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北朝鮮のミサイル発射と北東アジア情勢
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/file148.htm から転載。
*私がこのコラムで書いた「北朝鮮のミサイル発射についての視点」は、私が予想もしなかった注目を集めたようで、在京の外国の通信社からの電話取材を受けました。そして、韓国の新聞社からも寄稿の誘いがありました。以下の文章は、その寄稿文です。日本国内の異様を極める過剰反応の本質、日韓の反応の落差の大きさの原因、そして北東アジア情勢への影響という三つの視点から2000字でという注文でしたので、かなり凝縮した内容になりましたがし、日本語の原文を載せておきたいと思い、ここに掲載します。
今朝のテレビの報道によれば、国連の安全保障理事会が日本の執着した憲章第7章に基づく強制力を持つ制裁措置を盛り込む決議案を退け、拘束力のない決議を全会一致で採択したということで、私はひとまず安堵しています。憲章第7章に基づく決議となりますと、本当にきな臭い展開が今後待ちかまえているからで、日米が勢いづくことになるからです。朝鮮半島ひいては東アジアの平和と安定を実現する道は外交努力以外にあり得ません。そういう意味で、武力行使への道を開く憲章第7章に基づく決議の成立が阻止されたことは、本当に良かったと思います(2006年7月16日記)。
北朝鮮のミサイル発射は、日米軍事同盟の変質強化、日本自身の軍事力増強という軍事路線を目指す政府・自民党にとって、願ってもない材料だった。彼らが軍事的脅威と受けとめていないことは、「ミサイル発射が、プレスリーの旧宅を訪れていたときでなくてよかった。運がよかった」と小泉首相の危機感のかけらもない本音、「金正日に感謝」を口にした麻生外相の発言に端的に表れている。彼らはひたすら、北朝鮮脅威と大騒ぎするマス・メディアとそれに煽られる国民感情をどん欲に利用し、自らの軍事路線を更に突き進める材料として利用しようとしている。
他方、マス・メディアと国民の過剰な反応は、@朝鮮半島の植民地支配の歴史に対する国民的反省の欠落を基礎にして、A拉致、不審船などの事件で煽られた対北朝鮮不信感、B朝鮮半島危機(1993〜94年)やテポドン発射(1998年)で人為的につくり出された北朝鮮脅威論などが複合的、同時的に作用した結果と言える。しかも、日本人特有の天動説的国際観(何か日本に都合が悪い国際的事件が起これば、日本は善であり、相手が悪だと決めつける見方)が日本人の思考を圧倒的に支配しているから、一度火を付けられた北朝鮮に対する反感は止まることを知らない。
この日本の異常な大騒ぎは、国際的にも注目され、呆れられているが、北朝鮮と接する韓国の冷静な対応と際だった対照をなしている。この違いの原因ははっきりしている。
韓国では、政治指導者及び国民の双方において、北朝鮮との戦争は韓国の平和と繁栄にとって致命的であり、絶対にあってはならない事態、という認識が広く共有されている。北朝鮮は火遊びの対象とするには余りにも重い存在、ということが明確に理解されている。
これに対して日本の指導者たちは、すべてはアメリカ次第(アメリカと一蓮托生)という単純な発想であり、アメリカの対決的な対北朝鮮観を共有しているから、「北朝鮮懲らしめるべし」という主張がまかり通る。北朝鮮脅威論のマス・メディアや一般国民(「北朝鮮が日本を攻撃してくる可能性がある」と本気で考える日本人は少なくない!)は、これら指導者の思想の危険性を見抜けない。
1993年の朝鮮半島危機は1996年の日米新ガイドライン作成に利用された。1998年のテポドン発射はアメリカ・ブッシュ政権の対テロ戦略、世界規模の米軍再編と日米の軍事的一体化に利用されてきた。そして今、日米軍事同盟変質強化の総仕上げの一環である在日米軍再編計画が関係地元自治体・住民の根強い抵抗に直面しているとき、北朝鮮のミサイル発射は、地元の抵抗をねじ伏せる格好の説得材料として利用されるだろう。
いずれにせよ、戦争が起こったら我が身の破滅、という韓国では当たり前の認識が日本国内では極めて稀薄なのだ。「北朝鮮が攻めてきたらどうする?」という発想は、「だからアメリカに守ってもらう」「アメリカと一緒なら安心」というまったく根拠のない対米信仰にすり替えられてしまう。戦後60年もアメリカベッタリの発想が染みついているため、緊迫感を持った安全保障上の思考ができなくなっているのが、指導者、マス・メディア、一般国民を通じた日本の最大の病弊である。
日本の指導者は今、少し図に乗りすぎている。先制予防攻撃を言い始めたのがそれだ。ブッシュ政権の軍事戦略に便乗しようとする魂胆がありありと見える。また、国連安全保障理事会での北朝鮮制裁決議採択に走ったのも、彼らの奢りと高ぶりを如実に示している。
以上のような日本の対応は、今後の北東アジア情勢にどのような影響を及ぼすだろうか。
国連安保理における日本提案の決議案をめぐる経緯は、実に暗示的である。北朝鮮のミサイル発射は「北東アジアの平和と安全に対する脅威」とする日本の主張は、理性的な対応を主張する韓国、中国、ロシアの強い反対に直面した。日本の北東アジアにおける孤立をまざまざ示している。
あくまでも決議案採決を、と息巻く安倍官房長官、麻生外相(ともに小泉首相の後継争いに加わっている)の政治的見識と情勢判断能力が厳しく問われなければならない。虚妄にすぎない北朝鮮脅威論に固執する彼らが小泉後の日本政治を担うようなことがあれば、日本は北東アジアのみならず国際社会において孤立する運命にあることを、今回の安保理決議案をめぐる流れが如実に示している。
もっと巨視的に見れば、北東アジアの軍事的支配を目指す米日の戦略は、前途がないことが明らかである。平和勢力としての韓国、中国は、北東アジア政治で今後重みを増すだろう。イラクで泥沼に陥っているブッシュ政権には、北東アジアで先制攻撃の戦争を行う余力は残っていないと思われる。日米軍事同盟の変質強化を阻止し、北東アジアの平和と繁栄の歴史的事業に加わるだけの日本国民の政治的覚醒と日本政治の本質的変革を見たい。
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北朝鮮のミサイル発射についての視点(浅井基文さんのHP)【対米一辺倒・アジア無視(蔑視)外交の総括急務】
http://www.asyura2.com/0601/asia5/msg/282.html
投稿者 gataro 日時 2006 年 7 月 09 日 16:40:00