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(回答先: よくわかりました。情報ありがとうございます。 投稿者 東京音頭 日時 2006 年 5 月 22 日 22:33:13)
東京音頭さん、今晩は。
あなたがSTと呼ぶ方の主観的意図はおそらく、韓国・朝鮮人嫌いからくる偏見まき散らしだと思いますが、決してその意図どおりの結果は得られていないと思います。彼のお陰で、小生自身はあなたや Kotetu さん、Narongchai さんの投稿が得られ、本当によかったなと思っています。ずいぶん勉強になりました。
「韓国人お断り」なんて見出しは、今でこそ差別として指弾されることが多いですが、小生が小学生、中学生時代は、日本中どこでもこうした気分が多数を占めていました。日本人が「在日」コリアンを差別するのは当然視さえされていました。アメリカにおける黒人差別と比べてもどうかなというほどのものでした。
1959年に始まった「帰国運動」を後押ししたのも、こうした日本における激しい・あからさまな「朝鮮人差別」だったと、小生は考えています。激しい差別があったからこそ北朝鮮が「この世の楽園」などという口車に簡単に乗せられてしまったのです。
少しましな日本人でも「あの人いい人や」とか「あの人親切や」と言った後で、「でもチョーセンなんや」なんて平気で言っていました。「在日」コリアン密度の最も高い地域の一つで暮らしていたから、小生は子どもながら、「なんでいい人や、って言っといて、そのくせチョーセン言うて馬鹿にするんや」と思いました。でも、「そんなん言(ゆ)うたらあかん」とはよう言いませんでした。今でも思い出したら心が痛みます。
最近、「嫌韓流」とか言う言葉がはやりみたいに使われています。また相互に「反日」「反韓」を煽って自己の政治的立場を強めようとする輩がいるため、国家同士の対立も目立ちます。しかし小生の実感からすると、50年以上も前の日本における「在日」コリアンへの偏見と差別のようなあからさまなものはうんと影を潜めてきています。当時は殆どの日本人がST的気分に支配されていたと言っても過言ではありません。
東京音頭さんは中学校に勤務されていたからご存じでしょうが、「本名」で日本の学校に通っている生徒や児童は殆どいなかったでしょう。大多数が「通名」を使っていたはずです。これもST的発想をする人は、都合よく使い分けて悪事に利用するなんて2chなんかで書き散らしています。しかし事実はそうではありません。差別が公然とまかり通る学校で「本名」が名乗れなかった結果なのです。そのくせ周囲はみんな本人の主観はどうあれ、「在日」だと知っています。学校の指導要録にも「本名」で記載されているはずです。
自分が「在日朝鮮人」であることを隠さなかった小生の同級生でも、こと名前となるとみんな「通名」を名乗っていました。自分はよくても周りの人たちのことを考えてのことだったのではないでしょうか。
「チョーセン、チョーセン、パカニスナ」とか「チョーセンはニンニク臭い。向こうへ行け」とかあからさまな差別言辞が日常的に聞かれなくなっただけでも、小生は昔に比べ日本人として心が安らぎます。昔子どもだったとはいえ、それは間違いだと言えなかった自分を今でも恥ずかしく思っています。場合によっては自分の立場を守るためにそれらに少しは同調していたんじゃあないかと思うときもあります。
ST的偏見を指摘することぐらいは、昔同じことをするのがどんなに困難だったかを知っているだけに、お安い御用だと思いながらこの投稿を書いています。
東京音頭さん、Kotetuさん、Narongchai さん、有意義なご意見を聞かせていただいてありがとうございました。逆説的に言えばこれもST的偏見投稿のお陰です。それではまた。