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第154国会 武力攻撃事態への対処に関する特別委員会
http://www.asyura2.com/0510/senkyo16/msg/152.html
投稿者 七瀬たびたび 日時 2005 年 10 月 24 日 00:31:32: bo2NmpzpRHGO6
 

(回答先: 宮城県の村井嘉浩新知事は有事立法推進派らしいです 投稿者 七瀬たびたび 日時 2005 年 10 月 24 日 00:12:32)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/011215420020628016.htm

第16号 平成14年6月28日(金曜日)

平成十四年六月二十八日(金曜日)
    午前十時十分開議
 出席委員
   委員長 瓦   力君
   理事 衛藤征士郎君 理事 金子 一義君
   理事 久間 章生君 理事 米田 建三君
   理事 伊藤 英成君 理事 玄葉光一郎君
   理事 赤松 正雄君 理事 工藤堅太郎君
      石破  茂君    岩屋  毅君
      大野 松茂君    奥谷  通君
      北村 誠吾君    小島 敏男君
      近藤 基彦君    斉藤斗志二君
      桜田 義孝君    七条  明君
      谷本 龍哉君    西川 京子君
      浜田 靖一君    林 省之介君
      増田 敏男君    松野 博一君
      森岡 正宏君    山口 泰明君
      伊藤 忠治君    枝野 幸男君
      大石 尚子君    桑原  豊君
      首藤 信彦君    末松 義規君
      筒井 信隆君    中野 寛成君
      肥田美代子君    山田 敏雅君
      渡辺  周君    上田  勇君
      白保 台一君    田端 正広君
      中塚 一宏君    樋高  剛君
      赤嶺 政賢君    木島日出夫君
      今川 正美君    東門美津子君
      井上 喜一君    宇田川芳雄君
    …………………………………
   参考人
   (元防衛事務次官)    秋山 昌廣君
   衆議院調査局武力攻撃事態
   への対処に関する特別調査
   室長           鈴木 明夫君
    ―――――――――――――
委員の異動
六月二十八日
 辞任         補欠選任
  岩永 峯一君     北村 誠吾君
  嘉数 知賢君     谷本 龍哉君
  熊谷 市雄君     松野 博一君
  田中 和徳君     奥谷  通君
  川端 達夫君     大石 尚子君
  前原 誠司君     山田 敏雅君
同日
 辞任         補欠選任
  奥谷  通君     田中 和徳君
  北村 誠吾君     岩永 峯一君
  谷本 龍哉君     嘉数 知賢君
  松野 博一君     熊谷 市雄君
  大石 尚子君     川端 達夫君
  山田 敏雅君     前原 誠司君
    ―――――――――――――
六月二十八日
 有事法制反対、憲法九条を生かした国際貢献に関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第六四六九号)
 同(木島日出夫君紹介)(第六四七〇号)
 同(児玉健次君紹介)(第六四七一号)
 同(穀田恵二君紹介)(第六四七二号)
 同(佐々木憲昭君紹介)(第六四七三号)
 同(志位和夫君紹介)(第六四七四号)
 同(中林よし子君紹介)(第六四七五号)
 同(春名直章君紹介)(第六四七六号)
 同(松本善明君紹介)(第六四七七号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第六四七八号)
 同(山口富男君紹介)(第六四七九号)
 同(木島日出夫君紹介)(第六五二五号)
 有事法制立法化反対に関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第六四八〇号)
 同(石井郁子君紹介)(第六四八一号)
 同(小沢和秋君紹介)(第六四八二号)
 同(大幡基夫君紹介)(第六四八三号)
 同(大森猛君紹介)(第六四八四号)
 同(木島日出夫君紹介)(第六四八五号)
 同(児玉健次君紹介)(第六四八六号)
 同(穀田恵二君紹介)(第六四八七号)
 同(佐々木憲昭君紹介)(第六四八八号)
 同(志位和夫君紹介)(第六四八九号)
 同(塩川鉄也君紹介)(第六四九〇号)
 同(瀬古由起子君紹介)(第六四九一号)
 同(中林よし子君紹介)(第六四九二号)
 同(春名直章君紹介)(第六四九三号)
 同(不破哲三君紹介)(第六四九四号)
 同(藤木洋子君紹介)(第六四九五号)
 同(松本善明君紹介)(第六四九六号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第六四九七号)
 同(山口富男君紹介)(第六四九八号)
 同(吉井英勝君紹介)(第六四九九号)
 同(赤嶺政賢君紹介)(第六五二七号)
 同(大幡基夫君紹介)(第六五二八号)
 同(大森猛君紹介)(第六五二九号)
 同(菅野哲雄君紹介)(第六五三〇号)
 同(木島日出夫君紹介)(第六五三一号)
 同(児玉健次君紹介)(第六五三二号)
 同(佐々木憲昭君紹介)(第六五三三号)
 同(塩川鉄也君紹介)(第六五三四号)
 同(中林よし子君紹介)(第六五三五号)
