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JMM [Japan Mail Media] No.371 Saturday Edition
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■ 『from 911/USAレポート』第247回
「胡錦涛を迎えたアメリカ」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第247回
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「胡錦涛を迎えたアメリカ」
今週のアメリカは、中国の胡錦涛国家主席の訪米というニュースを軸に回っていたと言っていいでしょう。 ほぼ一年前から計画された訪米ですが、事前の段階では、ブッシュ政権として中国との距離感をどう演出するか、に気を使っていたという報道がされていました。
国賓に準じてホワイトハウスに招くが最高の格式である「ステート・ディナー」でもてなすことはしない、などという半端な対応で相互のメンツを保とうとしている、それが2006年の米中関係なのだろう、事前に言われていたのはそんなところでした。
ですが、実際に胡錦涛夫妻がエア・チャイナの特別機(ボーイング747)でアメリカに下り立つ、つまり生身の主席夫妻が、アメリカの実際の政局の中に登場してみると、アメリカのメディアの反応はどうも違ったものになっているようです。違っている、というのは「中国脅威論」とか「人権外交で圧力を」という文脈とは違ってきている、という意味です。
まず、胡錦涛夫妻が最初に訪問したのは、ワシントン州のシアトルでした。本人の公式スピーチの中では「太平洋航路の玄関であり、中国とは一番近い」から選んだというのですが、勿論それは単なるリップサービスで、具体的には民間企業二社との「商談」を優先したということのようです。その二社とは、マイクロソフトとボーイングです。
まず、マイクロソフトでは、ビル・ゲイツ会長が私邸に主席夫妻を招いて会食を行ったということが話題になりました。また、ボーイングでは、中国として国内専用に比較的小型の「737」タイプを新たに大量発注して、超大型顧客としての存在感を示したと言います。マイクロソフトについても、主席訪米の直前に中国のレノボが「ソフトの違法コピー根絶に取り組む」声明を出していますから、主席としては「ウチは良いお客なんですよ」というポーズを取ったという見方もされています。
そのゲイツ主宰の会食では、胡主席は「中国ではスターバックスがたいへんな人気で、私も主席なんていう仕事をしていなければ、毎日でもスターバックスのコーヒーを飲むところなのだが」とやって、喝采を受けたようです。
今や世界を席捲した感のあるスターバックスも、このシアトルが発祥の地だということを踏まえた発言で、そうした話術がアメリカ人には受けるだろう、そんな計算も見えるエピソードでした。
CNNの経済キャスター、ロウ・ダブスは経済至上主義に少しだけ保守的色合いをつけた語り口が売り物ですが、今回の胡錦涛主席のシアトル入りに関してはかなりカチンと来たようで、コラムの中でこんな警告をしています。
「胡錦涛主席がワシントンではなく、シアトルの二社を最初の訪問先に選んだのは、彼等が本気で相手にしたいのはアメリカの政治ではなく、経済だということを良く分かっているからだ。彼等は小切手を切れば外交ができると思っているし、事実できてしまっている。何故か?
それはワシントンに対中国の戦略が欠落しているからだ」となかなか辛辣でした。
ダブスのコメントが出たのは19日の水曜日でしたが、胡錦涛夫妻がワシントンに現れた翌20日の報道は全体的に似たようなトーンになりました。要するに「ブッシュには中国政策を戦略的に考える能力はない」というのです。
例えば、20日のホワイトハウス中庭での歓迎式典に際して、胡主席がスピーチを始めようとした時点で、報道陣の中にいた中国女性が「法輪功のメンバーを見殺しにするな」などと叫んで、
主席に対する「プロテスト」をしたというハプニングがありました。
この女性は決して怪しい人間ではなく、ワシントンとニューヨークの中国系新聞の記者で、従ってリベラル色が強く、行きがかり上「法輪功を支持する立場」だったので、実際に胡主席が目の前に現れるタイミングを狙って「アジテーション」に及んだということのようです。
大胆といえば大胆ですが、これまでのアメリカであれば、漠然と中国の「人権問題」に対する批判があり、その流れでNYタイムスなどの大手メディアも「法輪功」には同情的でした。
ただ、今回のハプニングがこれまでと違ったのは、その後の会談の中でブッシュが胡錦涛に対して「ハプニングについて謝罪した」というのです。
ブッシュという人は、そもそも反共的にしても、社民的なものにしてもイデオロギーの文脈には「オンチ」な人なのでしょう。ですから、今回の「ハプニング」について「儀式の秩序を乱すもの」として、素朴に謝ってしまったというのは、何となく分かります。
ですが、他でもないアメリカの大統領として「法輪功」より「秩序」が優先するというメッセージを出してしまうというのは、また別の問題で、図らずも「ブッシュには対中戦略がない」というダブスの批判を裏付けることになってしまったようなのです。
では、リベラルの側が人権問題について思い詰めているのかというと、必ずしもそうではありません。この問題では、PBS(リベラル的な非営利の公共TV)が20日夜に、元CNNのアジア特派員だったアンドレア・コッペルを中心とした座談会を放送していましたが、「ブッシュには戦略がない」と言いながら、内容的には「為替レートが不公平」であるとか「中国では暴動が増えていて共産党政権には危機がやってくる」というような、どこかで聞いたことのあるような低次元の議論に終始していました。
そこには緊張感はあまりありませんでした。
自分の職場の話でお恥ずかしいのですが、私の勤務する大学はニュージャージーの州立大学ということもあって、教員も学生も圧倒的にリベラルであることを誇っています。そのせいもあるのでしょうか、最近のことですが、大学として「ダライラマ14世」を正式に招待して講演をしてもらったことがありました。
