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特報
2006.02.08
小泉流 「待ち組」って何?
内閣支持率も低下し、国会では四点セットの追及で苦しい立場の小泉政権が、また新しい言葉をつくり出した。「勝ち組」「負け組」のどちらでもない「待ち組」だ。小泉首相のメールマガジンにも登場するが、格差社会という論点をずらす、新たな言葉遊びとの批判も出る。ニートと呼ばれる若者を指す“急造語”のようだが、いったい「待ち組」って何?
「待ち組」は、猪口邦子少子化担当相が先月三十一日の会見で、次のように使った。「『負け組』の人は立派だ。その人たちは戦ったのだから。本当に反省すべきは『待ち組』だ」
猪口氏といえば、上智大外国語学部卒業後、米国エール大で政治学博士号を取り、ハーバード大客員研究員や駐ジュネーブ軍縮大使などを歴任したエリートだ。さまざまな局面で世界中のエリートと対決してきた猪口氏の目には、「戦わない人々」は「反省すべき」存在と映るのかもしれない。
小泉首相も今月二日、官邸メールマガジンの中で、こう述べた。「『勝ち組』『負け組』のほかに、挑戦しないで待っている人『待ち組』がいると思います。そういう人々も、持てる力を存分に発揮し、一人ひとりの創意工夫を生かすことができる社会にしなくてはなりません」
一日の参院予算委で、自民党の市川一朗氏や社民党の福島瑞穂氏から「改革一本やりでいいのか」「貧困層が増えているという認識はあるか」と問われた際、小泉首相は「格差が出ることは悪いこととは思っていない」「どの時代でも成功した人と成功しない人がいる」とも言い切っている。
では、「待ち組」とされたニートと呼ばれる若者を支援する関係者はどう受け止めたのか。
共同生活や仕事体験などを通して、引きこもり、不登校の若者たちの再スタートを支援しているNPO法人「ニュースタート」(千葉県浦安市)代表理事で、「希望のニート」と題する著書もある二神(ふたがみ)能基(のうき)氏は、「成果主義のように、勝ち負けがはっきりする社会になり、若者には“おちこぼれる不安”が強くなっている。セーフティーネットが必要だ。セーフティーネットとは、たとえ負けても、それなりの人生があるという安心感のことです」と話す。
■負けたら誰も助けない社会
そのうえで「負けても立派だなんて勝手な言い方。本人たちは、すごく疲れている。昔の若者は、失敗しても古里に帰ればセーフティーネットがあったが、今はない。現代の若者たちは『負けたら誰も助けてくれない。惨めになる』という恐怖心が非常に強い。そういう、若者から見える景色が見えていない。勝っている人が、勝ち誇ったような言葉で、すごく不愉快」。
不登校、ひきこもり、リストカットなどを対象に「カウンセリングルームひだまり」(東京都)を運営する伊藤恵造氏は「本当は、待つっていうことは、大切なことなのに。ひきこもりの人は、徹底的にひきこもって『どう生きたらいいのか』と考えているんです」と、「待ち組はだらしない」と言わんばかりの政治家たちの言動に疑義を呈する。「英国はニート一人一人の調査を行ったが、日本は、そんな調査もせずに、政治家が『ニートは六十万人いる』とか、不確実な数字を挙げたりしている。彼らを働かそう、働かそうとするばかりで、まるで富国強兵政策ではないですか」
元銀行員の伊藤氏は、息子が不登校となった経験を持つ。そのとき、完ぺき主義の自分も「もっと楽な生き方をしてもいいんだ」と気づかされたという。「つらい親の姿を見て、大人になりたくないと思う子が増えている。社会って、いかに楽しいかを見せられる世の中でなければいけない。それを『待ち組』なんて言い方をするとは…」
「待ち組」発言について、「『ニート』って言うな!」(光文社)の共著者で、東京大学の本田由紀助教授(教育社会学)は「労働市場環境が厳しい時代に待機するのは当然のこと。待ち組が戦っていない、という猪口さんの認識は現状にそぐわない」と批判する。
■「ニート」は増えてない
本田氏は著作の中で、英国と日本のニート概念の違いを解説。英国では十六から十八歳、しかも失業者を含む定義であるのに、日本では十五から三十四歳と広く、失業者を除外しているまやかしを説明する。
そのうえで、日本でニートの一般的な解釈である「働きたいという気持ちを表明していない人たち」はこの十年増えておらず、若年失業者とフリーターこそ増えていると分析している。
また、小泉首相の「負け組再挑戦」発言についても、再挑戦の仕組みが現状では整備されておらず、困惑している多くの若者たちの存在を指摘する。
「持てる力を存分に発揮し、一人ひとりの創意工夫を生かすことのできる社会にする」という小泉発言について、本田氏は「そう言ったからには、すぐやってもらいたい」と話す。
本田氏は、今回の「待ち組」のほかにも、苦境にありながら小さなチャンスでも追求しようとする「賭け組」が若者の中にかなり存在するとし、「実際は彼らに力を発揮する機会が与えられていない。例えば、企業は新卒者採用主義。途中で学校を辞めた人やフリーターへの差別は厳然とある。若者対策ではなく、雇う側への働きかけこそが必要だ。手始めに既卒者差別の撤廃に政策的に取り組むべきだ」と主張する。
■職業能力の開発訓練を
さらに本田氏は「従来の意識啓発などではなく、政府は実際に役立つ職業能力の開発訓練を提供すべきだ。それも親の家計が厳しいという条件に左右されないよう学費負担の軽い形が求められる」と語る。
厚生労働省は、二〇〇四年度から「日本版デュアルシステム(ドイツで実践されている企業での実習と座学を合わせた教育訓練)」を始めたとしているが、本田氏は「事実上、いまだ計画段階。首相が言うなら、すぐにでも軌道に乗せてほしい」と注文する。
一方、今回の「待ち組」発言を「これまで小泉政権が繰り返してきた論点ずらしや言葉遊びの一つ」と酷評するのは、エコノミストの紺谷典子氏だ。
「負け組や待ち組対策はしのごの言わず、経済をよくすればよい。しかし、現実は失業率は高止まりで、株価も一万六〇〇〇円まで上げたというが、政権スタート当時のレベルに戻っただけのこと。有効求人倍率が十三年ぶりに一倍を超えたといっても、パートや臨時の仕事まで含んでいる」
紺谷氏は「待ち組と負け組は本質的には同一」と切り捨てる。さらに「負け組を勝ち組が将来、引っ張り上げるという保証はどこにもない。国内総生産(GDP)というパイが小さくなっている中、勝ち組が大きな部分を取れば、残る人々の取り分が減るというのが現実だ」と指摘する。
「小泉首相は『挑戦』という言葉で『国民が安心して暮らせる社会』を守るという公の役割の放棄を正当化しているにすぎない」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060208/mng_____tokuho__000.shtml