 同(春名直章君紹介)(第六五三六号)
 同(松本善明君紹介)(第六五三七号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第六五三八号)
 同(山口富男君紹介)(第六五三九号)
 有事法制三法案の廃案に関する請願(東門美津子君紹介)(第六五〇〇号)
 有事法制の制定反対に関する請願(今川正美君紹介)(第六五二四号)
 有事法制反対、憲法に基づく平和政策に関する請願(菅野哲雄君紹介)(第六五二六号)
 有事法制反対と平和政策に関する請願(菅野哲雄君紹介)(第六五四〇号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 安全保障会議設置法の一部を改正する法律案(内閣提出第八七号)
 武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案(内閣提出第八八号)
 自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第八九号)
 安全保障基本法案(東祥三君外一名提出、衆法第二一号)
 非常事態対処基本法案(東祥三君外一名提出、衆法第二二号)
 派遣委員からの報告聴取


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     ――――◇―――――
○瓦委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、安全保障会議設置法の一部を改正する法律案、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案及び自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案並びに東祥三君外一名提出、安全保障基本法案及び非常事態対処基本法案の各案を一括して議題といたします。
 この際、去る五日及び七日、各案審査のため宮城県、鳥取県、新潟県及び長崎県に委員を派遣いたしましたので、派遣委員からそれぞれ報告を聴取いたします。第一班久間章生君。
○久間委員 第一班、仙台班の派遣委員を代表いたしまして、その概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、団長として私、久間章生と、金子一義君、伊藤英成君、赤松正雄君、熊谷市雄君、首藤信彦君、中塚一宏君、木島日出夫君、山口わか子君、井上喜一君の十名で、現地において萩野浩基議員、鎌田さゆり議員が参加されました。
 現地における会議は、江陽グランドホテルにおいて開催し、まず、私から派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序などを含めてあいさつを行った後、意見陳述者より意見を聴取し、これに対して、各委員より熱心な質疑が行われました。
 意見陳述者は、宮城県議会議員村井嘉浩君、守屋木材株式会社代表取締役社長守屋長光君、東北学院大学教養学部教授遠藤恵子君、日本郷友会宮城支部長佐久間博信君、会社役員横田匡人君、東北大学名誉教授・専修大学法学部教授小田中聡樹君、宮城県護憲平和センター理事・黒川郡護憲平和センター理事長菅原傳君、宮城大学看護学部教授山本真千子君の八名でありました。
 以下、その陳述内容につきまして簡単に御報告申し上げます。
 主要先進国が有する国家緊急事態に対処する有事法制がこれまで我が国に存在していなかったことの問題点、シビリアンコントロールの確保と国民を守る有事法制の整備を行うべきこと、有事法制について国民に周知の努力を行い、幅広い議論を喚起する必要性、有事法制の整備に当たり、民間防衛と言われる国民の安全に関する法整備を進めるべきこと、政府として憲法解釈をはっきりと確定し、安全保障の原則を確立させた上で議論する必要性、政府提出案の違憲性及び憲法の平和原則を守る必要性、アジア近隣諸国との平和保障機構の設置及び国連の機能強化により紛争解決を進めるべきこと、有事に際し国家全体として適切な対応をとるため法整備を速やかに行うべきことなどについて、それぞれの立場から意見、要望が述べられました。
 次いで、各委員から意見陳述者に対し、有事法制の整備がおくれた理由、集団的自衛権の行使に関する見解、有事法制についての国民の理解の内容、有事における女性の基本的人権を確保する必要性、ジュネーブ条約追加議定書の批准がおくれている理由、自由党案における国際連合平和協力隊の創設に関する見解、有事法制が戦争状態を創出する可能性についての懸念、有事における国民保護の困難性についての懸念、有事に際し国家及び国民が協力して対処する制度をつくる必要性などについて質疑が行われ、滞りなくすべての議事を終了いたしました。
 以上が第一班の会議の概要でありますが、会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はそれによって御承知願いたいと存じます。
 なお、速記録ができましたら、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
 以上をもって第一班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、地元の関係者を初め、多数の方々に多大の御協力をいただき、極めて円滑に行うことができました。ここに深く感謝の意を表する次第であります。
 以上、御報告申し上げます。
○瓦委員長 御苦労さまでした。
 第二班石破茂君。
