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「歴史の第一歩」--『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』 第72回 JMM
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投稿者 ミスター第二分類 日時 2006 年 5 月 26 日 01:07:38: syFUAx3Wc1pTw
 

■ 『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』 第72回
  「歴史の第一歩」

  □ ふるまいよしこ :北京在住・フリーランスライター


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 ■ 『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』           第72回
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「歴史の第一歩」

 北京はスモッグに覆われたような灰色の天気が続いている。

わたしの育った北九州市は当時重化学工業地帯で、日本でも指折りの大気汚染地区だったが見ても、子供の頃に見た空はここまでひどくなかったような気がする。

5月に入ってから「超水不足地域」である北京でもすでに3回ほど「恵みの雨」が降ったが、半日ほど降り続いた雨が上がっても、それほど空の色は変わらなかった。

 
 5月初めのゴールデンウィークをアメリカで過ごした友人も、帰ってきてから吹き出物が出始め、今だに治らないという。
 わたしも同じ頃から毎日夕方近くになると、一時治まっていた花粉症のようなかゆみにさいなまれるようになった。
 …北京の空気はそんなに汚れているのだろうか。

 北京オリンピックが近づいて、政府が力とお金と智慧を集中させてエコロジーに取り組んでいるはずの北京で、もし大気汚染がこれまで以上に進んでいるとしたら、どうすればよいのだろう。
 2年後の夏(夏は大気内の化学物質が活発に反応する季節でもある)、北京の街に降り立つことになる外国人アスリートたちは元気にそれぞれのゲームに臨めるのだろうか。
 

 そんな北京で先週末、突然タクシー料金の単価が1.6元から2元へと引き上げられた。
 引き上げについては4月末にタクシー料金に関する公聴会が業界関係者、消費者代表、経済学者を集めて開かれ、そこで大きな反対の声が上がることもなく、「民主的」に値上げが決まったことになっていた。
 ただ、その公聴会では値上げがいつからなのかは語られることもなく、決定もされなかったが、時間の問題と見られていた。

だから、値上げ自体に対して驚きはない。

 
 ただ、これにもやっぱり「見えない手」の介入を感じるのは、1.6元から2元という、なんと20パーセントを上回る値上げに対して公聴会でほとんど反対の声が上がらなかったこと、いや、公聴会まで開いておきながらそこで反対意見が反映されなかったという点である。

 さらに、先週末20日からの値上げ開始についても、19日夜半あるいは20日未明になってやっとメディアが、19日午前に北京市発展改革委員会が『北京市タクシー料金調整に関する書簡』を発表し、20日からタクシー料金基準の引き上げを行う(正式にはタクシーの料金メーターの調整作業を順次開始する)ことを伝えた。
 

 わたしは、20日はまったくタクシー値上げのことなぞ知らず、慌しく北京の市街
東部から西部に向かい、また西部から東部に戻り、そこからまた夜中に自宅に戻ると
いう1日を過ごした。

 21日になってニュースサイトをじっくり見ているうちに値上げを知り、あわてて前日もらったタクシーのレシートを3枚並べて値上げを確認した次第である。

 東西を往復したタクシーは普段移動し慣れた距離でなかったため、また夜半に自宅まで戻ったタクシーでは、その距離が今回は値上げされなかった初乗り料金内だったので、特に「値上げ」に気づいていなかった。

 それにしても、「明日からハイ、値上げ」という突然の発表は、庶民生活への影響に対する当局者の無関心をみごとに表しているように思える。

これも「見えない手」の特徴だろう。

 
 とはいえ、とんちんかんなところは、政府に限ったことではないのかもしれない。

 5月23日付けの香港『明報』紙によると、上海ではタクシーの料金はすでに先月末に引き上げられているが、これとは別に、上海で「交通カードを電子レンジに入れて温めると、その残高が10元増える」という噂がインターネットを通じて出回り、実際にそれを信じて試した人の交通カードが使えなくなるという被害が続いているそうだ(「電子レンジで残高アップとインターネットで流言」)。

