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記者の目:世界一の格差社会で暮らして=白戸圭一(ヨハネスブルク支局) (毎日新聞)
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投稿者 彗星 日時 2006 年 3 月 12 日 11:53:19: HZN1pv7x5vK0M
 

記者の目:世界一の格差社会で暮らして=白戸圭一(ヨハネスブルク支局)

 ◇暴力が結ぶ「貧困と繁栄」−−弱肉強食・地球の縮図

 「黒人が自由になるまで誰も自由になれない」。白人が社会全般を支配する南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策に反対し、84年にノーベル平和賞を受けた南アのツツ元大主教は、反アパルトヘイト闘争の時代にそう訴えていた。

 昨年、本人と話す機会があった。アパルトヘイトは94年に終わったが、南アでは今、既存の人種間格差に加えて黒人内の階層分化が進行し、空前の格差社会が出現している。元大主教はそのことに胸を痛め、改めて「皆が幸せになるまで誰も幸せになれない」との信念を語った。

 「幸せな富裕層。不幸な貧困層」。これが格差社会についての通俗的な理解ではないか。だが、究極の格差社会である南アで暮らしてみると、「誰も幸せにはなれない」という元大主教の言葉に強い現実味を感じる時がある。

 南アは世界一の格差社会だ。富裕層上位20%の総所得は貧困層下位20%の35倍。日本は5倍前後。米国は約8倍。近年、都市と農村の格差が問題の中国が約11倍。コロンビア、ブラジルは20倍超だが、南アには及ばない。日本の国会でも取り上げられたジニ係数(所得格差をゼロ〜1の数値で表す。ゼロに近いほど格差が小さく、1に近いほど大きい)は0・65(05年)で、毎年ブラジルなどと世界一を争っている。

 都市郊外には、さびたトタンと廃材でできた6畳ほどの小屋が建ち並ぶ地域が点在する。住人には申し訳ないが、遠くから眺めると、ほとんど広大なゴミの平原にしか見えない地域もある。国民の11人に1人が1日1ドル以下で暮らしている。

 他方、初めて南アを訪れた人は、ため息の出るような富裕層の暮らしぶりに「ここがアフリカ?」と目を疑う。米映画に登場するロサンゼルス郊外のビバリーヒルズの豪邸。南アの旧白人住宅街では、あれが「普通」だ。埼玉の3LDK賃貸マンションに住んでいた私ですら、当時と同程度の家賃で敷地約600坪のプール付きの家に住む。南アの「本当の豪邸」は、森にたたずむ欧州の古城とでも表現するほかない。

 「貧困と繁栄」。二つの世界は決して交わることのない関係に見える。だが、南アの現実は、両者が不幸にも「暴力」によって結ばれていることを示している。巨大な格差から生じる絶望や憎悪が犯罪となって社会にしみ出し、結局は富裕層の暮らしをも根底から脅かすのだ。

 南アは毎年、コロンビアなどと「治安世界ワーストワンの座」の返上を競っている。03年の調査では、国民の22・5%が1年間に何らかの犯罪被害に遭った。04年度の殺人認知件数は1万8793件、発生率で米国の7倍、日本の36倍。レイプの発生率は日本の69倍だ。大阪府とほぼ等しい人口のハウテン州(南アの首都圏)では03年、実に602人の子供が行方不明になっている。

 横浜市と同規模のヨハネスブルクの強盗は年間約2万6000件。車で信号待ちの最中に窓ガラスを割られ、自宅前では白昼に拳銃強盗、ショッピングセンターでは銃撃戦に巻き込まれる。町を歩いたりバスに乗るのは貧困層だけで、昼間でも外出はすべて自家用車が常識。私の妻と2人の子供は、2年間一度も道を歩いたことがない。子供たちの夢は「いつか日本でバスに乗ること」だ。

 拙宅はというと、外塀に電流線。20ある窓は鉄格子。玄関は二重ドア。犬3頭。警備会社直通の非常ボタン7カ所。就寝時は寝室を除いてセンサーを張り、侵入者を感知すると武装警備員が来る。それでも「知人が強盗の手引き役」という体験談をうんざりするほど聞かされ、「誰も信用できない」という疑心と緊張感にさいなまれ続ける。

 確かに、貧しさは経験した者でなければ分からないほど苦しいに違いない。要さい化した屋敷で富裕層を気取りながら「徒歩で外出できない」と不平を並べる姿は、バラック小屋で日に一度の食事をむさぼる人々にどう映るだろうか。富裕層の「私も幸せでない」という言葉にどの程度の真実味があるのかという疑念は、あって当然である。

 しかし、南アの現状が、一つの岐路に立たされている地球社会の極端な縮図であることは確かだと思う。犯罪など格差社会からしみ出す負の側面は覚悟のうえで、競争礼賛で弱肉強食の道を突き進むのか。富裕層も暴力の拡散には耐え切れず、資本主義の暴走に一定の歯止めをかけて格差是正に取り組むのか。世界一の格差社会の今後は、その意味で興味深いのだ。

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 ご意見、ご感想は〒100−8051 毎日新聞「記者の目」係へ。メールアドレスkishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2006年3月10日 東京朝刊

http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/kishanome/news/20060310ddm004070069000c.html

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