○石破委員 第二班、鳥取班の派遣委員を代表いたしまして、団長にかわり私からその概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、瓦力委員長を団長として、大野松茂君、浜田靖一君、永田寿康君、肥田美代子君、白保台一君、樋高剛君、赤嶺政賢君、今川正美君、宇田川芳雄君と私、石破茂の十一名でありました。
 現地における会議は、玉姫殿において開催し、まず団長から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序などを含めてあいさつを行った後、意見陳述者より意見を聴取し、これに対し各委員より熱心な質疑が行われました。
 意見陳述者は、鳥取県西部地区日韓親善協会会長・東京印刷株式会社取締役社長杉原弘一郎君、鳥取大学名誉教授小倉道雄君、税理士大西龍夫君、尾道市議会議員井上文伸君、島根大学名誉教授渡辺久丸君、全日本鉄道労働組合総連合会鳥取県協議会議長生田幸広君、鳥取県知事片山善博君の七名でありました。
 以下、その陳述内容につきまして簡単に御報告を申し上げますと、阪神大震災の経験に照らして、有事の法制度を平時から整備しておくことの重要性、国の究極の役割は国民の生命財産を守ることであるという観点から、有事法制よりも国民の保護やテロ、不審船に備えることを目的とした法制を優先して整備することの必要性、我が国の現在の情報体制で的確な国際情勢判断を下すことの困難さ、国の自衛権を認める以上は、具体的な自衛権の行使に関する法制の整備が必要であるとの観点から、国民感情に配慮して安全保障政策の原則を明確にしていくことの重要性、有事法制の憲法上の位置づけに関する問題と、非戦、非核などの平和外交を推進していくことの重要性、武力攻撃事態が日本周辺事態と重なることもあり得るという政府の見解により、米国の戦争に日本が巻き込まれることへの危惧、有事法制よりもテロ対策を望んでいる国民の意識、有事の際に住民を守るため、国と地域の実情に精通している地方自治体とが一体的に対応できるような役割を整理することの重要性、有事体制整備に当たっては、従来からの縦割り行政の弊害をなくし、国、地方自治体、警察、消防などの機関が一体的、一元的に活動できるような体制を、政治家が官僚を指揮しつつ、十分に議論して整備していくことの必要性、国民を保護する法制度が二年以内に整備することになっているが、その実現性に関する懸念、武力攻撃事態の定義など法案の概念のあいまいさなどについて、それぞれの立場から意見、要望が述べられました。
 次いで、各委員から意見陳述者に対し、国民保護法制は、できるだけ早期に各界の意見を求めて推進していくこと、有事の際には国が中心になりつつ、国、地方自治体、警察、消防が連携していくあるべき体制に関する所見、平時と有事の救急医療体制の量的、質的相違、国民の保護に関する法制に盛り込むべき具体的な内容、情報収集、国民への伝達など国の情報体制に関する所見、我が国の安全保障政策や自衛隊の行動原則に関する所見、武力攻撃事態と日本周辺事態とが重なり得ることにより、日本側が自主的に武力攻撃事態の認定をすることが困難になることの問題、友好関係の樹立など、外交努力を積極的に行っていくことの重要性、国民に有事法制の重要性を理解してもらうために国がなすべき方策、地方の立場から見た有事法案に対する意見などについて質疑が行われ、滞りなくすべての議事を終了いたしました。
 以上が第二班の会議の概要でありますが、会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はそれによって御承知願いたいと存じます。
 なお、速記録ができましたら、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
 以上をもって第二班の報告を終わりたいと存じますが、今回の会議の開催につきましては、地元の関係者を初め、多数の方々に多大の御協力をいただき、極めて円滑に行うことができました。ここに深く感謝の意を表する次第であります。
 以上、御報告申し上げます。
○瓦委員長 御苦労さまでした。
 第三班米田建三君。
○米田委員 第三班、新潟班の派遣委員を代表いたしまして、その概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、団長として私、米田建三と、工藤堅太郎君、岩永峯一君、森岡正宏君、山口泰明君、桑原豊君、筒井信隆君、上田勇君、木島日出夫君、山口わか子君の十名で、現地において吉田六左エ門議員が参加されました。
 現地における会議は、ハミングプラザVIPにおいて開催し、まず、私から派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序などを含めてあいさつを行った後、意見陳述者より意見を聴取し、これに対し、各委員より熱心な質疑が行われました。
 意見陳述者は、新潟防衛懇話会会長鈴木廣君、前滑川市長澤田壽朗君、新潟国際情報大学専任講師佐々木寛君、新潟県議会議員志田邦男君、人づくり県民ネットワーク幹事佐々木薫君、新潟大学名誉教授藤尾彰君、新潟大学法学部教授小野坂弘君の七名でありました。
 以下、その陳述内容につきまして簡単に御報告申し上げますと、有事に際して自衛隊がその能力を十分に発揮し、また国民を戦争の被害から守るために、平時から有事、緊急時の対応に関する法律を整備しておくことの重要性、国、国民にとって最も基本的かつ重要な制度を定める有事関連三法案の早期成立の必要性、シビリアンコントロールの観点から、自衛隊の行動の基本に関する法制を平時から整備しておくことの重要性、有事関連三法案によって東アジア地域の軍事的な緊張が高まる可能性、有事の概念、周辺事態との関係、二年以内に整備することとされている国民保護のための法制などについて具体的に説明することの必要性、自衛隊の行動に関して、国際標準に則した責務、権限を法律で整備することの必要性、有事関連三法案が米国による違法な軍事行動に日本が加わる可能性を高めることへの懸念、現行憲法下における有事法制整備の不可能性などについて、それぞれの立場から意見、要望が述べられました。
