放さない
武貞 彼の戦略は、短期的には細かく読んで手を打ちながらも、長期的には救いようがない道に追い込まれるものですね。金正日、彼本人が、北朝鮮に抜本的な大転換をする可能性を減らしています。英語で言えば“paint oneself into a corner”という、ペンキ屋さんが部屋を塗っていくうちに、はっと気が付いたらコーナーに追いつめられていたという話。
−− もう出られなくなってしまう。
武貞 自分が一生懸命、積極的に汗水流してきちんとやってきた結果、身動きが取れなくなっている行為のことですが、まさにあれなんです。でも、ペンキ自体はきちんと計算尽くしで塗って、合理的に作業をしていることは間違いない。
−− お話には異論も多いと思いますが、少なくともワーストケースとして、我々が考えておくべきことかもしれません。
武貞 もちろん、有事(北朝鮮の侵攻)を予測しているワーストケースです。戦略あっての核だから、今後もミサイルの発射は確実にあるでしょう。
−− 核実験は。
武貞 このロジックからいけば、北は核実験をしてしまう。弾頭を小型化するために必要ですから。ただ、環境汚染の危険があるから、ミサイルテストよりも、敷居は高い。
−− その場合の、中国や韓国の反応をどう予測しますか。
最悪のシナリオ
武貞 先に申し上げたように、中国は北朝鮮が手のひらの上に乗っている限り、少々のいたずらは目をつぶってもいいかと思っている。むしろ、北朝鮮が崩壊することと、戦争が起こることを嫌っている。だから次に核実験をしても、中国は許容範囲内ですよ。核実験をしても「米国が刺激を与えるからだ」ということになるでしょう。韓国の論理からすると、今回のミサイル発射と同様「核実験は軍事的でなく、政治的なモノだ」となりかねない。
北朝鮮は実験を繰り返して、大量破壊兵器を完成するし、通常戦力は今のまま維持するでしょう。話し合いだけで韓国を屈服できないから通常戦力がいる。最悪のシナリオは、米国軍がすべていなくなった後に起こる、朝鮮半島有事です。そのとき、米国東部に届く核兵器で脅されれば、米国は傍観すると思います。
これは、日本の隣に、核ミサイルと技術力を持ち、金正日を大統領に頂く人口7000万の国家ができ、中国は「核つき高麗連邦共和国」に対して、食料支援と資源買い付けのためにトラックを送るというシナリオで、まさしく、ワーストケースです。
(聞き手:日経ビジネスオンライン 山中 浩之)