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闘論:習慣流産に着床前診断 斎藤有紀子氏/杉浦真弓氏
受精卵の段階で異常を調べる着床前診断について日本産科婦人科学会(日産婦)は、「転座」と呼ばれる染色体異常が原因の習慣流産患者に対象を拡大することを決めた。この診断には「生命の選別」との批判があり、日産婦は赤ちゃんに重い遺伝病が生じる場合に限り認めていた。拡大の是非を専門家に聞いた。(題字は書家・貞政少登氏)
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◇受精卵選別への一歩 出産率は上がらない−−北里大医学部助教授・斎藤有紀子氏
着床前診断の習慣流産への適用には、遺伝性疾患の産み分けより共感を得やすいという、社会の雰囲気を感じる。障害を持つ人の排除にはつながらないと思えるからだろう。
だが、習慣流産の診断でも、生まれてくる可能性のある胚(はい)が排除されることがある。救済する生命と見捨てる生命に、医療が優先順位をつけている。生まれる前だからといって、軽く考えることはできない。
今回の日産婦の判断は流産を繰り返す患者の苦悩に配慮したものだが、そもそも患者の苦悩と胚の命を天秤(てんびん)にかけることはできない。苦悩の強さが胚の廃棄を正当化するわけではない。
しかも、着床前診断をしても、自然妊娠と比べて出産率が上がるわけではないという。それなのに自然妊娠より負担の大きい医療を導入する医学的正当性があるのか。患者の苦悩以外に承認の根拠が必要だ。
日産婦は習慣流産の原因となる転座だけを対象にするという。だが、転座以外にも流産に結びつきやすい染色体異常がある。複数の染色体を一度に見ることができる検査キットもある。
患者が流産防止のために他の染色体も見てほしいと願った場合、「転座以外は見ない。見えても教えない」と説明するのだろうか。
結局、習慣流産への適用は、染色体異常による受精卵選別に道を開く一歩だ。通常の不妊治療の中でも、染色体検査をして出産率を上げたいという誘惑が生じるだろう。
染色体異常に起因する障害を持つ人は少なからずいる。流産予防に染色体検査を導入するようになれば、こうした胚も排除される。現在、確かに染色体異常の胎児診断が行われている。それに加え、流産予防という別の名目で着床前にも排除されることに、より傷つく人もいるのではないか。
技術の乱用を防ぐため、専門家の間にも国の規制に期待する声がある。だが、存続する可能性のある生命の廃棄基準を国が決める怖さは、安楽死の基準を国が決める怖さに通じる。
日産婦が議事録を公開し、透明性を高めながら基準作りをしてきたことは評価できる。今後も、患者の最も身近にいる専門家として、基準を考え続けることを放棄してはいけない。【構成・青野由利】
◇産みたい気持ち理解 必要性の見極め課題−−名古屋市立大教授・杉浦真弓氏
染色体の一部が入れ替わる「相互転座」が原因で習慣流産に悩む2組の夫婦の着床前診断を日産婦に申請している。いずれも年齢が比較的高い患者だ。「成功するとは限らない」と伝えているが、患者としては、やれるだけのことはしたいのだと思う。
着床前診断をするには、体外受精をして受精卵を作る必要がある。採卵に伴う身体的負担があり、費用も1回数十万円かかる。体外受精による妊娠率は1回当たり3〜4割だ。流産は防げたとしても、患者の出産成功率は7割にとどまる。それでも、着床前診断が必要な人はいると考える。
女性は年齢が高くなるにつれて、妊娠しにくくなる。年齢が高い習慣流産の女性にこの技術を使い、体外受精を集中的にすれば、出産のチャンスが増える可能性があるからだ。流産を繰り返すことによる、肉体的、精神的な苦痛を取り除きたいという患者の気持ちも理解できる。
もちろん、患者に正しい情報を伝えることは重要だ。2回以上の流産患者を対象にした私たちの調査では、転座の診断から平均2年で、約7割が自然妊娠・出産に成功した。この間、平均で1・3回の流産を経験しているが、自然妊娠による出産の成功率は低くない。オランダでも、同様の結果が報告されている。
流産を繰り返すと、この先、子供を持てないのではないかと誤解する患者もいるが、「自然妊娠でも成功できるんだよ」と励ましている。一方で、染色体転座の習慣流産患者が、将来的にどれぐらい流産を繰り返すかを個別に予測することはできない。年齢や流産回数を参考にするとしても、本当に着床前診断が必要な患者を見極めることが、今後の課題だ。
海外では、白血病の子供に骨髄移植をするために、子供と同じ白血球の型をした受精卵を選んで妊娠するなどの目的にも着床前診断が使われている。どんどん広がっていけば、親が望む子供をつくる「デザイナーベビー」にもつながる技術でもある。一定の歯止めは必要だ。しかし、習慣流産の患者にとっては、「遺伝病予防のための着床前診断は優生思想につながる」などの批判は理解しづらい。彼女たちはただ子供を産みたいだけなのだ。【構成・下桐実雅子】
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■人物略歴
◇さいとう・ゆきこ
明治大大学院博士前期課程修了。05年から現職。専攻は法哲学・生命倫理学。42歳。
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■人物略歴
◇すぎうら・まゆみ
名古屋市立大医学部卒。同市立緑市民病院などを経て現職。専門は習慣流産。45歳。
毎日新聞 2006年3月6日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20060306ddm003070104000c.html