 次いで、各委員から意見陳述者に対し、国民の生命財産を守り、戦争を抑止するための有事関連三法案の必要性、武力攻撃事態認定の地理的範囲を我が国領域内に限定する必要性、国民保護のための法制という重要な法制の整備が先送りされていることによる武力攻撃事態対処法案の不完全性、同案の規定による国と地方公共団体との関係が地方自治の本旨に反するという懸念を払拭するために必要な今後の議論の進め方、福田官房長官による非核三原則に係る発言に対する見解、我が国に対する外部からの武力攻撃事態発生の蓋然性の有無、戦争反対運動や報道機関に規制を加えようとする有事関連三法案に関する見解などについて質疑が行われ、滞りなくすべての議事を終了いたしました。
 以上が第三班の会議の概要でありますが、会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はそれによって御承知願いたいと存じます。
 なお、速記録ができましたら、本委員会議録に参考として掲載されますようにお取り計らいをお願いいたします。
 以上をもって第三班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、地元の関係者を初め、多数の方々に多大の御協力をいただき、極めて円滑に行うことができました。ここに深く感謝の意を表する次第であります。
 以上、御報告申し上げます。
 なお、木島日出夫委員の申し出については、座長において善処いたしました。
 以上です。
○瓦委員長 御苦労さまでした。
 第四班衛藤征士郎君。
○衛藤委員 第四班、佐世保班の派遣委員を代表いたしまして、その概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、団長として私、衛藤征士郎と、玄葉光一郎君、近藤基彦君、田中和徳君、末松義規君、田端正広君、中塚一宏君、赤嶺政賢君、今川正美君、井上喜一君の十名で、現地において北村誠吾議員が参加されました。
 現地における会議は、ライフステージアイトワにおいて開催し、まず、私から派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序などを含めてあいさつを行った後、意見陳述者より意見を聴取し、これに対し、各委員より熱心な質疑が行われました。
 意見陳述者は、サセボコンパス21代表幹事・株式会社馬郡喜商店代表取締役馬郡謙一君、佐世保市長光武顯君、長崎友愛病院長茅野丈二君、長崎短期大学助教授北川誠一郎君、佐世保商工会議所副会頭・辻産業株式会社代表取締役社長辻昌宏君、長崎総合科学大学助教授前原清隆君、長崎大学教授舟越耿一君、株式会社橋本商会取締役社長室長千田稔君の八名でありました。
 以下、その陳述内容につきまして簡単に御報告申し上げますと、有事法制の早期整備、関連法制整備時までの本案施行の凍結、国民保護法制未整備の問題、周辺諸国の十分な理解の必要性、安全保障に関する基本法制確立の必要性、周辺事態と武力攻撃事態との関連、有事法制の要らない国づくりの必要性、有事に即した自衛隊訓練の充実の必要性などにつきまして、それぞれの立場から意見、要望が述べられました。
 次いで、各委員から意見陳述者に対し、有事法制の必要性、有事法制について国民の理解を得る方策、国民保護法制が未提出であることについての見解、総理による代執行についての見解、関連法整備を早めることについての見解、国連平和協力隊創設及び国連常備軍に関する見解、本案が集団的自衛権の行使につながる危険性、有事の際の民間企業と米軍との関係、有事と地方自治との関係などにつきまして質疑が行われ、滞りなくすべての議事を終了いたしました。
 以上が第四班の会議の概要でありますが、会議の内容は速記により記録いたしましたので、詳細はそれによって御承知願いたいと存じます。
 なお、速記録ができましたら、本委員会議録に参考として掲載されますようにお取り計らいをお願いいたします。
 以上をもって第四班の報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、地元の関係者を初め、多数の方々に多大の御協力をいただき、極めて円滑に行うことができました。ここに深く感謝の意を表する次第であります。
 以上、御報告申し上げます。
○瓦委員長 ありがとうございました。
 以上で去る五日及び七日に行われた委員派遣の派遣委員からの報告は終わりました。
 お諮りいたします。
 ただいま報告のありました第一班、第二班、第三班及び第四班の現地における会議の記録は、本日の会議録に参照掲載することに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○瓦委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
    〔会議の記録は本号(その二)に掲載〕
    ―――――――――――――
○瓦委員長 本日は、参考人として元防衛事務次官秋山昌廣君に御出席を願っております。
 秋山参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。