 
 ここで言われる交通カードとは、ICチップを組み込んだカードに支払った金額を組み込み、バスや地下鉄などの公共交通利用の際、指定された機械にかざすだけで料金が引き落とされるという便利なカードである。

 すでに香港では10年ほど前からバス、電車、地下鉄、フェリー、タクシーのみならず、コンビニやスーパーでの買物にも広く利用されている。

 日本で開発された、いわゆる携帯電話を使って自販機でコーラを買うというのと同じようなシステムで、香港の場合、コンビニなどで気軽に残高を買い足すことが出来るほど普及している。 …もちろん、その際使われるのは電子レンジではない。

 
 中国でも指折りの大都市である上海で、そして交通カードの普及がやっと今月から一部で利用されるようになった北京に比べてずっと早く、他にも香港にならって中国初のインテリジェンスシステムが次々と導入されている上海で、まだこんな話に飛びつく人がいるとはなんたることよ。
 『明報』によると、インターネットでは電子レンジを冷蔵庫やアイロンに、また交通カードを人民元紙幣に変えた流言が今だに飛び交っているという。

 
 もっと南の深セン市では23日、このところ、深センや香港をにぎわしている「P
AAG豊胸手術」の被害者が賠償を求める初の公判が開かれた。

 PAAGは日本語では「ポリアクリルアミドゲル」と呼ばれ、細菌培養基などに使われる物質らしいが、医療材料の範疇に入らないために医薬品輸入検査の対象とならず、そのまま香港でも一部の街医者で豊胸手術の注入材料として使用されたという。

 その結果、激痛などを訴えて治療が必要となったり、再手術で乳房を摘出しなければならなくなった人が香港だけで約60人余り、深センではもっと多くの被害者がいるとされる。

 
 そんな香港でも注目される裁判に香港からのメディア記者が深センに集まり、裁判の被告となった、PAAGの海外からの輸入元である病院周囲で取材をしているうちに、病院関係者がその記者を殴打し、負傷させるという事件が起こった。

 近くで同じように取材をしていたテレビ関係者が撮ったらしい映像にははっきりと、一人を何人もが取り囲み、携帯電話を取り上げ、小突いたり、殴ったりしている様子が映っていた。

 そうするうちに病院内から鉄パイプのようなものを持ち出してきた人の姿もあった。

 血しぶきが飛ぶような場面ではなかったが、そこにはテレビの前に座って見ている者を呆然とさせるような「現実の暴力」が映っていた……

 

 香港人たちが一般に中国大陸を嫌う理由には、「不合理」「不平等」「暴力的」「不気味」「非民主」などという「何が起こるのか、何がそこにあるのか、分からない」といった感情的なイメージがある。

 それは1997年の主権返還を経て、中華人民共和国の一部となった今でもさほど変わっていない。

 多くの人たちは、中国の社会に自分たちに馴染まない、ある種の不安感、不信感、不透明感を感じているのである。


 
 そんな社会に向けてニュース発信しているメディア媒体は、だからこそ、中国の不
透明感に非常に敏感だ。

 特に香港でも中立紙として知られ、知識層によく読まれている『明報』は北京に記者をおきつつ、最も熱心に中国の「民主」について紙面を割いている新聞である。

 
「先週火曜日(16日)は文革発動40周年だったが、中国国内メディアは関連当局
の指示により、声一つ上げず、新華社の『歴史上の今日』コラムでも『516通知』
という項目は見当たらなかった。

 しかし、あの『十年間の災害』がそれによって人々の視野から消えることはなく、社会の多元的な発展にともなって、人々の文革に対する思い出は複雑となっていくだろうが、中央当局が考えるような管理が難しい、さらには混乱を引き起こすほどの複雑さに達するのかどうかについては検討の余地があるだろう」(「駐京日記:文革は災害を引き起こし、また複雑な現実を生んだ」明報・5月22日)


