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(回答先: Re: 2chでもスレが立っているので、Sirent Tears なる御仁が喜んで投稿してくるかなと用意してましたが…。 投稿者 gataro 日時 2006 年 5 月 07 日 00:26:11)
2CHのリンクで間接的にソースは知ることができるでしょうが、
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060503i314.htm
「戦争の飢えを日本軍が救った」中国の作家が異色ルポ
日中戦争さなかの1942年、大干ばつに見舞われた河南省の人々を救ったのは、なんと日本軍だった――。そんな史実を描いた、中国人作家のルポルタージュが日本語に翻訳され、注目を集めている。
主題は日本軍の「美談」ではなく、人間の「生きる」という営為は政治や戦争の善悪を超えるということ。人々の生活こそが歴史を作るとの作者の主張は、政治対立に翻弄(ほんろう)される日中関係に新たな視点を提供している。
この作品は北京在住の人気作家、劉震雲氏(47)が発表した「温故一九四二(1942年を訪ねる)」。邦訳はこのほど竹内実監修・劉燕子訳で中国書店から刊行された。
1942年、河南省など華北一帯は激しい干ばつに襲われ、同省では約300万人が餓死。同省の農村出身の劉氏は郷里を取材して歩き、資料を調査して、当時の飢餓地獄の惨状をルポルタージュにまとめた。
作品が異色なのは、飢えた人々を助けたのは国民党政府ではなく、「侵略者」である日本軍が放出した軍糧だった、という史実を明らかにし、「敵の食糧」を食べて生き延びた人々の選択を肯定した点。中国では、日本軍は「絶対的な悪」であり、国民は売国奴であってはならないとの認識が強いため、作品は批判も含めて論争を引き起こした。
そんな国内事情を承知しつつも、劉氏があえてノンフィクションの形で作品を世に問うたのは、「人々にとって政治とか戦争とかは小問題であり、『食べる』ことこそが大問題だ」という根源的な真理を訴えたかったからだ。
政治がどうあれ、人々は飯を食べ、生きていかなければならない。そうした人間の営みが歴史の源流だ。政治や戦争が歴史の主役であるかのように見えるが、実は歴史を動かすのは人々の生活だ――。劉氏の作家としての基本的視点はそこにある。
(2006年5月4日0時16分 読売新聞)
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こういった話はわりとステレオタイプのお話で、
ここで農民が味方になったのは日本軍、敵としたのは国民党、ですが、
農民が味方になったのは八路軍、敵としたのは日本軍または国民党、
さらに、沖縄で地元民が味方になったのはアメリカ軍、敵になったのは日本軍、
なんて同じようなパターンがいくらでもありそうです。(八路軍の味方になるストーリーなどは現政府の官製ストーリーでいくらでもありそうですが、この場合の契機は食料ではなくて正義になっているでしょうね)
読売の記事では
>中国では、日本軍は「絶対的な悪」であり、国民は売国奴であってはならないとの認識
の存在を想像しているのでしょうが、この記事は、農民が戦う相手は中共軍の直接の敵である国民党軍だということを忘れていますね。中共軍から見れば国民党軍も売国買弁のはずですので、農民が国民党軍をやっつけても売国奴にはなりません。農民の敵役が国民党軍だからこそ、この話が今のところ中国で許されている理由なのではないのでしょうか。
そう考えると、Sirent Tearsさんはおそらく台湾もお好きなようですから、国民党が中国農民に嫌われるといったこの話を掲載したがるとは思えません。