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>適切な応用もできない知識
知識というものをどう捉えるかということでしょう。
例えば無闇に人を傷つけることなく、上手く生きていくための道具のようなものなのでしょうか。
つまり自分を傷つけないための道具というのか。
もし、自分を傷つけないための知識であるなら、その人が、それを身につけるかどうかなど、他人にとって必ずしも重要ではないでしょう。
ましてやライバルとして批判する側からすれば、その人が、それを身につけることなく、自滅してもらったほうがいいぐらいかもしれません。
また、自分を傷つけないための知識であるなら、最終的に自分を傷つけないための万能の知識を一つもてば、他の知識はいらない、ということになりますね。
そういうものは有ると思いますよ。(それが「相対価値の原理」という知識ですね)