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なぜヒトラーは権力を獲得できたか                既出か?
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投稿者 SV問題 日時 2006 年 1 月 30 日 13:08:37: ed3m9sVxNwNrE

-保守派の暗躍・保守派はヒトラーを利用しようとして逆にミイラになった-
 
 
ヒトラーはその演説の才覚で大衆を扇動して権力についたのか?−それはあまり正しいとは言えない。なぜなら33年の首相就任まで一度も彼のラジオ演説なされていなかったからである。街頭は政党間の争いで内戦状態であったし失業者は500万人以上の最悪の状況の中で、いかにしてヒトラーは政権についたのだろうか。

ヤング案は保守派・NSDAP・在郷軍人団体・農業団体、つまり左翼政党以外のほとんどが反対した。産業界では未曾有の大不況は社会政策(現代の社会政策はまさにワイマール共和制がお手本を示していたのだが)の行き過ぎと批判していた。左翼の側も共産党(KPD)が社会民主党(SPD)をファシズムの同盟者として糾弾するなど分裂していた。

ヤング案は最終的に承認され、ヴェルサイユ条約によるドイツ監視機構はほとんど撤廃された。シュトレーゼマン死後ヒンデンブルク大統領や軍部のシュライヒャー将軍ら保守派は、SPDと手を切り、議会主義の終焉と権威主義政府の樹立というまさに逆コースをたどり始める。そして軍備拡張の機会を伺うようになる。

1930年3月大連合政府は倒壊した後、ブリューニング政府が樹立される。この内閣は少数内閣で、ブリューニングは帝政復活を目標とするカソリック系の政治家であった。たちまち国会解散に追い込まれる。9月9日の総選挙ではナチスが1200万票を得て第一党になる。これはブリューニングのデフレ策、社会政策の後退、給与引き下げ断行によってさらに失業者が大幅に増えたために、保守派にも国民が愛想をつかしたためと考えられる。

しかし、ヒンデンブルク大統領はパーペン反動内閣を組閣させる。これは、国会議員ゼロ、貴族5名というとんでもない代物であった。こうして共和国への信頼は急速に地に落ち、もはや大統領独裁かナチス政権かという選択肢しか国民には残されなくなった。

33年1月30日ヒンデンブルク大統領はヒトラーを首相に任命する。この時点で保守派は、ヒトラーを意のままにできるという甘い見通しを持っていた。事実当初ナチスからの入閣はヒトラー以外では、内相フリック、内務国家委員のゲーリングのみであった。組閣後ヒトラーはただちに国会を解散してしまい、総選挙ではさらに支持を伸ばして43.9%に達する。

ヒトラーは、もはや形骸化しつつあった議会に最後の鉄槌を加えた。それは、「国民及び国家の危難緩和のための法律」つまり「全権委任法(Emaechtigungsgesetz)」の成立である。さらに「国民革命」と称して、州・自治体の権力を突撃隊などを使ってナチスが掌握、大都市のほとんどがナチ市長に交代した。そして、各政党支部や施設はSAの攻撃にさらされナチ党以外の政党の解散が強行された。

労組はドイツ労働戦線に吸収されるなど、「強制的同一化(Gleichshaltung)」と呼ばれるあらゆる団体組織のナチへの統合がこの年遂行された。こうして「一つの民族、一つの帝国(Reich)、一つの総統」というスローガンが完全に現実のものとなっていった。

こうした事態に対し、大統領内閣に愛想がつきていた国民はむしろ積極的に支持していたと言っていいだろう。エリート層はもちろんのこと、都市の中間層や失業者はNSDAPを支持、財界や一部の学者にも支持が広がった。大企業の労働者やカトリック系の人々の支持は当初少なかったが、後のシャハト財政下の好景気によって支持は確実に拡大していった。ここで注意すべきは、国民ことに世論の主導的な立場にある中間層と殊に若者、大学生がNSDAPの最も中心的な支持層であったということである。ナチ党は最先端を行く新しい時代の党というイメージが強かったのである。

また、ヒトラーユーゲントによって組織化された少年・少女たち、あるいは婦人団体に所属した女性たちは、その活動を退屈な学校や日常からの解放、交流の拡大ということでむしろナチ配下の活動を歓迎していたのである。

結局、共和国への失望、共和国政権下での最悪の状況に嫌気がさしていた国民がNSDAPを選択したということはやむ得ないこととしか言いようがないわけである。ドイツ国民にとって、ナチスがどんな思想を持っていようと、ドイツ国民の政党であることに代わりがなく、インテリがどういう思想を唱えようとも、生活あるいは国家の惨めな状態から救えなかった現状にすっかり国民は愛想をつかしていた、というのが実際のところであろう。

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