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縦並び社会・格差の現場から:派遣労働の闇
午前8時30分、寒風吹きすさぶ東京湾。
記者(34)は倉庫群の一角で作業を始めた。前日、履歴書の不要な大手派遣会社に登録した。派遣労働の実態を見るため、あえて新聞記者とは名乗らなかった。「軽作業」を申し込んだが、斡旋(あっせん)されたのはコンテナの荷降ろし。現場の20、30代の男性約20人は複数の派遣会社からの寄せ集めだ。
コメの粉末が入った25キロのナイロン袋が肩に食い込む。おかきの原料らしい。2人ひと組で600袋、さらに30キロの台湾産生米を600袋。正午から1時間の休憩は誰もが昼食もそこそこに長いすで寝る。
午後5時30分終了。握力はない。給料の受け取りに必要な「作業確認票」に記入してもらうと、派遣元の社名の部分を切り離すよう指示される。「別の派遣会社からの派遣だから」。別会社との契約だと初めて知る。同僚に耳打ちされた。「ピンはねされてるよ」
日当6700円。翌日、同じ現場に派遣された。次の日も−−。
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位はいの横の写真は、はにかんだ笑顔だ。
事故は昨年6月、静岡県藤枝市の冷蔵倉庫で起きた。平野和雅さん(当時24歳)は無免許でフォークリフトの作業中、崩れたコンテナの下敷きになる。専門学校を出て職を変えた末、派遣・請負最大手のクリスタル(本社・京都)の子会社で求人を見つけ、03年11月から働き始めた。
父武治さん(49)は一人息子に「きちんとした仕事についた」と聞かされ安心した。フォークリフトの作業を命じられたのは昨年4月。同社とクリスタル側は免許取得の費用を負担せず、無免許のまま働かせた。零下30度の中でマグロなどを運ぶ。時給は1200円。子会社の取り分はこれとは別に550円にもなる。アパート代を除くといくらも残らない。それでも正月には妹にうれしそうにお年玉を渡した。
事故の数日前、母三津枝さん(48)は、たくましくなった息子に声をかけられた。「母さんの葬式はおれが出してやるからな」。遺影は母がアパートからやっと見つけた。
裁判所は今年5月、子会社らに労働安全衛生法違反などで罰金の略式命令を出した。労働者派遣法では、刑罰が確定すると派遣業の許可取り消しの対象になる。だが子会社は略式命令の直前、許可を持つグループ会社と合併したため、法律上取り消しできない。愛知労働局は営業所に事業停止命令を出すしかなかった。別の子会社は6月に業務改善命令を受けた。
同社は未上場。急増する売り上げは05年3月期で5387億円に上る。今年3月時点で抱える労働者と社員は13万人を超え、ホンダやNECの各グループに匹敵する。林純一オーナー(61)が子会社の社長会で経営姿勢を40項目にまとめた資料を配った。中にはこんな記載がある。「業界ナンバー1になるには違法行為が許される」
「現場をマネジメントできる優秀な人材を何人でもお願いしたい」。02年夏、派遣・請負最大手のクリスタル本社の役員が大手スーパーを営業に訪れた。
スーパーの社員をいったんクリスタルの子会社に出向社員として受け入れ、別の取引先の現場責任者に配置する計画。賃金の2割はクリスタル側が負担し、労働条件は同じ。「正社員でも雇用したい」とまで言ったという。人件費をカットできるうえ、出向先で再雇用されると完全なリストラにもなる。約50人の出向の話がまとまった。
ところが、「マネジメント」の現場に配属された社員はほとんどいなかった。工場、物流センター、レジ打ち。5、6カ所の職場を転々とした人もいた。「体調が悪い」「耐えられない」と不満の声があがった。
結局、出向は1年で打ち切った。クリスタル側は「受け入れの見返りにレジ業務など請負の仕事を回してくれる約束だったはずだ」と繰り返した。大手企業のリストラに協力し、スリム化したその会社に今度は派遣・請負労働者を送り込む−−。そんな商売が狙いだったとみられる。
スーパー側の総務部関係者は悔しげに振り返る。「会社や出向者には夢のリストラ案だった。そこにつけこまれた」
このスーパーのケースは、クリスタルのパンフレットに図解入りで「出向転籍システム」と紹介され、他の大手企業へのセールスに使われた。
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今月9日、トヨタの孫請けで自動車部品製造「光洋シーリングテクノ」(徳島県藍住町)の工場従業員30人が徳島労働局に申告書を提出した。多くはクリスタル系列のコラボレート社と契約している非正社員だ。
申告書によると、実際は工場側の指示を受けて働く派遣労働なのに、派遣法の規制を受けない「業務請負」の形になっている。いわゆる「偽装請負」だ。労働者の安全管理責任があいまいで、派遣先には雇用調整がしやすい都合のよさがある。
従業員は会社側を告発し、正社員としての雇用を指導するよう労働局に求めた。改正労働者派遣法では勤続1年以上(06年3月以降は3年以上)で本人が希望すれば正社員にする義務がある。
工場の全従業員約600人のうち「請負」は約160人。正社員に交じって車の変速機の部品を作る。180度の高熱で金属とゴムを接合する際、焼けたゴムが飛び散りやけどが絶えない。金属の破片が目に入ることも少なくない。だが、医務室に薬をもらいに行くと「社外工だから」と拒否されることもある。
勤続5年の矢部浩史さん(40)の時給は同年齢の正社員の3分の1に過ぎない1130円。ボーナスもない。コ社は時給に換算して570円を工場から受け取る。
勤続6年の黒坂和也さん(25)は正社員よりも熟練しているという自負がある。「一生懸命やって倍の成果を上げても給料は変わらない。結婚したけど子供を持つ気になれない」。矢部さんらは組合を作り、光洋側にも正社員にするよう求めた。しかし同社は偽装請負には触れず「希望には応じられない」と答えた。
コ社は28日付で光洋側に契約の打ち切りを通告した。このままでは矢部さんらは職を失う。
派遣労働の実態は闇に包まれている。クリスタルばかりではない。厚生労働省によると、04年度に都道府県の各労働局が労働者派遣法違反などで指導した事業所は、訪問先の51%にあたる2337カ所。前年度の25%から倍増したものの、「氷山の一角」とみられる。
企業の収益を支える派遣・請負労働者は増加の一途をたどり、300万人を超えるといわれる。厚労省が27日、初めて公表した有効求人数に占める非正社員の比率は56.7%で、正社員を大幅に上回った。
クリスタル本社は毎日新聞の取材に「法令順守に全社を挙げて取り組んでいる」と回答した。
グループの取引先を示す内部資料には日本を代表する企業の名が連なる。
毎日新聞 2005年12月30日 17時57分 (最終更新時間 12月30日 19時47分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/tatenarabi/news/20051231k0000m040016000c.html