 文革とは、1966年から10年間吹き荒れた「プロレタリア文化大革命」の略称
である。

 簡単にその背景を説明しておこうか。
 1958年代前後に当時の毛沢東中国共産党主席が呼びかけて行われた農工業躍進キャンペーンが、大量の餓死者を出すなどの失敗に終わったため、毛沢東は自己批判を迫られ、その権力の一部をトウ小平らが握るようになった。

 それに対して毛沢東が起こした奪権政治闘争が文革である。

 文芸界から「主権派」に対する批判が始まり、1966年5月16日に『516通知』が中央政治局会議で採択されてその動きは一挙に加速し、1976年に毛沢東が死去するまで全国的に「実権派」や知識人、さらにはかつて社会の上層部、権威的地位にあった人々が次々と批判され、迫害を受けた。

 その精神的な出発点は毛沢東への忠誠であり、毛沢東とそれに関わるすべてを絶対化するとともに、それ以外の権威や威信を排除、破壊、迫害した。

 その間、初期の運動の先頭に立った高官の子弟グループ「紅衛兵」が後進の「紅衛兵」たちの批判対象となったり、迫害されるという事件が繰り返されたり、伝統的な中華文化や文物も「毛沢東主席への忠誠に反する」といった理由で多く壊滅的な被害を受けた。

 今年初め、編集する雑誌『氷点』に掲載した文章が原因でその職を解かれた李大同
氏は、文革期の思い出をこう語っている。

 
「あの頃、新聞の編集者は毛沢東の写真を印刷すると、さらにそれを蛍光灯に照らしてその後ろのページに『反対』『打倒』なんて文字がないかどうかを確かめなければならなかった。もし、うっかりそういうものが街に出れば、誰でも簡単に反革命というレッテルを貼られてしまった」(「時は移り、政治に盲従することはもうない」明報・5月15日)


 また、中国国内の著名な文革研究者で59歳の徐友漁氏も、文革を身をもって体験した世代だ。

「1968年8月、『血統論』を主張する紅衛兵たちが『出身の良くない』村民に血なまぐさい行為を行ったそれは『紅八月』と呼ばれ、北京市郊外の大興地区で生後3ヶ月の嬰児を含む300人近くが殺された。
 その後、全国各地でとめどもない派閥ゲバが繰り返され、『四川省の軍事工場では、武器を軍隊に送り出す直前にゲバに向かう群衆に奪われた』」(「当局者による史実埋葬は非合理だ」明報・5月15日)

 1914年生まれの英国帰りの学者、楊憲益氏はスパイと呼ばれ、英国人の妻との間に生まれた長男は精神的な打撃を受けて自殺した。

「楊憲益氏は、文革は『むちゃくちゃだった』と言い、40年間を今振り返っても、中国の制度はそれほど進歩していないと語る。

 中国で繰り返された政治運動を体験し、すでに90歳を超えた楊憲益氏はその考えが変わってきたようだ。

 『以前からずっと共産党員だが、ますます共産党のマルクスレーニン主義には良いところも行き過ぎのところもあると感じるようになった。孫文の三民主義も以前はまったく取るに足らないと思っていたが、今ではますます尊いと思うようになった』(「ロマンチックな擁護から激しい炎に身を焼かれるまで」明報・5月15日)


 そうやって迫害を受けた人の数はいったいどれくらいなのか。

 『明報』によると、文革中に2度失脚した後に総書記に返り咲いたトウ小平はイタリアのメディアに「永遠に統計できないだろう。死に至った理由はさまざまで、中国はまた非常に広い。とにかく多くの人が死んだ」と語ったというし、中国共産党による公式な発表でも、「総体的に見て、多くの無実の罪、ニセの告発、間違いによって陥れられたり、迫害されたり、巻き添えになった人の数は1億人以上に上る」そうだ(「死者は200万人を超えると研究者予測」5月16日)。
 
「文革は世界的にも発生したことはなく、スターリン式の統治を行った社会主義国ですら起こったことがない。それは社会主義国の特例、常軌を超えた例であり、総括されるべきなのは社会主義制度の問題ではない。これもまた中国共産党が徹底的に文革を否定しつつ、統治制度に触れない理由なのだ。この面からすると、再び文革が発生する可能性はほとんどないだろう。というのも文革を発動した土壌はすでに存在せず、現在の指導者も毛沢東の闘争哲学、さらには矛盾を激化させる方法で社会の矛盾を処理しようとはしておらず、また群衆を党内闘争に参与させる能力もない」(「反面教師をうまく使い、協調社会作りの手助けに」明報・5月16日)

