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[東京新聞 2005/11/27]
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051127/mng_____tokuho__000.shtml から転載。
ふつう、採用面接に合格し、その会社で名刺を持たされたら、自分はそこの社員だと思わないだろうか。しかし、彼は社員ではなかった−。景気回復の声も聞こえるが、その裏側にいるのは、生涯賃金で正社員と3倍の格差がある派遣やパートという不安定な形で働く人々だ。世界有数のコンピューター会社に立ち向かい、一矢報いた男性の事例から、派遣業界の実態を検証する。 (大村 歩)
当時フリーターだったMさん(30)は二〇〇二年八月、川崎市幸区の米パソコンメーカー「デル」を訪れた。同社は大型家電量販店などでパソコンを展示販売する「デル・リアルサイト」というコーナーを多数展開しており、その販売員募集に応募したのだ。採用担当者の面接が終わると、即決採用された。Mさんは以前にパソコンの店頭販売員をした経験があり、そこを見込まれた。
ただ、Mさんと同社の雇用関係を示すような書面は一切、渡されなかった。デルの担当者は「うちはそういうことはしてないの」と説明し、さらに「給料の支払いは第三者のD社に委託してますから」と話した。
一方で、Mさんにはデルの社内サイトにアクセスできるIDを与えられた。勤務表は同サイトを通じて知らされ、同時に毎日、業務日報も提出させられた。デル社の社名と役職名が入った名刺も渡された。当然、正社員だと思っていた。
■「残業の概念がうちにはない」
仕事は忙しかった。一番の問題は同社から決められた時間通りに仕事が終わらないことだ。勤務表通りに終業しようとすると、量販店側から「ダメダメ、まだ(閉店合図の)『蛍の光』が鳴ってないでしょ」と言われる。量販店の閉店時刻午後八時を過ぎても蛍の光は流れず、同九時前にやっと閉店し終業できる。残務処理などで、最大で一日五時間三十分の残業もあった。
Mさん「残業代はどうなるのか」
上司「うちは残業という概念がないんですよ。だから残業代もない」
「このときは外資だからかなと妙に納得してしまった」が、最初の給料が支払われた段階で、厚生年金も健康保険も雇用保険にも加入していないことが判明。Mさんは問いつめた。
上司「うち、そういうのやってないんだよね。基本的に日本の会社じゃないからさ」
Mさん「じゃあ、みなさんはどうしてるんですか」
上司「俺(おれ)たちもそういうのないから気にしない。まあいいんだよ。(パソコンを)売ればいいんですよ、売れば」
結局、Mさんは自身の成績好調もあり、約一年間、残業代未払いを黙認する。同僚も「ガタガタ言わないで売ればいいんですよ」と取り合わなかった。だが、二〇〇三年末に再び残業問題を問いつめたところ、「残業代のかわりにインセンティブ(歩合給)を払っている」という奇妙な答えが返ってきたため、新たな疑問がわく。
翌年一月から、同社の商業法人登記簿謄本を取得したり、労働関係法規を勉強し、自治体の法律相談にも足を運んだ。分かったことは、同社は日本法人企業であり、日本の労働法規はすべて適用されること、残業代を支払わないのは違法であることだ。Mさんはこうした事実を突き付けた。
上司「残業代、残業代って言うなら派遣会社に言ってくれ」
Mさん「派遣?」
上司「だってMさんウチの会社の人じゃないよ」
Mさん「えっ…俺、社員じゃなかったの?」
Mさんは「デルから給与支払い業務を委託された第三者」のはずのD社の社員で、D社からデル社に派遣されていたのだという。
驚いたMさんはD社に「D社とは雇用契約を結んでいない」と抗議。しかしD社は「今、現にMさんが働いて給料を当社から振り込んでいるその実態が雇用契約だ」と言うのみだった。
Mさんは東京労働局、神奈川労働局などに就労条件の明示義務違反で違法な雇用だと訴えた。両局は両社に指導を行い、D社は雇入通知書を送ってきた。残業代も支払われるようになったが、Mさんは一件落着とは思えなかった。労働法規が罰則を定めているのに、なぜ行政は指導にとどめるのか、納得できなかった。正社員ではなかったというショックもあった。
■同様の手法で170人集める
Mさんは派遣労働者やパートなどでつくる労組「首都圏青年ユニオン」に加入。両社計九回、団体交渉を行った。さらに神奈川県警幸署に職業安定法違反容疑(無許可紹介)でデル社を告訴。同署は今年八月、同容疑で法人としてのデル社と元同社員を書類送検し、罰金刑が確定した。捜査などで、Mさんと同様な手法で集められた派遣社員は百七十人にも上ったことも分かった。しかし、Mさんは結局「契約期間が切れた」との理由で、今年八月末で解雇されてしまった。
同ユニオンの阿久津光書記長は「量販店向け派遣労働者のトラブルも多いが、正社員を装って虚偽の雇用を続けていたケースは珍しい」と同社側の姿勢を強く批判するが、同社の認識はMさん側と大きく異なる。
同社広報担当者は「リアルサイトは派遣会社に委託して行う業務であり、正社員として採用することはない」と話す。Mさんが正社員だと信じたのは思いこみだというわけだ。
だが、Mさんを面接したのは同社員だ。「人材派遣会社より先に面接して、派遣会社に紹介してしまったことは事実で、当時は法律の知識がなかった」と「ミス」を強調。「派遣会社を使うのはビジネス戦略上の理由。一種のアウトソーシング(外部委託)」というが、コスト面も考慮していることは認めた。「デルは外資だから社員全体に残業代の概念がないという説明を受けたそうだが」と問うと「とんでもない。残業代がないなんて…恐ろしい」と答えた。
派遣など非正規雇用は拡大し続けている。総務省統計では十年前に比べ、非正規雇用の労働者は五百万人以上増加し、一昨年には役員を除く全雇用者の三割を突破した。厚労省統計では、二〇〇三年度の派遣労働者数は前年比10%増の二百三十六万人で過去最高。正社員を派遣社員に置き換え、人件費削減を図る経営側の狙いが鮮明になっている。
NPO法人「派遣労働ネットワーク」の関根秀一郎事務局次長は「Mさんのように最初に契約書も渡さないケースは派遣業界でもほとんどない。ただ外資系企業は日本でも自国の労働慣行を踏襲してトラブルになるケースは多い」と指摘した上で、「派遣労働者は有期雇用だから派遣元から『次の契約は結ばない』と脅されれば、非常に立場が弱い。派遣先にとっては安価でいつでも首を切れる便利な存在。フリーターが増えたのは若者の根性がないせいだと論じる人がいるが、冗談ではない。こき使って一、二年で使い捨てという今の実態は、昔より格段に厳しい」と話す。
Mさんは今、こう語る。
「派遣ではもう働きたくない。しかし仕事は選べない…ホームレスになっちゃうのかなという危機感はありますね」