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私が転生していたとしても、頼朝の代理でも、頼朝本人でもないと思います。親戚筋としては太子町に御縁があります。なぜ私が、最短でも聖徳太子までは遡行できると思うかというと、当時の政治課題に、私が答えを与えつつあるからですね。例えば、根本的な政治課題というと、阿修羅では「私有財産」と「他者の私有」が取り沙汰されているはずです。しかし、そういうアポリア以前に、治世の本源を考えると法政分離(法の独立)ということが先ずなければならないと思うのです。政治参画は、享受者も、主導者も、法の下での任意の集団形成、集団所属という形態でなければならないでしょう。蓋し、集団は法の下位にあるというわけですね。そうなると国民派も、地球派(マルクス分離派)も、即座に行きづまってしまうはずなのです。これなどは根本を押さえていなければ、いくら知識を上乗せしても砂上の楼閣となることの典型かもしれません。そして、そのことは「情報社会で人間が如何に知識から自由になれずにいるか」という“或る絶望”の証左かもしれないのです。情報化というものが一つの側面において「不自由の拡大」であることは今さら申すまでもないでしょう。したがって知識の強迫に超然としていられるのは一部の天才に限られてくるはずです。天才でない人にとっては、その人の資質もあるでしょうが、そういう天才に生涯を通じて出会える確率は、天文学的な逆数をとると思います。つまり、じっさいに「自分の言葉」で喋っているのは果たして誰なのか、という問いですね。仏陀でさえ、一から自力で構築したのではないでしょう。そして、弟子達との実践のなかで経験的に後づけした訓戒も多いのではないでしょうか。ましてや、現世での一流・二流の秀才など、世間で報道される名辞の引用、権威の引用、市場価値の引用、そして書物そのままの引用などと臆面もないわけですね。そういう理由で、4千年に1人の逸材(別に4年でもよいですが)と自称しても、少なくとも自分の基準では、とくに疚しさを感じないわけです。(荒井さんや山埜さんには、むしろ謂わんとする意味を、誰よりも御理解賜っていると思うのですが)