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空想小説「ジャンボ尾崎」より
ジャンボ尾崎は悩んでいた。
それは一向によくならない肩痛についてでも、弟のジェットについてでもなく、「ファッション」についてであった。
自分でも、その後ろ髪だけが長い独特のジャンボカットや、派手な柄のセーターについて、決して趣味がいいとは思っていなかったが、これほどまでに「ファッションセンスがない有名人」の代名詞にされるというのは面白くなかった。
「俺ってそんなにファッションセンスないかなあ」
風呂上りにビールを飲みながらジャンボは妻の義子にたずねた。
「何いってるんですか。周りの声なんか気にしちゃダメですよ」
「やっぱり、タイガー・ウッズみたいなのがセンスいいんだろうなあ」
「日本人とアメリカ人は違いますから」
「でもなあ。こうまで言われると何かこう、やり返したくなるんだよなあ」
ジャンボは口のまわりをビールの泡だらけにしながら、上を向いた。
義子はそんなジャンボにつきあっていられない、とばかりに洗い物を片付けていたが、ふと思い出したようにつぶやいた。
「そういえば恵理(注:長女)の知り合いにスタイリストさんがいたような気がするわ」
「本当か。そいつはどんなやつだ」
「確か、一時期何とかっていうえらいデザイナーさんの弟子だったとかいう人だったって言ってたけど。」
「とりあえず恵理に電話しろ」
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2日後、ジャンボは表参道にあるコギレイなレンタルブティックに来ていた。
娘の恵理に紹介されたスタイリストの遠藤という女性がこの場所を指定してきたのだ。
店内の待合室のような場所に通され、紅茶を出されたが、ジャンボはどうにも居心地の悪さを感じていた。
居心地が悪いのは、ブティックの雰囲気だけではなく、娘に言われ仕方なく着慣れないスーツを着ているというのも一因だった。
「遅いな。3時の約束なのに」
ジャンボがちらっと時計をみた瞬間、大きな荷物を両手に抱えた女性が入ってきた。
「すみません。遅くなりました」
「いや、全然待ってないよ。すまんね。今日は無理をいって」
「いえ、恵理ちゃんのたのみですから。じゃあ、2階に行きましょうか」
2人はせまい階段を2階にのぼった。
遠藤はまだ20代前半といった感じで、茶髪のショートカットに赤い縁のめがねをかけていた。
服装はTシャツにジーンズ、足元はサンダルをはいていた。
2階はひろびろとしたスタジオだった。
「遠藤さん、率直にいって僕のファッションどうかね」
「そうですねえ。正直に申し上げて、センスがいいとはいえませんね」
随分とはっきり物をいう子だな、とジャンボは思った。
「具体的にどうすればいいんかね。どうせやるからには、「センスが悪くない」程度じゃなくって「センスがいい」って言われるくらいになりたいんだけど。」
「そうですね。まずは・・」
それから1時間ほど遠藤はジャンボのファッションセンスのどこが悪いのか、をひとつひとつ噛み砕いて説明した。
「そうか・・。どっから手をつけていいかわからないくらい、ダメだったんだな・・。」
ジャンボはガックリと肩を落とした。
「大丈夫ですよ。ジャンボさん。私の知り合いのヘアメイクさんやメイクアップアーティストなんかも総動員して、ジャンボさんを日本一、いや世界一センスのいいゴルファーにしますよ。」
遠藤は自信ありげに、胸をはった。
「タイガー・ウッズよりも?」
「タイガーウッズよりもです。」
ジャンボは遠藤の手を両手で握り締めた。
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それから3ヶ月、対外的には怪我の治療で休養ということにしてツアーを休み、ジャンボセンスアッププロジェクト(略してJSUP)は20人ほどのスタッフの手により着々とすすめられた。
ジャンボカットは、あっというまにすばらしくセンスのいい髪形(※)になった。
ファッションは洗練されたセンスフル(※)なゴルフウェアとなった。
※ ここで、「センスがいい」とか「センスフルな」とかいう表現でごまかしているのは、何か具体的なものを書いても、「イヤそれではセンスがよくないと思うぞ」という人が必ずいることから、防衛手段としてこういう表現になっているだけで、決して作者自身のボキャブラリー不足に起因するものではありません。決して。