 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 これより秋山参考人に対して質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山田敏雅君。
○山田(敏)委員 民主党の山田敏雅でございます。
 参考人におかれましては、本日、御多用のところ出席いただきまして、本当にありがとうございます。
 今回のケースは、台湾の国家安全局、情報機関でありますけれども、この機密文書が暴露されました。その内容が対日工作資金の内訳とその使われ方、数多くの文書が流れました。これは、もし事実であるとすれば、外国であればスパイ罪、死刑に値する。外国にお金をもらってその便宜を図る、こういうことはあってはならないことでありますので、本日はぜひ疑惑を晴らしていただきたいと思います。
 台湾に行ってまいりました。この機密文書を手に入れて、そして最初にスクープをされた方にお会いしました。だれから手に入れたのか、どういう経緯で、どういう事情があって、どういう理由で、こういう質問をいろいろお聞きしました。
 この機密文書そのもののコピーを、ここに、私は手に入れましたので、このページは秋山参考人について書かれたものでございます。この文書が本物であるかどうかということは重要なことでありますので、とりあえずその文書の中身を、手に入れた方の心証を得ました。
 その中に具体的に書いてございます。これは、中身の内容を簡単に申し上げますと、秋山さんが防衛局長在任中に、日米安保の新ガイドライン、これを順調に通過させたキーパーソンであること、それから双方の軍事情報の協力にも貢献していたこと、それによって、秋山氏のハーバード大学の研修を手配し、その資金を提供したこと、そしてその資金については五万ドルを二回に分けて送金すること、そしてそれはアメリカのCSIS、ここに送るということ、その責任者は台湾輸送機械株式会社の会長である彭栄次氏、この方が責任を持つ、そして十万ドルを彭会長に渡したことが書いてございます。これがこの文書の訳でございます。
 そこで、秋山参考人にお伺いいたします。
 防衛庁防衛局長の在任中、日米安保新ガイドライン、これについてその当時の秋山さんの役割はどういう役割をされたんでしょうか。
○秋山参考人 まず、御質問がございましたので、防衛局長在任中のことについて申し上げたいと思いますけれども、私は、一九九五年の四月に防衛局長に就任いたしまして、九六年、九七年の六月いっぱいだったと記憶いたしますけれども、防衛局長に在任しておりました。その間、一九九五年に、十一月でございましたけれども、防衛大綱、現在の防衛大綱でございますね、それを作成する仕事に携わりました。同時に、沖縄の米軍基地の問題が非常に大きな問題になりまして、その関係で、大変たくさんの仕事をアメリカあるいは沖縄ともやったと記憶しております。
 それから、日米安保共同宣言というものを一九九六年の四月に出しましたので、その仕事も携わりましたし、その後行われました日米防衛協力のガイドラインの見直しという問題にも携わりまして、九七年の六月に防衛局長を終えたということでございます。
○山田(敏)委員 新ガイドラインの作成に関して台湾海峡を含めることについて、何か御意見はそのときございましたでしょうか。それともう一つ、台湾の林金茎駐日代表、その方にお会いになられたでしょうか。
○秋山参考人 まず、ガイドラインの問題のその発端は、当時この問題についてかかわった先生方あるいは識者、役所の関係もみんな同じ理解を持っていると思いますけれども、まず一九九五年の十一月の防衛大綱の中に周辺事態対応というものが入ったわけでございます。この周辺事態対応が入るときには国内でも大変な議論がございまして、なかなか意思決定まで大変な道のりでございましたが、九五年の十一月にこの防衛大綱の中に周辺事態の関係が入りました経緯は、これは率直に申し上げますと、九四年ごろから起こっておりました朝鮮半島における北朝鮮の核開発疑惑に絡む問題でございまして、それに関連した日米の防衛協力のあり方、あるいはオペレーションの問題、支援といったようなものが背景にあってこの周辺事態の対応が九五年の防衛大綱に出たわけでございます。
 台湾の御質問がございましたので、ぜひ時系列的に申し上げたいと思いますけれども、防衛大綱の中で周辺事態対応が書かれた十一月の後、四カ月後でございますけれども、五カ月後でしょうか、一九九六年の三月にあの台湾海峡の緊張事案というものが発生したわけでございます。防衛大綱の周辺事態対応につながって、防衛協力の見直しとかガイドラインの見直しとかいうものがあったわけでございますけれども、その途中にこの台湾海峡の緊張事態があったということを、時系列的にぜひ御理解をしておいていただきたいと思います。
 なお、台湾の駐日代表の林さんに私はお目にかかりましたが、これは台湾の駐日代表の方が面会を申し込んでまいりましたので、私は当時のルールに従って、つまり、いろいろ政治的な問題がございましたので、役所の中で会うということはルールとしていけないということでございましたから、役所の外でお目にかかりました。お目にかかりましたが、私の記憶するところでは、たしか一九九六年の一月でございましたから、この台湾海峡緊張以前のことでございます。
○山田(敏)委員 短く質問しますので、短く答えていただきたいと思うんですが、その際、林代表から台湾海峡について特に考慮するようにと言われたことはございますか。
 台湾側の記録によりますと、中日断交、すなわち台湾が断交して以来、国交が途絶えて以来、秋山さんは政府の要人が初めて会う最高レベルの国防官僚であって、双方の軍事情報の協力にも多く貢献した、こう記録がございますが、それは事実でしょうか。
