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(回答先: これは、お金ではない! 【法務省・国土交通省に対する声明】 三・ニ六管制塔元被告団 投稿者 愚民党 日時 2005 年 12 月 22 日 05:30:34)
怒りのあとで
Category: General Posted by: solid on 11/28
鎌田 慧
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一億円三百万円。元管制塔被告にのしかかってきた膨大な賠償金を、わたしたちは必死の努力によって集めきり、非道の請求をしてきた国家の厚顔のまえで叩き返しました。拠金してくださった皆さん、ありがとう。
今年七月、わたしたちが、「皆さんへ、大胆率直に、訴えます」とのアピールを発してから、「元被告を見殺しにするな」「元被告に報いよう」との燃えるような連帯と支援の渦がまきおこりました。
長い獄中生活のあと、ようやく家族との安らぎの時間をえていた十六人(一人は自決で他界)の元被告を救済するための運動だったのですが、拠金を訴えたわたしたちの想いは、勇敢にたたかったものを、見捨ててはいけない、という運動の仁義が廃れることがあっては、これから身を挺してたたかうものがいなくなる、というものでした。
このカンパ運動の成功によって、元被告のプライドと信頼を奪おうとした国家の野望を打ち砕き、国家権力による経済的な拘束から、元被告を奪還し、おたがいの運動の信頼を勝ち取るに大きく寄与することができました。
かつて、かれらはわたしたちの無言の期待を受けてたたかい、こんどは彼らの無言の期待を受けて、わたしたちがたたかったのです。
三里塚の農民を、機動隊の催涙弾と警棒で追いたて、睦みあってくらしてきたひとびとのつながりをバラバラにし、小鳥がさえずる森を切り倒し、いのちを育む野菜を生みだしてきた豊かな土壌を巨大な重機で掘り返して、無機質なコンクリートをブチまけて、空港が暴力によって建設されました。これに抵抗する三里塚農民とともに、わたしたちがたたかったのは、日本の民主主義の根本に関わる問題と考えたからこそだったのです。
政府は、民主主義の政府として、情理を尽くして農民を説得しようとはせず、もっとも反民主主義的な、強制代執行によって農民の土地を強奪しました。そのやりかたの非道に、遅ればせながらようやく気づいたからこそ、運輸大臣が二代にわたって、農民のまえで膝を折って、二度と強制代執行はしない、すべてを話し合いによっておこなう、と謝罪したのでした。
ですから、この無金利時代に、勝手に五パーセントもの金利を二七年間もつけ、勤務先の賃金から強引に天引きをするというあらたな強制執行は、話しあいをせずに、農民の土地に踏みこんだ、空港建設のやりかたを踏襲するものでしかありませんでした。
しかし、損害賠償請求裁判に負けた以上、支払う以外に解決の道はなく、それを全力で返そう、という元被告たちを、わたしたち空港反対運動にかかわったものが、見捨てるなどできない、とわたしたちはたちあがったのでした。
三里塚は、日本の人民闘争の歴史に大きな足跡を刻んでいます。だからこそ、二七年がたっても、あの鮮烈な記憶のために、二千人のひとたちが、いまの生活を犠牲にするような拠金に応じたのです。
いま、三里塚闘争に参加したものも、三里塚闘争に参加しなかったものも、政府の非道に憤りをもって、受け身のカンパ活動を、政府への反撃として捉えて、参加したのでした。三里塚闘争は、けっして過去の闘争ではありません。いまなお、畑を耕し、家畜を飼って生活している農民の生活の頭上すれすれに、飛行機をとばしています。
それがついに大義を説得することのできなかった空港建設の姿をしめしています。「暫定B滑走路」の北側延伸など、「事業計画」の破綻そのものです。民間企業が儲かるデタラメのために、農民の生活を犠牲にしていいのか。おなじ「民間」同士にすぎないではないか。この問いかけに、空港会社はどう答えるのか。
いまごろの賠償金の取りたてなど、政府はみせしめのつもりだったようだが、その攻撃は「空港」の存在自体をもう一度問いかけることになった。
カンパ運動の成功のあと、これからなにをするか、それが二度にわたって政府に泡を吹かせることになった、元管制塔被告とわたしたちへの宿題である。
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