また、外面だけでなく、中年太り体型となっていた肉体も改造。
アゴのラインもばっちりの引き締まった体型となった。
出来上がったジャンボは、もはや昔の面影は一切ないセンスのある男になっていた。
「これならもう誰にもセンスが悪いなんていわせませんよ。」
遠藤が笑った。
ジャンボは鏡に映った別人のような自分を見て、誇らしげに微笑んだ。
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そして9月の1週目。
ジャンボはツアーに復帰した。
別人のようなジャンボを見て、マスコミは驚いた。
ワイドショーはその変身ぶりをおおむね好意的に報道し、辛口のピーコもちょっと皮肉まじりながらも褒めた。
女性誌でも特集がくまれ、亭主改造記事のいい見本となった。
ビッグトゥモロウやBRIOなどのビジネス誌でもファッションの見本としてでるようになった。
ファッション誌でイッセイ・ミヤケや、やまもと寛斎との対談も組まれた。
周りのブレインに支えられ、だんだんとジャンボ自身もファッションについて語れるくらいのボキャブラリーがついた。
しかし・・。
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ゴルフの成績はファッションセンスが上がるとともに急降下していった。
練習不足と、体型を急にかえたことによる筋肉のバランスの崩れがおもな原因だった。
最初は好意的に書いていたマスコミも「ファッションにうつつを抜かしてスポーツ選手の自覚を忘れたジャンボ」などと厳しい論調が増えてきた。
ジャンボは悩んだ。
ツアーにでては予選落ちの毎日。ひっきりなしに来る取材の依頼。
「どうすればいいんだ。おれは。何がタイガー・ウッズだよ。ファッションはタイガー以上でも、ゴルフは三流以下になっちまった」
いつしか、ジャンボはツアーを理由もなく休むようになっていた。
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ピンポーン
チャイムがなった。
「ジャンボー元気かー」
青木功だった。
「青木さん・・どうしてうちに」
「おちこんでるそうじゃないの。気分転換行こうよ。気分転換」
「でも、こんなところをマスコミに見られたら。表向きは怪我で休養ってことになっているのに」
「いいのいいの。」
青木は強引にジャンボを連れ出すと、車に乗せ走り出した。
「青木さん、どこへ?」
「いいの、いいの。」
青木は無言で車を走らせた。
「よーしついたぞ」
そこはジャンボが若い頃よく練習に使っていたSカントリークラブというゴルフ場だった。
「ここで何を?」
「会わせたいやつがいるのよ」
青木は振り向かず中に入っていった。
中に入ると、一人の男がもうコースに出ていた。帽子をかぶっている。そして彫りの深い浅黒い顔。
タイガー・ウッズであった。
「タ、タイガー・・。」
「コンバンワ。ジャンボサン」
タイガーは頭を下げた。そして帽子をとった。
「そ、その髪型は・・」
帽子をとったタイガーの髪型はまぎれもなく、後ろ髪だけが長いあの「ジャンボカット」であった。
「ダイジョウブデース。コレカラハセカイジュウデ、コノカミガタガハヤリマース」
「そうだったのか・・俺は、今まで何を・・。」
ジャンボは泣き崩れた。
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2ヵ月後、日本プロ選手権のコースにジャンボはいた。
セーターの柄は妙な柄で。
後ろ髪は伸びきらなかったが、ジャンボカットに近い髪型で。
そして、ジャンボは圧倒的なスコアで優勝を飾った。
試合後ワイドショーのレポーターがやってきた。
「ジャンボさん、どうしてファッションを前のセンスのないものにもどしてしまったんですか?」
ジャンボはレポーターの首ネッコをつかまえてこういった。
「ゴルフはファッションでやるもんじゃないんだよ」
ギャラリーから拍手がわきあがった。
その中には青木功の姿もあった。
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シーズンオフ。ジャンボは行きつけの理容室にいた。
「ジャンボさん、今日はどうしますか」
「いつものように、上は全体的に短く、後ろ髪は切らないで」
「はい、毎度。」
1年後、ジャンボ尾崎はマスターズでジャンボカットのタイガー・ウッズをやぶって日本人初優勝を飾るのだが、それはまた別のお話。