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自分が現実化できなかった可能性、自分がいい表現を与えられなかったなにか、
自分が横目で見ながら通り過ぎてしまったなにか、自分がとてもじゃないが思い付けなかったようななにか、それでもそれがなにかは、何となく理解できる。
誰かがそれを拾い上げて現実化し、表現を与え、思い付いてくれさえすれば。
そんな誰かが、もし居るなら、その誰かは俺自身の可能性が現実化した誰か俺自身の分身ともいえる者であり、端的に言ってその誰かは俺自身だ。
俺自身、自分なんていう言い方を避けるとすれば、
それは、今此所に現れた宇宙それ自身であり同時にそれ自身を超えてゆくものでもある。
そんななにかを愛さずにいられるだろうか?
そんななにかの働きを阻害するものを排除し、その働きを、開花させるために出来る事があればしないでいられるだろうか?
出来る事は殆ど無いにしても、そう願わずにいられるだろうか?
ちっぽけな自分自身のためになにかを留保し、それをしないための言い訳にしようとするだろうか?