○秋山参考人 林代表は、とにかく一度お目にかかりたいということで、私もそれを受けたわけでございまして、大変儀礼的な面会、これは夕食をともにしたと記憶をしておりますけれども、率直に言って、どういう話をしたのかはほとんど記憶しておりません。ただ、私の残っている印象としては、防衛庁の幹部に会うということが目的だったというふうに思っております。
 ただ、先ほど御説明申し上げましたように、台湾海峡事案の発生する前の時点での面会でございまして、台湾海峡の話があったとはとても思えません。全然記憶しておりません。
 それから、後半の御質問についてでございますけれども、私、先ほどちょっと申し上げましたけれども、ガイドラインにつながる日本の周辺事態対応の話というのは、朝鮮半島の、まあ有事を想定した形から出てきた話でございまして、先ほど申し上げましたように、九五年の十一月の防衛大綱に向けて、国内で相当の議論をしてやったわけでございます。
 それで、先生御質問の、台湾の中のいろいろな情報につきまして、その内容についてでございますけれども、私の知る限りにおいて、つまり当時の北東アジアの情勢、日米関係、台湾と米国との関係、日本と台湾との関係からいたしますと、とても書いてあることは、私の感じからいたしますと現実から離れているようなことが書いてありまして、後からいろいろ書かれたのではないかというふうに私は思います。
○山田(敏)委員 ハーバード大学の留学についてお伺いします。
 ハーバード大学のエズラ・ボーゲルさんに御相談なさって、御本人が留学をしたいという申し出をされたということでございますが、それに間違いございませんか。
○秋山参考人 事実は、先方の方から、防衛庁をやめた後ハーバード大学で研究をしないかというお話がありました。研究するに当たって先方からは、研究する課題なり目的を明らかにしてくれということはございましたけれども、当初先方からお話がございました。
○山田(敏)委員 ここに、クリムゾンという新聞の記事がございます。これはハーバードの現地の新聞だと思うんですが、この台湾の報道がなされてから、ハーバード、非常に大きなスキャンダルというかになりました。このクリムゾンの記者がエズラ・ボーゲルさんに証言を求めてインタビューをしました。その精細が全部書いてございます。
 これによりますと、エズラ・ボーゲルさんは、今秋山さんがおっしゃったことと違うことをおっしゃっているんですが、秋山さんから手紙をいただいたと。アメリカと日本の安保条約、これについて何か論文を書きたい、これ、ヒズウイッシュと書いてあるんですね、からあったというふうに証言されておりますけれども、もう一回ちょっと正確に記憶を思い出していただけますか。
○秋山参考人 エズラ・ボーゲル博士に、先ほど申し上げましたように、途中の段階で、私は何かを書きたい、こういうテーマでやりたいというレターを出したことは確かでございます。しかし、私がハーバード大学で研究をするというきっかけは、先方からお誘いがあったということでございます。
○山田(敏)委員 ちょっと、ボーゲルさんと違うことを言われるのであれなんですが、留学をするということは費用がかかります。それで、ボーゲルさんは、お金はありませんというふうに証言しています。秋山さんのためのフェローシップはノーファンドと書いてあります、証言しております。それから、秋山さんの入学を許可するに当たってアプリケーションを出していただきました、その審査をしました、そのコミッティーでですね、こういうことを述べておられます。
 このアプリケーションを出すときに、留学をする費用が、何も根拠がないとアプルーバルをされないわけですね。そのお金についてはどういうふうに向こうから言われましたでしょうか。
○秋山参考人 それは、もちろん私はハーバード大学のフェローシップを期待いたしましたけれども、かなり早い段階で、それは難しいということが先方からの話でわかりました。そこで、特別にハーバード大学の方で資金を集めるけれども、集まらない場合には秋山さんの負担になる、それでよいかという話がありましたので、それはやむを得ませんと。ただ、私は、私の意識としては、大学の方からのお招きという意識がございましたので、何とかそれは集めていただきたいということでスタートをしたということでございます。
○山田(敏)委員 それはちょっと事実と違いますね。最初から大学がお金を集めるということはない、ノーファンドだということをはっきりボーゲルさんは言ったんですね。では、どうやってそのお金を集めたかというのが、これはどんどん事実が明らかになりました。
 まず第一に、ちょっと資料をお配りいただいて。
 台湾の機密文書に、だれが、どういう順序で、幾ら、どこに送金したかということが書いてあります。それで、今お配りしました資料は、これはネーションという雑誌、この中に、台湾の機密文書に書いてあるとおりの順序とお金と、そして送金の方法が、パシフィックフォーラム、CSIS、ここの、この方は副代表でありそしてスポークスマンです、この方が、すべての送金、それからお金を受け取ったレコード、記録を調べました、その結果、こういうことが明らかになりましたと。
 台湾輸送機械の方から五万ドルが振り込まれました、これは、この台湾の機密文書に書いてあるとおりです。そのお金を、四万ドルをハーバード大学に送金しました、これは秋山さんのフェローシップのために送りました、こう書いてあるんです。この事実は御存じでしたでしょうか。
