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特集WORLD:貫く むのたけじさん 記者の魂
◇絶望の中に希望見る
東京駅から4時間40分。JR秋田新幹線と奥羽線を乗り継ぎ、横手駅に着く。空には重い雲が垂れこめていた。秋田県横手市は、「かまくらの町」としても知られる全国でも有数の豪雪地帯だ。ジャーナリストのむのたけじさん(90)はこの地から反戦と平和を発信し続けている。
「遠いところを」。家族と暮らす市内の自宅で、むのさんが笑顔で迎えてくれた。「私にできるのは、絶望の中にも希望があるという話です。まず、こういうこと聞きたいと、要点を言ってみて」とずばり、おっしゃる。「戦後60年、日本は本当に幸せになったと思われますか」。私は尋ねた。
「戦争が終わった時、小泉さん(純一郎首相)は三つだったそうだけど、私は30歳でした。しかも新聞記者を足掛け10年やってましたからね。彼よりはだいぶ多くのものを見てたことになるんだけれども。まあ、こうして70年、自分では現役のジャーナリストだと、今こそ現役の中の現役だと思っています」
●一番情けないのは
戦前戦中、新聞記者として活躍した。特派員として中国や東南アジアを転戦。終戦の1945年8月15日、自らの戦争責任を感じて退社する。その後、故郷で週刊新聞「たいまつ」創刊。むのさんが世の中の動きをとらえ、思いをこめた言葉をつづった「詞集たいまつ」は、多くのファンを持つ。今も、自衛隊のイラク派遣問題では街頭演説に立ち、「平和塾」を主宰するなど講演活動を続ける。平和への思いは深く、権力への批判精神は揺るがない。
「今年の衆院選、あんなすっとんきょうな、漫画にもならないものは本当に生まれて初めて見ましてね。残念に思うのは、新聞社、放送局が本来の仕事を全部忘れてしまっていること。マスコミはあれを『小泉劇場』『小泉マジック』と呼んだけれど、劇場だとすれば当然、役者がいて、脚本家がいて、興行主がいる。そいつは誰だと言わなきゃいけないのに、何も言わない。だから国民はきょとん、とするばかりなんだ。だが、一番情けないのは国民、我々です。完全に踊らされた」
劇場の興行主は米国、小泉首相はその役者第1号だと解説する。
「アメリカ対中国の、道具の一つとして小泉内閣が使われている。ポスト小泉と言われる者も『私も靖国神社に行く』と、興行主の気に入るようなことを言ってるわけで。今回の選挙で与党は衆院の3分の2を超す議席を得た。あらゆる法案が通るし、憲法を変えるんでも国会議員の賛成は集まることになる。それを誰がやったかですよ。若年の、都市部の無党派層を動かし、自民圧勝という結果を招いた。それに対して戦争経験を持つじいさん、ばあさんたちは何も出来なかった。ブッシュ(大統領)の間違った戦争に協力し、1億2000万人が影響を受けるなんてばかげてる。だけど我々が悪いんだよ。自分にかかわることなのに、ぼやっとして任せているから。おかしいと言えばいい。選挙でそう示せばいい。それをやるだけの気力がない」
話は止まらない。エネルギッシュで鋭い。失礼ながら、90歳とはとても思えない。なるほど小泉内閣の支持率は依然高く、「何かおかしい」と感じつつも、私たちは何もできないでいる。
「けじめをつけなきゃいけないのに日本人はつけないんだ。ごまかすんだな、上っ面だけで。戦後、60年安保までの15年間は日本人は死にもの狂いだった。ところが、所得倍増と言われ、アメリカのまねをしてテレビやら洗濯機やらを作り、所得は3倍増にさえなった。水ぶくれ。がらんどうの上に繁栄が乗っかった。心は充実しないから、何か具合が悪いと人のせいにする。他力依存と責任転嫁。今回の耐震データ偽造問題も、そこのところとつながっているのではないか。一つの思いをとことん貫くのはばかげているという風潮の、そのツケがいまきている」
●子供は見ている
なんだか暗くなってきた。戦後、日本人は一生懸命生きてきたはずだ。その未来は真っ暗なのか。
「ところが、そうでない希望があるわけです。絶望の中のすごい希望」。そう言って、むのさんの表情がふうっと緩んだ。「私は20代のころに魯迅に出合い、大事なことに気づかされた。その一つが『絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい』。いろんな訳があって意味がよく分からなかった。しかし今、90歳になってはっきり分かった。絶望と希望というものは別々でないということ。希望の中に絶望があり、絶望の中に希望があるのだと。本当に日本の現状に絶望する人間ならば、希望が見えてくるのだと思います」
