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以下引用
今日まで、行ってきた研究の大きな目的は、ヒトとヒト以外の霊長類の音声を中心とした伝達行動の比較を通じ、言語的コミュニケーションの進化を実証的に考察する点にあったといえる。その際、野外観察で得られた知見をもとに、実験室で精緻な分析的研究をおこない、その成果をふたたび野外で検証する手法をとり、かつフィールドワークの手法をヒトの研究にも応用することで、ヒトとヒト以外の霊長類の双方を見渡す共通の視座をもうけようとする試みを模索してきた。現在に至るまでに得た知見は多岐に渡るが、それは主として、コミュニケーションにおける随意性および可塑性の出現を系統発生的かつ個体発生的に、追及する作業として要約できるかもしれない。
この問題をまず、クモザル、リスザル、ニホンザルなどの種を中心にして、音声コミュニケーションの場面で研究を行った。クモザルが仲間をそれぞれ異なる音質の音声で呼び分けることを発見した。かれらはこの種の音声に関し、いくつかの要素を随意的にくみあわせることで、多様なタイプのレパートリーを保持することが可能であることが判明した。ニホンザルについて、クーコールといわれる音声の音質が、生後の学習によって決定されることを実験的に明らかにし、さらにクーコールおよびリスザルのチャックコールを集団内の仲間が、なきかわす際、交換のルールが存在することを発見した。またニホンザルでは、このルールが集団によって異なり、ルール自体、生後に学習されることを示した。このルールはヒトの会話におけるターンテイキングに非常に類似した性質のものであり、実際にその後、生後3ー4ヵ月のヒト乳児と母親とのコミュニケションの研究から、この能力をヒトが系統的に継承することで、音声言語習得の第一歩がはじまることを解明した。
ついで、野外のニホンザルは仲間のクーコールに応答する際、自らの音声の音質を、状況依存的にある程度、変化させることが可能であるという事実をあきらかにし、これがヒト乳児の初期音声模倣の先駆的行動であることを後のヒトについての研究から、確認した。また、状況に応じて音声の高さを高め、周波数変調の幅を誇張することは、ヒトの養育行動では、mothereseという現象として知られているが、ニホンザルのこの音声の可塑性にその系統的先駆的要素をみいだし、かつヒトではmothereseが子どもへの言語入力として、きわめて重要な役割をはたしていることを、解明した。すなわち、養育者自体がまず、自らの発声の音響要素を意図的に変化させることで、子どもの反応としての発声における模倣を、促す機能をはたすことが判明した。
また音声の知覚行動については、ゲルヂモンキー、タマリン、ニホンザル、キツネザル類など多岐の種で研究を実験室とフィールドの両方でおこない、ヒトの言語知覚に特徴的な範疇的知覚が、ヒト以外の霊長類の同種個体の音声についての知覚では、警戒音で特異的に成立していることを発見した。警戒音は、捕食動物への防衛として進化してきた行動であるが、かれらはその危険を他個体に伝達するという、一見、自らを危険にさらすようなふるまいを互恵的に行うことで、生存価をたかめている。しかも、その知覚は生後の経験にもとづいて学習されることが明らかになった。ある特定の表象対象をもつ音声の言語的な社会的交換の成立の学習が、ある種のヒト以外の霊長類において確認され、その表象対象が捕食動物であることは、人類の言語の起源を考察する上で示唆深いとかんがえられる。さらに、彼等は捕食動物の認知を生得的に行うのではなく、社会学習(social learning)という高次認知機能を要する心的過程を媒介として成立させていることも見い出した。
加えて、最近ではヒト乳児の手話の習得また、ヒトの乳児が発する発達的に最初の文節的特徴を持った音声であるbabblingの学習の研究から、他の霊長類と異なり、ヒトの言語習得はmodalityに特異的でないこと、また何故ヒトのみが文節的特徴をそなえた音声発声ができるのかということに対し、音声発声がリズミックな身体運動との同期が重要であることを発見し、ヒトの種特異的な言語習得行動の特徴を他の霊長類との対比から、あきらかにしつつある。同時に、ヒトの育児全般にわたる特徴についてフィールドワークを行い、生物学的かつ生態人類学的見地から研究している。とりわけswaddlingとよばれる、布で乳児をぐるぐるに巻いて育てる風習について、詳細な海外調査を実施し、いままで育児放棄の一種として批判されてきたこの習慣をもつことで、子どもが通常より早期に離乳し、結果として女性の排卵の再開がはやまり、一定期間内により多くの子どもの出産が可能となるという事実を発見した。繁殖戦略として育児文化の機能を論ずるという、従来にはまったくとられてこなかった見地からの、人類の養育行動へのアプローチをこころみている。