○秋山参考人 私は、ハーバード大学からいろいろと便宜供与を受けましたので、ハーバード大学に確認し、あるいは当時も私は承知をしておりましたけれども、ハーバード大学が米国のCSISから、約四万ドル弱だったと思いますけれども、受領する、あるいはしたということは承知いたしております。
○山田(敏)委員 いつの段階で承知されたんでしょうか。
○秋山参考人 正確にその日付は記憶ございませんけれども、多分二〇〇〇年の年が明けてからだったと記憶いたします。
○山田(敏)委員 もちろんこれは留学される前ですね。
○秋山参考人 その点は大変重要な点ですので、ちょっと説明させていただきたいと思いますけれども、私は、防衛庁を辞したのは一九九八年の十一月でございます。そして、一九九八年の十二月以降から、ハーバード大学と客員研究の活動をする調整をしておりました。
 私は、一九九九年の一月に、ハーバード大学といいますか、ボストンに行く予定がございましたので、そこで、エズラ・ボーゲル博士と、それからケネディ・スクールの学長のジョセフ・ナイに会いまして、実はこの御両者からお招きをいただいていたわけですので、御両者に会って、一九九九年の一月に、ハーバード大学で客員研究員としての活動をすることを決意いたしました。そして、二、三カ月の調整を経た後、一九九九年の四月から、私は、宿舎と研究室の提供を受けて研究活動を始めたわけでございます。
 今のお話は、約一年後の二〇〇〇年一月の時点でございますので、私が行く前にこんな話があったということは、全く時系列的にはございませんし、先回も私説明いたしましたけれども、私がハーバード大学に行く、あるいはハーバード大学でのその資金の問題について何か台湾が関与をしたということは、私の知る限り全くないと確信しております。
○山田(敏)委員 それじゃ、留学した後でCSISが受け取ったと。今、事実報道されているわけですけれども、これは台湾からのお金であるというのは後でお知りになったということですね。
○秋山参考人 CSISが発表をして新聞に報道されたということは私もワシントン・ポストその他の記事で承知しておりますが、私は直接CSISに確認しておりませんので、CSISがどういうふうに資金を集めたのか、私は知る立場にございません。ただ、報道でそういうふうになされていることは私も承知しております。
○山田(敏)委員 エズラ・ボーゲルさんとナイ教授が秋山さんを招待したと今おっしゃったんですが、ボーゲルさんの話によると、招待した割には随分お金に苦労されております。もともとそういう資金はないので、これは一生懸命探さなきゃいけないということだそうです。そして、このCSISの会長と秋山さんの費用については話がついた、こういうふうに述べられております。
 そこで、このケリー会長が、台湾の対日工作資金の実質的な責任者であった台湾輸送機器株式会社の彭会長にロサンゼルスで会っています。で、この件について話をされています。その中で、秋山さんが四月に台湾を訪問されて国家安全局に連絡を入れた、こういうふうに述べてあります。これは事実ですね。
○秋山参考人 ロサンゼルスという場所との関係では、ちょっと私、今の御質問、よく理解できませんでしたけれども、私は、二〇〇〇年の四月に台湾を訪問しております。私は、日本と台湾の関係が、現役時代からいろいろな意味で大変薄いということを懸念していたものでございますので、役所をやめた後、ぜひ台湾を訪問したいということで、もう前の年からいろいろ計画を立てておりました。その年は台湾だけ訪問したわけではございませんで、一月にはインドですとか、二月には韓国ですとか、三月にはサンフランシスコ、四月に台湾、五月に北京ということで、毎月アメリカの国内外に出ておりました。その一環として台湾を訪問したわけでございます。
 そして、四月に台湾を訪問することでございましたので、その約二カ月前の二月に台湾と連絡をとって、その日程の調整をいたしたということは事実でございます。
○山田(敏)委員 その二月に連絡をとった相手は国家安全局、まずそれを確認してください。それから、四月に行ったときにだれにお会いになったのでしょうか。
○秋山参考人 二月に先方の方から連絡がありまして、楊さんという軍人の方から連絡がありましたが、私は当初その所属はわかりませんでした。ただ軍人の肩書を持っておりましたので、国防省の方だという理解でございましたけれども、そのうち、国家安全局という組織まで私知りませんでしたけれども、その楊さんがそういう方面のお仕事をやっているということは認識しておりましたが、最初は国防部の軍人の方から連絡があったということでございます。
 それから、私が四月に参りましたときは、李登輝、当時まだ総統でございましたけれども、李登輝総統。それから直後に行政院長になられた唐飛国防部長。それからあと、主要な幹部でございますけれども、外交部ですとかあるいは総統府、それから大陸委員会。それからもちろん国防部、それから安全保障関係の機関。さらには、ちょっと欲張りまして、日本でいうところの海上保安庁あるいは水産庁に相当するところ。そして、当時新しい総統に当選を果たしました陳水扁氏のバックボーンになった中央研究院の李遠哲院長。それと、そこの中央研究員とのラウンドテーブル、あるいは台湾総合研究所等々、大変多くの方とお目にかかることができました。
○山田(敏)委員 国家安全局に訪問なさったときに御自身がどういう発言をされたか覚えていらっしゃったら、どうぞおっしゃってください。
○秋山参考人 国家安全局に参りましたときは、その組織の性格からいたしまして、軍事問題といいますか安全保障の問題が話題になりました。私からは、防衛大綱の話、もう当時既にガイドラインも終わっておりましたのでガイドラインの話、そういうことを説明したと記憶しております。