希望とは何か。「子供。今までにない日本人が出てきた。1人や2人の子じゃないよ、ほとんどの子」
総合学習の時間に、近くの中学生や高校生がむのさんの話を聞きに来る。その中で、今の10代に三つの共通点があることに気づいたという。人を一個の人間として見ること。当てにならないものは当てにしないこと。自分たちの仲間をすごく大切にすること。
「12歳の中学生の女の子が2人、質問をたくさん持ってきた。座って、『むのさん』って言う。90歳に対して全く対等なの。肩書で人を見ない。私なんか子供のころ、40歳ぐらいの人に近寄れなかったもの、怖くて。それがない。最後に『初恋体験を余さず語ってください。そうしないと本当のむのさんは分からないから』だもんね。参っちゃった」
それで、なんて答えたんですか?
「好きな女の子はいたけれど、声もかけられなかった。何もロマンがないから、代わりにこういうことをお土産に話すって。好きだ、一緒にいたい、遊びたい、寝たい、なんて言ったって、そんなものは愛でも何でもない。本当の恋愛、愛情というのは、男も女も互いに本当に心から尊敬し合う。その上に君たちの言う愛の花も咲くんだよ。そう話した」
子供たちは学校に戻り、全校の前で発表した。この面白い人の話をみんなで聞こうとなった。呼ばれて、また話をした。なぜ戦争が起きるか、なぜ戦争をしてはいけないか。みな熱心に聞いた。
「どうしてそういう反響が起きたのか。彼らが言うには、大人は自分たちをいつも子供として見ると。親も先生も、周りの人も。ところが、むのたけじは90歳なのにとにかく熱意を持って、1対1でしゃべるって。それで心引かれたって。今の子供は大人をずっと見ているのよ。人対人として、実によく観察している。この人は当てになるかならないか。うそついているか、本当を言っているか。決して大人に立派であることを望んではいないんだ。逆にそんなのはニセモノだと見抜いている。絶望から逃げず、自分をごまかさないで、まっすぐに生きているかどうかを、若者は欲していると思います」
●考えることから始まる
「詞集たいまつ」の最新刊の一節にはこうある。
「戦争を考えるさい、国家や人類やアジア、あるいは世界やアメリカだけをその主語にしてはならぬ。『私一個にとって戦争は一体なんだ』このことの吟味で問題を照らせ」
むのさんは言う。「例えば、平和主義としての会社員とはどうあるべきか。平和主義の恋人同士はどうあるべきか。一人一人が考えることから始まる。少しずつ変わっていけば、いつか世界は変わる。ええ、それはなかなかかなわないものかもしれません。本当に大事なものは簡単にかなうわけない。100回やってもダメなら101回やればいい。種まいて、育てるのと同じことでね。自分でその実りを食べようとは思わない。私は種をまくだけ。だから悲観することもないの」
来年は「戦争を必要としない世の中を作る」をテーマに、新たな活動を始める。「やめようって? 思わないね。とにかく、生きているの面白いものね。すごく悲しんだり、怒ったりするけれども、やっとこのごろ分かった。人生とは楽しいものだと。泣きたい時はうんと泣けばいい。愚痴りたい時は愚痴ればいい。それがあるから生きることが楽しいんだ。若者は育っているのよ。だから、日本に希望がないとは言えないよ」【五十嵐英美】
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■人物略歴
◇むの・たけじ(武野武治)
1915年、秋田県生まれ。東京外国語学校(現東京外国語大)卒。朝日新聞記者などを経て、48年に横手市で週刊新聞「たいまつ」創刊。78年の休刊後も講演、執筆活動。著著に「たいまつ十六年」「詞集たいまつ」1〜4などがある。
毎日新聞 2005年12月21日 東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/
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