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公安の維持
平成7年は、地下鉄サリン事件等のオウム真理教関連事件、警察庁長官狙(そ)撃事件、16年ぶりのハイジャック事件等の重大特異な事件が発生し、公安の維持の観点からみて特筆すべき年であった。また、11月には、大阪市において、APEC大阪会議が開催され、これに伴い、大規模な警備が実施された。
こうした情勢の中で、右翼は「戦後50年問題」を運動重点とし、政党等に対するゲリラ事件等を引き起こした。極左暴力集団は、大衆闘争を利用した党建設に重点的に取り組む一方で、秘密軍事部門の再編、精鋭化を図り、成田闘争等をめぐって、凶悪なテロ、ゲリラ事件を引き起こした。日本共産党は、参議院議員通常選挙等で議席を増やしたものの、党勢は依然低迷している。在日本朝鮮人総聯(れん)合会(朝鮮総聯)は、北朝鮮の指導の下、引き続き我が国の政財界に対する諸工作を行った。また、ロシア、中国は、科学技術情報等の獲得のため、我が国の各界各層に対する諸工作を行った。
国外に目を向けると、中東等の従来の紛争・地域における和平機運がこれまでになく高まったが、北朝鮮情勢は依然不透明に推移し、また、民族対立等を背景とした地域紛争が継続するなど複雑な国際情勢が続いた。国際テロについては、イスラム原理主義過激派によるものが世界各地で頻発すると共に、その手段が凶悪化、先鋭化する傾向がみられた。日本赤軍は、中東情勢の変化により、存在基盤を維持することが困難な状況に陥った。
なお、国際テロについては第1章参照。
1 APEC大阪会議警備
平成7年11月16日から19日までの間、大阪市においてAPEC大阪会議が開催され、江沢民・中国国家主席、金泳三・韓国大統領をはじめとする18の国・地域の首脳等が出席した。
同会議をめぐり、極左暴力集団は、「日米帝のアジア侵略の場」ととらえ、「APEC粉砕・日米首脳会議粉砕」を主張し、大阪府を中心に6都道府県において延べ約3,300人を動員して集会、デモに取り組んだ。
右翼については、その多くが静観の姿勢をとったものの、新右翼等の一部が、「米国主導のAPEC粉砕」などと主張して、大阪市内等において集会、デモ等に取り組んだ。
また、国際テロ情勢もエジプトのイスラム原理主義過激派「イスラム集団」が、同派の精神的指導者オマル・アブデル・ラフマンがアメリカ合衆国で有罪判決を受けたことに対し報復テロを宣言するなど、APEC大阪会議の参加国であるアメリカ合衆国をめぐり同派に不穏な動向がみられた。
このような情勢の中、警察では、警備対策委員会等を設置して全国警察を挙げて諸対策を推進した。特に開催地を管轄する大阪府警察では、全国からの派遣部隊約1万2,000人を含む約2万5,000人の警察官を動員し、東京以外の場所での警護警備としては、過去最大の体制で本警備に臨んだ。
これらの警備諸対策を講じた結果、その期間中、テロ、ゲリラの発生もなく、会議は、19日の非公式首脳会議を最後に無事終了した。
2 警察庁長官狙撃事件の発生とその捜査
平成7年3月30日午前8時30分ころ、國松孝次警察庁長官が、出勤のため東京都荒川区所在の自宅マンションを出たところを、同マンション付近で待ち伏せしていた男にけん銃で狙撃され、重傷を負うという事件が発生した。
本事件は、警察組織の最高責任者の殺害を狙った極めて重大な犯罪であり、現在、警視庁において、南千住警察署に公安部長を長とする特別捜査本部を設置して捜査を進めている(8年6月現在)。
3 16年振りに発生したハイジャック事件への対応
平成7年6月21日午前11時45分ころ、東京国際空港(羽田空港)から函館空港へ向かって飛行中の全日空機857便(乗客350人、乗員15人)が、栃木県上空に差し掛かった際、ドライバーとサリンに見せかけた水入りビニール袋を持った男(53)にハイジャックされ、同機が函館空港に着陸させられるという事件が発生した。我が国の航空機に係るハイジャック事件としては、昭和54年11月23日の「日航機ハイジャック事件」以来、16年振りのものであった。北海道警察では、事件発生後直ちに本部長を長とする「事件対策警備本部」を設置するとともに、警察官約800人を動員して初動措置を講じた。
犯人は、同機を離陸させて東京へ向かうことを要求し、約15時間にわたり人質の拘束を続けたため、北海道警察では派遣された警視庁の特殊部隊と連携の上、警察官を機内に突入させ、翌22日午前3時45分、犯人を逮捕するとともに、乗客乗員全員を無事救出した。
警察では、このようなハイジャック事件や昨今の銃器等使用の重要凶悪事件に対応するため、8年4月1日、警視庁、大阪府警察本部等全国7都道府県警察に有効な装備と高度な専門的能力を有する200名から成る特殊部隊(SAT〜Special Assault Team)を設置した。
4 各種重要警備
(1) 警衛、警護
ア 警衛
天皇皇后両陛下は、阪神・淡路大震災の被災地のお見舞(平成7年1月、兵庫県)をはじめ、戦後50年に当たっての戦没者の御慰霊(7月、長崎県・広島県、8月、沖縄県・東京都)、全国植樹祭(5月、広島県)、国民体育大会秋季大会(10月、福島県)及び全国豊かな海づくり大会(11月、宮崎県)への御臨席、雲仙岳噴火災害の復興状況の御視察(11月、長崎県)等のため行幸啓になった。