 という北京大学の印紅標助教授のような声もある。


 しかし、同助教授はまたこのような指摘もしている。
 
「毛沢東は大規模な造反有理という考え方を一般民衆に植え付け、このような思想的薫陶を受けた人は現在、4、50歳代、そのうち多くを失業者や退職者が占めており、彼らは弱体グループとなっている。このような人たちは文革の直接的な被害者ではなく、文革がもたらした災難には痛い思いをしていないが、近年の改革においても大した利益を得ておらず、容易に毛沢東型の闘争哲学で問題を処理しようとする。一旦、重大な集団対立事件が発生すれば、彼らこそが社会的基礎、そしてその参与者となるであろう」(同上)


 香港のコラムニスト呉志森氏も、「文革の傷口は40年を経て炎症を起こしてただれ、大きな膿の固まりとなり、その膿は全国にいきわたっている。無産階級文化大革命はその姿を変え、資産階級文化大革命となった。金銭至上主義、問われない手段、堕落した道徳、横行するニセモノ、天理に反した行為、これらは文革の遺物ではないか。正確に我々の歴史をとらえなければ、この民族には将来はなく、永遠に頭をもたげることはできないだろう」(「呉志森:文革封じ込めは権力と利益のため」明報・5月16日)と、厳しい言葉を発している。


 香港フェニックステレビの時事解説者である邱震海氏も、自身のコラムでこう書い
ている。

「…文革40周年にあたり、中国大陸のメディア及び知識層の集団失語症は、国際社会を前に全中華民族が自身の犯した過ちに対して全体的な道徳責任と勇気を持てずにいることをさらした。実際には文革からすでに40年が経ったが、当時の多くの思考フォーマットや行為のロジックは、今でも依然として中国大陸の多くの人々の心と血に深く残っている。当時の集団で政治に狂乱した中華民族の精神世界の未熟さは、今でも依然として中華民族の精神構造の深層に根ざしているのである」(「邱震海:文革の反省、経済と精神の落差」明報・5月18日)
 
 先に述べた深センにおけるメディア記者殴打事件もそんな社会風土の延長といえなくなくもない。
 いや、最近絶え間なく報道される、各地の炭鉱での死傷事故も今だに多くの人々を「大衆」とひとくくりにし、一人ひとりの生きる権利を重視することなく、集団的目標に向かって驀進する風潮によるものではないか。
 
「心の優しい人はこう言うかもしれない。歴史は過ぎ去った、中国はすでに世界に向かっている、文革は二度と発生しない、と。このような考え方に経つのならば、なぜ中国は日本に歴史を鏡とするように求めるのだ? 胡錦涛氏はなぜ小泉氏の靖国神社参拝に反対するのだ? 罪深い歴史を前にして、中国に二重の基準があってはならない。道徳を犠牲にして社会の覚醒を求めず、半世紀にわたる愚民政治を続けてはならないのだ」(「張文光:文革の『史記』と『春秋』」明報・5月19日)
 
 ドーハで日中外相会談が実現した。まだまだ両者の言葉のトーンは低めだが、お互いに背中に伝わる声を聞きながら、相手の内からの言葉にも耳を傾けていけるよう願いたい。

*「深セン」の「セン」は「土」へんに「川」。
 「トウ小平」の「トウ」は「登」におおざと。

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ふるまいよしこ
フリーランスライター。北九州大学外国語学部中国学科卒。1987年から香港在住。

近年は香港と北京を往復しつつ、文化、芸術、庶民生活などの角度から浮かび上がる
中国社会の側面をリポートしている。著書に『香港玉手箱』(石風社)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440397/jmm05-22
個人サイト:http://members.goo.ne.jp/home/wanzee

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