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パキスタン地震 足元に何が
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051012/mng_____tokuho__000.shtml
国連により四万人に達する犠牲者数が予想されているパキスタン、インド国境付近で起きた大震災。ヒマラヤ山脈の“おひざ元”での自然災害だが、発生メカニズムは昨年末のスマトラ沖地震と密接に関係。さらには、印パ因縁の核開発競争も影を落としているという。世界的な地震の巣の謎を探ってみると。
「横に大きくゆさゆさと揺れる感じだった。とても立っていられず、その場に四つんばいになった」
パキスタンの首都イスラマバード市内の中心街にある日本人学校の川崎次男校長は、八日朝の地震発生当時の恐ろしさをこう振り返る。
当日、イスラマバードは秋空が晴れ渡っていたが、日差しは強く、日本でいえば夏の終わりのような天気だった。同校には小一から中三まで合計二十一人の児童生徒が通う。半数が日本大使館職員の子どもで、ほかの子どもたちは国際協力機構(JICA)や民間企業などに勤務する親を持つ。
イスラム教国のパキスタンの休日は金曜日だが、日本人学校は日本に準じたカリキュラムを採っているため、土曜日は休業で、地震当時、学校にはだれもいなかったという。
校舎は大丈夫かと心配になった川崎校長は、取る物も取りあえず学校に駆けつけた。親の中にも様子を見に来る人がいたが、幸い学校は日本の大手ゼネコンが建設した丈夫なつくりで無傷だった。週明けの十日、日本人学校はいつも通り子どもたちの笑顔がそろった。
■『これほどの揺れ初めて』
校長の三十代半ばの秘書と二十代半ばの運転手(ともにパキスタン人)は「これほどの地震は経験がない」と驚いていたという。「ここの人たちは地震は五十年に一回ぐらいのめったにないものと考えている。私もここに来て約二年だが初めての経験。地震を日常的に経験している日本人とパキスタン人の地震に対する意識の差を感じる。同じ市内でも地域によって被害の程度も大きく異なっているようだ」と強調する。
日本人学校がある中心地はほとんど被害はなかったが、同じイスラマバード市内の西部は、亡くなったJICA派遣の楢原覚さん(36)親子が住んでいた高層アパート、マルガラ・タワーズが倒壊するなど甚大な被害に見舞われた。市内で倒壊した大きなビルはこれだけだったが、低層の民家も数多く倒壊した。
震源地となったパキスタン北部のカシミール地方は、一九四七年にインドとパキスタンが英国から独立して以来、領有権を争う紛争地域。犠牲者が四万人に達するとの見通しが出される中、各国の救援活動も活発化している。
国際医療ボランティアの「AMDA」(本部・岡山市)では日本人、現地人各二人からなる支援チームを編成し、十一日にイスラマバードから北へ約百キロの被災地に向かっている。
「パキスタンのようなイスラム教徒国では、医者であっても異性の患者には手を触れてはならないという戒律を厳格に守っている地域がある。こうしたことに配慮し、現地に派遣された医師の中にパキスタン人女性を含めた」とAMDA広報室の奥谷充代(あつよ)さんは説明する。イスラム教国の支援には、こうした宗教的な配慮も欠かせないようだ。
大災害の被災地に国際的な支援が迅速に集まってくるのは今や世界の潮流になっている。しかしそれに伴って引き起こされる問題もある。
奥谷さんは、現地からの報告を踏まえ、救援活動の複雑な実態をこう明かす。
「各国からの支援物資が大量に流入し始め、それを運ぶために、地震で寸断されていない道路が激しい渋滞を引き起こしてしまっている。さらに、物資輸送に携わる運転手や通訳の人件費が高騰するなど、途上国特有の“支援バブル”が起こっている」
大型ハリケーンの来襲に相次ぐ大地震。“天変地異”を実感する世界各地での大規模災害だが、今回のパキスタン地震と昨年暮れのスマトラ沖地震の関連性を専門家はどう見ているのか。
■『スマトラ沖』のプレート再び
「地球上の表面には、いくつかのプレート(岩板)が水平に動いており、これがさまざまな地震や火山活動をもたらす。インド亜大陸を乗せて北上するインド・オーストラリアプレートと、ユーラシアプレートが衝突する南西アジアでは、過去にも頻繁に大地震が起きている。八千メートル級のヒマラヤ山脈は、この両プレートの境界が盛り上がってできた。また、津波で三十万人以上の死者・行方不明者が出た昨年末のスマトラ沖地震も、同じプレート同士の境界で起きた」と南山大学総合政策学部の目崎茂和教授(地理学)は解説する。
その上で「同じ組み合わせのプレート境界での発生という意味で、スマトラ沖地震と今回のパキスタン地震は共通性がある。一カ所が崩れたわけだから、プレート全体が連動したり、周辺のプレートに影響することも考えられる。地球全体が活動期に入ったと想定できるかもしれない」と警戒を呼びかける。
さらに、目崎教授は、ヒマラヤ山脈のふもとの地震群発地で、インド、パキスタン両国が地下核実験を繰り返してきたことも危ぐする。
一九九八年五月にインド側が二回にわたり地下核実験を実施。これに対抗しパキスタンも二回、広島に落とされた原爆と同じ規模の地下核実験を行った。
目崎教授は「今回の震源地と、地下核実験の場所は約千キロ離れており、実験が地震を引き起こしたとは言えない。しかしアメリカやフランスの核実験は、プレートの境界とは関係ない砂漠の真ん中や海で行われてきたが、インドやパキスタンの実験場は活断層の密集地。そういう場所で、人工的に地盤に割れ目を作る核実験は考えた方がいい」と訴える。
ヒマラヤでの断層を調査し、パキスタン全土の活断層図を世界で初めて作った広島工業大学の中田高教授は「今回地震が起きた断層は調査時に見つけた断層ではないか」との見通しを示した上で「日本の南海トラフでの地震と異なり、ヒマラヤの断層では、同じ場所で繰り返し地震が起きることはない。ただ全体として断層が多いため、結果的にどこでいつ発生してもおかしくない状態にある」と分析する。
さらに地震防災上の観点から活断層データの活用についてこう提言する。
「米国のカリフォルニア州には、活断層から十五メートル以内には家屋を建ててはいけないという『活断層法』がある。日本でも、活断層の上に学校や病院を建てるのはやめるよう言ってきたが、ほとんど聞き入れられない。活断層の真上に、高速道路が走っていたり、学校が建っている。日本はパキスタン以上に活断層の情報が整っているのだから、潜在的な危険を認識し、対処する必要がある」
ヒマラヤ山脈をつくる地中のひずみが引き起こした今回の地震。くしくも震源地は、政治的なひずみをはらんだ国際紛争地でもある。地震は人間が抑えることはできないが、社会のひずみは、人間の手で抑えることが可能だ。被災地への援助のあり方も問われている。
軍事アナリストの小川和久氏は「国際社会が分け隔てなく手を差し伸べていることを現地の人が実感することで、この地域の緊張緩和の糸口が見えてくる」と解説する。
日本政府は、陸上自衛隊のヘリコプターを二、三機派遣することを検討しているが「ロシアの大型輸送機をチャーターして、十機くらいは派遣することが必要」とした上で、小川氏はこう指摘する。
「カシミール地方の緊張緩和は、巡り巡って、アジア、日本の安定につながる。カシミールは世界でも発火度が高い地域。今回の地震では緊張緩和を視野に入れながら、協力して手厚く援助することが求められている」