そうなのです。
日本では「ダライラマ=反中国=反共=保守」という印象もあるかもしれないのですが、アメリカでは「ダライラマ=人権=リベラル」という連想になるのです。
では、学生達はダライラマのファンで、北京政府に対して批判的かというと、それほど深刻ではないのです。例えば、授業中に「〜に会いに行きたいです」という日本語の構文を練習していたところ、あるアメリカ人の学生が「ダライラマに会いに、チベットに行きたいです」という文例を出してきました。
日本語の文例としては文句のつけようもないのですが、私が「あれ?ダライラマって、チベットにいるんだっけ?」と言うと、教室は大爆笑に包まれました。
勿論、学生達はダライラマはインドに亡命していることを知っています。それで笑ったのですが、要するに、ダライラマが現在チベットにいることができずに亡命していることは「間違えたら笑ってしまう」程度の問題なのです。
クラスには、ブッシュ批判や、ブッシュに影響を受けすぎている小泉首相の批判の大好きな学生もおり、専門的に政治学や国際関係を勉強している学生もいて、平均的な政治的センスは決して
低くありません。
でも、彼等にとって、この問題はそれほど深刻ではないのです。
学生の中には、北京の高校から留学してきた人間もいますし、生粋の台湾人もいます。
でも、みんな笑っていて、笑い事で済んでしまったのです。
いずれにしても、アメリカにおける「中国の人権問題」というのはその程度のことで、よく言えば、この問題を理由に中国と対決するなどということは全くあり得ないと言っても良いのではないでしょうか。
特に若い世代になると、中国は「悪魔の共産主義国」というよりは「大規模な途上国独裁」というイメージを持っています。
更に、日本アニメの『甲殻機動隊』や、最近の映画『V・フォー・ベンデッタ』などの「近未来には人類は独裁政治に支配されるのでは」というサブ・カルチャー的悲観論にも影響されて、「中国がああいう政治体制だ」ということを何となく「分かってしまう」感性が広がっているように感じます。
では、どうしてブッシュには「対中戦略がなさそう」だという非難が大合唱になったのでしょう。
それには別の理由があります。
先週当たりから勢いづいた石油製品価格の高騰の問題です。
特にガソリン価格に関しては、昨秋の「カトリーナ」被災時にメキシコ湾岸の精製施設や、アメリカ国内のパイプラインが止まってパニック的に上昇したものの、その後は落ち着いていたのですが、ここへ来て一ガロン(4リットル弱)の価格が、3ドル台、中には4ドル台という水準にまで上昇して、問題になっています。
TV各局は、一様に同じような説明をしています。それは「イラン核疑惑」という短期的な危機と、「中国とインドの需要爆発」という二つの要素が絡み合ったものだというのです。そこで様々な人物が、色々なコメントを好き勝手に喋っています。
面白かったのは、例えば今『ワールド・イズ・フラット』というグローバリズム論が二百万部のお化けベストセラーになって時の人になった、トーマス・フリードマンの説で「石油価格の問題がここまで深刻になると、代替エネルギーと省エネが真剣な動きになるだろう。
だから、そこでアメリカはアドバンテージを取ればいい。
その結果、中期的には国際的危機になる前に石油価格は沈静化する」というご託宣です。
いつもは右派的な「毒舌」で知られるFOXのビル・オライリーのコメントも面白く「とにかく今回の異常な高騰は需給関係のテクニカル要因だ。
だからこのTVを見ている人を中心に、全米のアメリカ人がガソリン使用を3%削減するだけで、石油価格はアッと驚く勢いで下落するに決まっているんです」と冷静な対応を呼びかけていました。
ちなみにフリードマンのコメントは、NBCのマット・ラウアーとの対談で出たものですが、ラウアーが「代替エネルギーというと、ブッシュ大統領の年頭一般教書演説を思い出しますねえ。ということは、大統領は先見の明があったということですか?」と聞くと、フリードマンは苦笑しながら「でも政権としては何もしなかったでしょう。言うだけじゃダメなんですよ」と厳しいことを言っていました。
では、中国のせいで石油価格が上昇していて、その主席がアメリカに来ている、となると一斉に嫌中国感情が出てくるか、というとそうでもないのです。
フリードマンではありませんが、それもこれも、何もかもがブッシュの無策、ブッシュの無能ということに話が落ち着いていく、それが現時点の政局です。
ホワイトハウスでの胡主席歓迎式典では、「法輪功」シンパの女性のアジテーションというだけでなく、もう一つ別のハプニングもありました。国歌演奏の際に流れたアナウンスが「紳士淑女のみなさん、それではチャイニーズ・リパブリック(中華民国)の国歌です」とやってしまったのです。
政権がある程度でも信用されている状態なら、良くも悪くも親台湾の共和党政権の「確信犯」だろうということで、賛否両論が出たのでしょうし、中国当局もヘソを曲げたかもしれません。
ですが、今回は各局ともに「おっとっと、それは台湾の国名ですよ。何をやっているんだか・・・」というトーンでの報道でした。
そして、この「失態」が、他のホワイトハウスのスキャンダルと合わせて紹介される始末です。そういえば、今週はCIA工作員漏洩疑惑に関連して、カール・ローブ補佐官が政策立案チームから外され(表向きは中間選挙の参謀職に専念というのですが)、マクレラン報道官も辞任に追い込まれるなど、人事面でもギクシャクした週でした。
そんな人事の問題、そして石油の高騰、国歌の際のアナウンスのミス、法輪功シンパのアジテーション、そして、ワシントンの政治より、シアトルでの「商談」を優先した胡錦涛、そうした何もかもを「史上最低の支持率のダメ大統領ブッシュ」にかぶせて説明してしまう、それで済んでしまうところに、現在のアメリカが陥っているある種の「立ち往生」状態があるのでしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日からア
メリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(NHK出
版)
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