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普天間移設先『沿岸案』に揺れる辺野古
反対派、座り込み続行
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先に、同県名護市辺野古崎をまたぐ沿岸地域が決まった。沿岸案は、米軍機の飛行ルートが住宅地上空を通り、騒音や墜落などの事故の懸念から実現困難として一度は葬り去られた案の焼き直しだ。新たに影響が見込まれる範囲が広がった一方、既に決まっていた辺野古沖の海上基地計画の建設反対派だけでなく、推進派からも反対の声が上がっている。 (大村 歩)
辺野古崎の南側に広がる砂浜で三日午後、バーベキューやビーチバレーを楽しむ十代の若者たちがいた。ビーチを南北に区切る有刺鉄線の向こう側はキャンプ・シュワブの敷地だ。
「新しい基地? 来てほしくないですよ」「今だって基地の演習場から銃声が聞こえるし、けっこうヘリも来るしタンクが走り回ってるし」。口々にこう話したのは辺野古崎から丘を登ったところにある国立沖縄工業高等専門学校の生徒たちだ。この日は学校行事の打ち上げだという。
現行計画の海上基地受け入れの見返りとして、名護市など沖縄県北部十二市町村には「北部振興策」の名目で、一九九九年からの五年間で四百五十億円が投じられた。NTTの番号案内センター、国際海洋環境情報センターなどとともに同高専はつくられた。沿岸案が実現すれば、これら「見返り施設」の上空を米軍機が飛び交う皮肉な結果となる可能性が高い。引率の同高専の平山けい教授は「これまでも二転三転してますからね。まだ分からないでしょ」と言葉少なだ。
一方、基地問題が突然降りかかったのが、辺野古崎北側にある大浦湾。沿岸案では基地施設の一部が同湾にかかる。湾を一望できる高台に数年前、「沖縄有数の最高級リゾート施設」(地元旅行会社関係者)ができた。芸能人や米大リーグで活躍したプロ野球選手の別荘などコンドミニアムが湾に面して立ち並ぶ。
湾に面したゴルフ場から辺野古崎がかなり近くに見えた。沿岸部基地ができれば影響は避けられないことは、容易に想像できる。「コメントできません。地元のこともありますから…」とフロントのアシスタントマネジャーは言った。
■年間25万人の客 地域活性化は…
リゾート施設に隣接する名護市大浦区の宮里清功区長は「リゾート施設には年間二十五万人の客が来る。今は那覇空港と施設の間を往復するだけで、われわれの集落は素通り。この客の足を何とか止めさせて、地域を活性化しようと考えていたのだが…」と表情を曇らせる。
海上基地計画に伴う政府のボーリング調査を、実力阻止してきた「ヘリ基地反対協議会」の大西照雄代表委員は「カヌーや漁船で防衛施設庁の調査を妨害したことで政府の動きを止めたことも大きいが、ジュゴンやさんご礁といった海の環境的価値を訴えたりして世論を建設反対へ動かした。だからこの計画は挫折したんだ」と話す。運動は実ったものの、結果的に大浦湾も巻き込まれてしまった。
■何度来てもつぶすさ
大浦湾は鍋を意味する「なーび」と呼ばれる水深の深い、天然の良港だ。キャンプ・シュワブ沿岸の同湾側には沖縄有数のサンゴの群落もあるという。「大浦湾はベトナム戦争当時から軍港としてずっと狙われていた。水深があるから空母も接岸できる。滑走路と軍港をセットにした軍事要塞(ようさい)化は米軍の思惑通り」と大西代表委員は警戒する。
同協議会がボーリング調査監視のためにつくった「テント村」に、ほぼ毎日座り込んでいる辺野古区の小禄信子さん(86)は「何でここまでして海を壊そうとするかね。サンゴを壊して何がいいかね。基地の話は何度来てもつぶすさ。死ぬまでね」と力を込める。
複雑な心境なのは、現行計画の海上案を容認してきた人たちだ。