皇太子同妃両殿下は、国民体育大会冬季大会(2月、福島県)をはじめ、各種行事・式典へ御臨席等のため行啓になった。海外については、クウェイト国、アラブ首長国連邦及びジョルダン国(1月)を御訪問になった。
また、秩父宮妃殿下の薨(こう)去(8月)に伴い、天皇皇后両陛下が御弔問になったのをはじめ、各皇族方が御参列される中、諸儀式が執り行われた。
警察は、極左暴力集団等が依然として皇室闘争に取り組む中、皇室と国民との親和に配意した警衛警備を実施し、御身辺の安全確保と歓送迎者の事故防止等に努めた。
イ 警護
国内において銃器の拡散が進み、銃器を使用したテロの脅威が一層増大するなど厳しい情勢が続く中、7年には、既に述べたとおり、地下鉄サリン事件、警察庁長官狙撃事件、東京都庁内郵便物爆発事件等の凶悪なテロ事件が続発した。また、右翼は「戦後50年問題」をはじめ内外の諸問題に敏感に反応し、首相等の要人に対する活発な批判活動を展開した。
このような情勢の中、統一地方選挙(4月)、参議院議員通常選挙(7月)等に伴い、国内要人の全国的な往来が活発化したが、警察は、銃器、毒物、爆発物等によるテロに対する警護諸措置を徹底し、要人の身辺の安全確保に努めた。
また、阪神・淡路大震災の被災地視察のため、村山首相をはじめ延べ約100人の国内外の要人が兵庫県を訪れた。これに伴い、兵庫県警察では災害警備と並行して的確な警護を実施した。
このほか、ムバラク・エジプト大統領等の多くの外国要人が国賓等として来日したが、的確な警護諸措置を推進し、要人等の身辺の安全と関係諸行事の円滑な進行の確保という所期の目的を達成した。
(2) 高レベル放射性廃棄物輸送警備
フランスで再処理された高レベル放射性廃棄物は、海上輸送船で青森県むつ小川原港に輸送され、平成7年4月26日、六ケ所村の廃棄物管理施設に収容された。
高レベル放射性廃棄物の海上輸送をめぐっては、カリブ海沿岸の諸国やパナマ等で輸送反対のキャンペーンが行われたほか、輸送経路沿岸の約20箇国が輸送船の通過反対を表明し、さらに、国際的な自然・環境保護団体「グリーンピース」がその所有船で追跡・監視活動に取り組むなど、国際的な反核運動が盛り上がりを見せた。
一方、国内では、輸送船の入港当日、青森県むつ小川原港に核燃料サイクル施設に反対する市民グループ、極左暴力集団、一部の労働組合等の関係者延べ約1,000人が集まり、抗議集会に取り組むなど、関連施設、個人に対するテロ、ゲリラや輸送妨害行為等の不法事案の発生が懸念された。
警察庁及び青森県警察をはじめとする関係警察では、テロ、ゲリラや輸送妨害行為等を未然に防止するための諸対策を推進し、輸送の安全と円滑の確保という所期の目的を達成した。
5 右翼の情勢と対策
(1) 右翼の情勢
平成7年は、戦後50年の節目の年であり、政府、民間を問わず様々な立場からこれを記念する行事が行われた。
右翼の多くは、7年の運動重点を「戦後50年問題」とし、東京裁判史観(注)の払拭(ふっしょく)を目的として、全国的規模で街頭宣伝活動等を展開した。特に、「戦後50年国会決議問題」に対しては、絶対阻止の立場から、2月3日、都内で右翼等約2,100人が参加して国会決議阻止集会・デモを行うなど、過去最大規模の人員、街頭宣伝車を動員して、全国的な反対運動に取り組んだ。この決議は、6月9日には、「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」として衆議院本会議で採択されたが、右翼は、その後も、採択無効を主張し、政府与党を批判する街頭宣伝活動等を展開した。この間、「社会党本部前火炎びん投てき及び国会裏車両放火事件」(3月、警視庁)、「自民党岐阜県支部連合会事務所に対する発炎筒投てき事件」(6月、岐阜)等14件の事件を引き起こした。
外交問題では、中国、フランスが実施した核実験に対し、6月以降、全国的な抗議活動を展開した。また、沖縄県における米兵による女子児童を被害者とする暴行等事件(以下「米兵による女児暴行事件」という。)に端を発した「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下「日米地位協定」という。)の見直し問題、米軍沖縄基地整理・統合問題に対しては、「安保条約を廃棄し、米軍は日本から撤退せよ」、「憲法を改正し自衛隊を国軍とせよ」などとして、アメリカ合衆国及び政府に対する批判を展開した。また、北朝鮮については、米支援や国交正常化交渉問題等をとらえ、「核疑惑の中での米支援等は、テロ国家に味方する」などとして、政府の外交姿勢を厳しく批判した。
マスコミに対しては、「戦後50年問題」と絡めて、「東京裁判史観に基づく偏向報道で、半世紀にわたって日本を誤らせてきた」などとして、街頭宣伝活動や抗議・要請行動等を展開した。
(注) 極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判の判決に基づいた「日本が1941年12月7日に開始した攻撃は、侵略戦争であった。」などとする歴史観
(2) 右翼対策の推進
ア 違法行為の防圧、検挙
警察は、右翼によるテロ等重大事件を未然防止するとともに、悪質な資金獲得活動に厳正に対処するため、不法行為の徹底した取締りに努めた。この結果、7年中、テロ、ゲリラ事件6件(8人)を含む計201件(315人)の右翼事件を検挙した(以下略)