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ジャーナリスト日誌石丸次郎の‘言わしてもらいます‘29民団ー総連`歴史的野合`の舞台裏
5月18日 民団関東地方協議会で総連との‘和解‘に非難相次ぐ
「初めて会ったことに意味がある」
「過去の対立を思うと感無量」
「茶番だ」
「何を今さら」
去る5月17日にあった在日本大韓民国民団(民団)と在日朝鮮人総連合会(総連)のトップ会談について、私の周囲の在日韓国・朝鮮人の知人・友人たちの反応は様々だった。
共通していたのは、「なぜ今なのか?」という疑問だろうか。
2月に行われた民団内の選挙で当選した河丙ト(ハ・ビョンオク)団長ら新執行部一行は、4月11日ソウルに盧武鉉大統領を表敬訪問した。
その際に大統領に提出した文書には次のように書かれていた。
「…(大統領)の祖国の平和統一、繁栄政策に積極的に賛同することを固く誓うものであります。
(中略)我々は盧大統領が過去の歴史を正し、両国民が望む真の韓日関係定立のため、断固たる民族精気をもって対応されていることを絶対的に支持いたします」(4.26民団新聞)
(詳細はhttp://www.mindan.org/search_view.php?mode=news&id=6619)
文書は、盧政権の対北朝鮮融和優先政策と、靖国・竹島問題などで、日本に対して民族主義的な対応を取っていることへの全面的な支持を表明したものであった。
そして、その文書は次の言葉で締めくくられていた。
「政府支援金問題に対する格別な配慮と指導をしていただくようお願い申し上げます」
<固く誓う>
<絶対的に支持>
時の権力者へのゴマすり、おべっかともとれる言葉を並べ、締めくくりは金の無心…。
この文書こそが、このタイミングで民団ー総連の`歴史的和解`行事が行われた経緯をよく表しているように私には思える。
財政難の民団
民団の財政難は深刻な状態にある。
この20年ほどの間に在日韓国人の民族組織離れが進み会費や事業による収入は大幅に減った。
そこにかつて年間10億円あった本国政府からの支援金が大幅カットされた。今年の支援金は8億5000万円ほどだという。
「金に困った民団執行部は盧政権に忠誠を誓うことで支援を請うた。そして日本国内で<総連との和解>を演出・推し進めることで、来年末の大統領選挙での与党`開かれたウリ党`の応援を始めた」(コリア国際研究所・朴斗鎮<パク・ドゥジン>所長)
今回の`歴史的和解`を持ちかけたのは民団側であっという。それを受けた総連側は次の三つの条件を出したといわれている。
@総連系在日朝鮮人の韓国墓参団の中止
A地方参政権獲得運動の中止
B脱北者支援事業の中止
(5.24統一日報など)
これに対し民団側は次のように返答したと言われる。
「Aについては民団が長らく権利運動の柱として展開してきたものなので中止はできない。@Bは中止の方向に」
総連ー民団トップ同士の面会があった翌日の5月18日、山梨県で開かれた民団関東地方協議会に出席した河丙ト団長は、出席した地方組織の幹部たちから厳しい追求を受けた。
この会議を取材した統一日報は<関東地協で渦巻く抗議 民団同胞無視した「トップ」会談>と報じた。
(http://www.onekoreanews.net/news-syakai03.cfm)
とりわけ、この会議で憤怒の声が強かったのが、脱北者支援事業に対する態度だった。
河団長は、墓参団活動については「総括する」、脱北者支援活動は「中止ではなく保留にしているだけだ」と答えている。
ある在日帰国者一族が、北朝鮮で撮った最後の記念写真。 現在も北朝鮮に残っているのは半分。残りは死亡したか中国に逃亡した。1994年
脱北帰国者は<在日>である
かつて、総連が組織して北朝鮮に帰国させた在日は93000人にのぼり、多数の行方不明者、死者、政治犯が生み出されている。
北朝鮮で穏やかに暮らせなかった帰国者が大変な苦労の末に日本に戻り始めており、関東、関西中心にその数は100人を超えた。
この人たちは、在日朝鮮人100年の歴史の最大の悲劇である<北朝鮮帰国事業>の生き証人・被害者だ。
ゆえに、その責任にほうかむりを続けている総連の存在を根本から揺さぶりかねない人たちでもある。
帰国問題をどう総括し責任をとるのかは、まさに、総連組織の正当性・正統性を問うことだからだ。
総連の「脱北者支援の中止」要請に、民団が「支援事業の保留」で応えたのであったなら、民団もその存在意義を問われることになる。なぜなら、在日組織が在日の中でももっとも弱い立場の脱北帰国者を切り捨てたのであるから。
実は、すでに五月の初めの段階で、帰国者支援の関係者に民団関係者から脱北者支援事業の打ち切りが通告されていた。
「民団の支援がなくなるのは痛い。関東地方は面倒が見られない脱北帰国者が出るだろう」
支援者の間では、トップ会談以前からこのような会話がささやかれていた。
さて、もう一度考えてみる。5.17は`歴史的和解`といえるのか?
上記のような取引の結果成ったものであったら、それは野合以外の何ものでもない。
また、本当の`和解`で、それが慶事であるなら、両組織から多くのことが、まず在日韓国・朝鮮人に向けて語られ、説明されるべきであった。朝鮮学校のこと、民族金融機関の破綻のこと、帰国者のこと、拉致のこと、北朝鮮内の人権のこと…。
一般の在日が組織に訊きたい、言いたいことは山のようにあるに違いない。
ところが、民団、総連の大幹部は5月17日にせっかく一堂に会しながらも、在日に向けて何の説明もしなかった。
また写真撮影以外の記者会見すら避けた。逃げた。
メディアから訊かれたくないことがあまりに多かったからであろう。
両組織の機関紙である<朝鮮新報><民団新聞>も、周囲からの批判の声にはまったく触れておらず、黙殺して何も語っていない。両新聞だけ見ると、日本に住む在日のすべてが‘和解‘を大祝福しているかのように見える。
在日の談話はすべて「よかった」という声で埋め尽くされているのだ。
このようにことを‘欺瞞‘というのではないか。
2006年5月17日。
この日のことが在日史において`歴史的野合`と記録される日が来るだろう。
(サンデー毎日6月4日号に書いたコラムに加筆修正した)
拙稿を書き終えた段階で、<なにわの巨人>歌手のちょ・ばくさんの痛烈な‘和解‘批判を見つけた。
「歴史的和解????? 総連と民団の「トップ」が和解したって。So, what? 賞味期限が切れた味噌と醤油を合わせても、ポン酢にはならんのよ」というコラムである。
「俺は騙されない」
で結ばれている。短いが秀逸な一文。ぜひご覧あれ。
http://fanto.org/diary/diaryboard.cgi
Posted at 2006年05月30日. 14:37
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<コメント>
分断国家の悲劇の一つ・・・