■戦闘機なども住宅上空飛行か
辺野古区とその周辺の区長はこれまで海上案を容認してきた。大城康昌・辺野古区長は「誘致したわけじゃなく、来ないに越したことはない。来るならどこかで妥協しなければならない。だからこその苦渋の決断だった」と語る。海上ならば米軍機の飛行ルートも住宅地を通らず、騒音被害や事故の危険性も軽減されるというのが理由だった。
当然、北部振興策も要求すべき代償だった。「昔辺野古に何もないころにキャンプ・シュワブができて米兵相手の飲み屋や映画館でこのあたりは潤った。もちろん海上基地でそこを狙う人はいたかもしれないが、基地経済による活性化は時代遅れ。別の大きな産業を興すのがずっと願いだった」(大城区長)
しかし、沿岸案では滑走路の向きをどう変えても、辺野古とその周辺の住宅地上空を米軍機が通ることになる。しかも戦闘機などの航空機発着も可能な滑走路になるとみられている。関係区長は一斉に沿岸案への反対の姿勢を表明した。
さらに、積極的に海上案を主張していた人たちも反対に回った。
七月に区内の有志で発足した「普天間代替施設推進協議会」(大城松勇会長)のプレハブ小屋で留守番をしていた多和田真也さんは「基地で栄えたいという気持ちはある。経済効果は条件闘争のうち。あくまで海上基地だから容認した。ヘリが海に落ちる分にはいい。集落に落ちたら大変だよ。反対派とは思想や背景が違うから共闘できないが反対は反対だ」と語る。
八月に大城会長らが北原巌男防衛施設庁長官に会い、反対派の阻止行動で一向に進まないボーリング調査について「政府のやり方は生ぬるい」とまで注文を付けた。プレハブには衆院選の際の小泉首相のポスターが何枚も張られたまま。「そんなこんなも全部無視された。反対派よりもわれわれの方が裏切られたという気持ちは強い」
沖縄県は稲嶺恵一知事をはじめ岸本建男名護市長ら行政トップがすべて沿岸案に反対。「政府との関係も大事だ」とする自民党県連を除き、各政党も反対を唱える。地元紙・琉球新報の世論調査によれば、調査対象の九割にあたる県民が沿岸案に対して反対だという。「沖縄ぐるみ」の反対闘争となる可能性もある。
琉球大学の星野英一教授(国際関係論)は「今は沖縄の人々のプライドに火が付いて怒っている。だが、これから怒りを緩和するためのアメに新たな経済振興策が出てきたときにどんな反応が出るか。沖縄県は日本で最も経済力の弱い地域。経済振興に心が動かされたとしても不思議はない」と分析。その上でこう語る。「日本全体に公共性の範囲が及ぶ米軍基地を沖縄県だけが集中的に引き受けるアンフェアな状態は変わらず、その中で米と沖縄以外の日本が苦渋の決断を強いる状況は続いている。日本政府や本土の住民が、沖縄県がいつまでも弱い地域であった方が、押し付けやすいと考えているのではないか、とすら思えてくる」
<メモ>普天間飛行場移設問題
1995年9月の米海兵隊員による少女暴行事件をきっかけに、沖縄県では反基地感情が沸騰。翌年、日米両政府が普天間基地の返還を合意、99年に名護市辺野古への移設が決まった。建設位置や工法をめぐり「3工法8案」が検討されたが2002年、辺野古沖のさんご礁上に埋め立て工法で建設することが決定。天然記念物ジュゴンなど環境への影響が大きいとして反対派が防衛施設庁のボーリング調査に対し、実力阻止活動を展開、海上基地建設は手詰まり状態に陥っていた。だが両政府は先月26日、地元意向を踏まえず一方的に海上案を撤回。一部を辺野古崎の浅瀬を埋め立てる「沿岸案」で合意した。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051107/mng_____tokuho__000.shtml
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