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特集WORLD:何でも「改革」 言いたい 森永卓郎氏/色川大吉氏
自民党の総選挙圧勝の勢いに乗って至る所、「改革」のかけ声がにぎやかだ。金融、三位一体、公務員……。気が付けば、増税も改革の御旗(みはた)で縁取られようとしている。痛みを強いられても耐えざるを得ないのだろうか。誰のため、何のための改革なのか。「小泉劇場」の演出は妙な方向に向かっているようだ。【高橋昌紀】
◆経済評論家・森永卓郎氏
◇勝ち組は改革の名の下で金を右から左に動かしただけ、これではモラルは低下する
「改革」がもたらしたアメリカ型の市場原理主義のもと、生死をかけた戦いが始まっている。昨年、厚生労働省は「就業形態の多様化に関する総合実態調査」を発表した。非正社員の比率について、99年は27・5%だったが、03年には34・6%に増加している。その非正社員の税込みの月給といえば、全体の40・8%が10万〜20万円未満で、37・2%は10万円未満である。彼らの平均年収は120万〜130万円しかないのではなかろうか。
日本社会は時限爆弾を抱えているのだ。若い非正社員の暮らしは現在、実家の親など他の世帯に支えられている。しかし、10年、20年後はどうなるのか。彼らは年金にも、健康保険にも加入していない。私が企業の人事担当者に取材した時、「非正社員の職歴しかなくとも、正社員に登用する」との答えは皆無だった。
そびえ立つ六本木ヒルズの下で、アメリカのようなスラムができあがるだろう。OECD(経済協力開発機構)は、所得が全家計平均の半分以下の家庭を貧困層と定義する。今年2月の報告書によると、日本の貧困率は加盟30カ国で5番目に高い15・3%になった。ワースト1はメキシコ(20・3%)、2番目は米国(17・1%)だった。ちなみに最も低いのはデンマークの4・3%である。
この上、税制改革では課税最低限の引き下げ、地方税の引き上げなどが行われる。当の政府税調が「日本の課税最低限は先進諸国で最も低い」と認めているにもかかわらずだ。いわゆる「勝ち組」は金もうけと節税の話しかしない。社会貢献という概念がない。自分たちが豊かさをさらに実感するために「周りを貧乏にしてしまえ」ともくろんでいるに違いない。高所得者にきちんと負担を求める累進課税はなぜいけないのか。「税金が高いと有能な人材が国外に逃げる」との意見がある。結構ではないか。そのような人は日本から出ていってもらいたい。
東京都内のある高級ホテルの1泊99万円のスイートルームにはメード用の部屋がついているそうだ。ヒルズ族がパーティーをする時、出前はとらない。シェフを呼び寄せるのだ。彼らは汗水流して働いたわけではない。「改革」の名の下で、金を右から左に動かしただけである。これでは国民のモラルは低下するしかない。
日本人の美点「あいまいな優しさ」は失われつつある。江戸時代、悪政に困窮した農民には二つの道があった。一つは「一揆」であり、もう一つは田畑を捨て去る「逃散(ちょうさん)」だ。今の国民は理不尽な「改革」に耐えるのみである。本当の痛みについて、考えるべきだ。
◆歴史家・色川大吉氏
◇小泉政治の本質は改革の名に値しない。日本を民主主義と反対方向に押しやった
小泉純一郎首相の名前は歴史書に刻まれるだろう。「小泉改革」の実現者として記録されるのではない。小泉政治の本質は結果から見れば戦後の民主主義を変質させた、「改革」の名に値しないものとして残るのだ。彼は日本を民主主義とは反対の方向に押しやった。
彼の歴史認識の問題点は、靖国神社参拝に象徴的に見ることができる。日本は51年に極東国際軍事裁判の判決を受け入れて、サンフランシスコ講和条約に調印した。それを前提に中国、韓国との国交回復がなされており、両国政府がA級戦犯の合祀(ごうし)を非難するのは、国際条約という歴史的事実に基づいた当然の反応だろう。
だが、小泉首相は「自分は戦争の犠牲者を鎮魂するためだ」と論点をすり替えている。自分の私情を国益や国際協約に優先させるものであり、国の指導者としては愚劣で、ずるい行為である。
それを国民に支持されているからと言うなら、ポピュリストのおごりだ。日本人にはもともと付和雷同の気質がある。A級戦犯の東条英機元首相を当時の国民の多数が支持し、太平洋戦争に至る歴史を忘れてはなるまい。国民が間違いを犯すことは往々にしてある。
改革の目指すところの一つは、肥大化し、私物化された官僚機構に大ナタを振るうことにあったはずだ。しかし、実際の成果はきわめて小さい。それに比べ、彼が実現した国権の強化、右傾化政策は大きい。「個人情報保護法」「国民保護法」など聞こえはいいが、内実は国民管理の強化、戦時動員法と同じではないか。平和憲法さえ、改正されかねない勢いである。近現代の政治は、封建時代のように権力者が直接に強権を発動することはない。国民を宣伝によって、だますことにあるのだ。
しかし、私たちは絶望していない。100年単位で歴史を振り返ってみればよい。日露戦争の勝利で軍部の勢威が高まった時、大正デモクラシーが立憲政治を前進させた。太平洋戦争の後は農地改革など一連の民主化によって自由社会を実現した。歴史とは揺り戻しの連続である。実際、「小泉改革」をどれだけの国民が支持していると言えるのか。先の総選挙での与党得票から、私は大ざっぱに4割程度と見る。批判派も同数程度はいる。残りの2割がたまたま向こう側に振れているだけなのだ。
改革はどういう必要があり、誰のためになされるか。私たちは監視しなければならない。放置すれば「権力は基本的に悪をなす」。それが、明治の自由民権運動の教えであった。その精神は今も脈々と生き続けていると私は思う。
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■人物略歴
◇もりなが・たくろう
1957年、東京都生まれ。東大経済学部卒。日本専売公社、経済企画庁などを経て91年、三和総合研究所(現UFJ総合研究所)に入所し、現在は客員研究員。著書に「年収300万円時代を生き抜く経済学」(光文社)など。
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■人物略歴
◇いろかわ・だいきち
1925年、千葉県生まれ。東大文学部卒。民衆思想史を開拓し、ユーラシア大陸横断、水俣学術調査、反戦運動などに活躍。東京経済大名誉教授。近著に「廃墟に立つ」「カチューシャの青春−昭和自分史」(小学館)。
毎日新聞 2005年12月12日 東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/
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