○山田(敏)委員 秋山参考人、ワシントン・ポストの報道で後で知ったということなんですが、このCSISは、一回問い合わせして、再度問い合わせをして、そして入送金のレコード、記録を全部調べて、そしてスポークスマンが発表しました。台湾からお金を受け取って秋山さんのために送りましたと。そして一方、クリムゾンというリポートでこの記者が、スーザン・マックホーンというハーバード大学のアドミニストレーション、管理のディレクターですから、責任者ですね、この人にこの記録を確認いたしました。両方の記録がぴったり合います。何年何月に四万ドルを送金しましたと。一方、ハーバード大学のアカウンティングの記録によりますと、三万九千六百ドル、四百ドルはいろいろな手数料だと思うんですけれども、CSISから受け取りましたと。これは秋山さんのエキスペンスをカバーするためです、こういうふうに書いてあります。この二つの事実が一致しました。
 もう一方で、台湾の機密書類の、何年何月何と、こう書いてあります。これもCSISと一致いたしました。台湾からお金が来て秋山さんの費用にあてがったという事実が証拠をもって確認されたんですが、これについてどう思われますか。
○秋山参考人 報道ベースでございますけれども、CSISに台湾側から、台湾の企業から入った金額は十万ドルということのようでございまして、CSISの方からハーバードの方には四万ドルが資金提供されたと。ハーバード大学に関しては私も承知しておりますし、それは確認できるところでございます。
 ただ、そのことについてどうかという御質問でございますけれども、私自身はハーバード大学との関係で対応しているわけでございますから、大学がどのように資金を集めるのかということについて、私自身は関与したり関知する立場には基本的にはございません。この件はCSISから来たということをもちろん承知しております。
 御承知かと思いますけれども、アメリカの大学では、私は正確にはわかりませんけれども、三割、四割あるいは五割近くの活動資金を一般の企業ないし個人から集めていると聞いております。そのことにつきまして、私はハーバード大学が適正にCSISから四万ドルの資金の提供を受けたということを発表しているということについては納得しておりますし、私自身は大学との関係でしか対応を考える必要はないというふうに考えております。
○山田(敏)委員 先日の委員会で、法務省刑事局長をお呼びしました。
 事後収賄という要件についてお伺いいたしました。現職にある方がある程度の便宜を図ってその退職後に何らかのお礼を受け取った場合には、そういう事後収賄という要件が成立するということでございます。
 今おっしゃっていることは、私はハーバード大学しか知らないと。しかし、今証拠をもって三者のお金の流れ、すなわち、秋山さんの留学費用はもとは台湾から出たということをすべての関係者が証拠をもって認めて、事実として明らかになったわけですね。そのときに、やはり秋山さんは相当な地位におられた方ですので、これは責任を感じていただくか、今、私が質問したことに対して何か御意見があると思うんですが、いかがですか。
○秋山参考人 もし、私がハーバード大学で研究活動をするということ、あるいはその資金手当ての問題について私が何か台湾と話し合いをした、事前にあるいは事後に、そういうことであれば、それは私は責任があると思いますけれども、私は、事前も事後も、二〇〇〇年の二月以降も、四月訪問したときも、その後も、現在も、その問題について台湾側のどなたともお話をしたことはございません。したがって、私としては、これは私と大学との関係の問題というふうに整理をするのが適当だと思いますし、もし、御指摘のように、何か台湾においてこの資金の問題で問題があるということであれば、私の考えでは、それは台湾の問題ではないか、米国あるいはハーバード大学の問題ではないというふうに思います。
 それから、刑法のお話がございましたが、刑法の問題について一般的な議論をするのであれば別に私はこだわりはありませんけれども、先ほど申し上げましたように、この周辺事態対応、ガイドラインの見直しもそうでございますけれども、周辺事態対応、何度も御説明させていただきますけれども、それの経緯というのは、一九九四年の朝鮮半島の、北朝鮮の核開発疑惑から起こっているわけでございます。これは、当時の先生方あるいは役所あるいは日米の安保当局者、すべてが知っていることでございまして、そして、一九九五年の防衛大綱の見直しのときに国内で大議論をしてそれが入ったわけでございます。台湾海峡の緊張事態というのはその翌年の三月に起こっているわけでございますので、時系列的に見ても、どうして私がそういう刑法上の問題について質問をされ、答えなければいけないのかということは、私は全く理解できません。
○山田(敏)委員 事後に、あるいは今、きょう、御自分の留学費用が台湾から出たものであるという事実、これはお知りになったわけですけれども、それについて……(発言する者あり)いや、推理じゃないですよ、ちゃんと認めているんですから。
○瓦委員長 静粛に願います。
○山田(敏)委員 それは最初から、秋山さんが留学したいというときに、大学側は、この資金はありません、どこかから何とかしてください、こういうふうに言われたわけですよね。だから、だれかが動いてこの資金をどこかから手に入れたんです。それは台湾から出たというのが、入出金伝票、それからすべての証拠書類で明らかになったわけですから、これは重要な問題だ、我が国の防衛政策に重要な問題だと思うんですが、その点については何か責任を感じられるんですか、どうですか。
○秋山参考人 私は、そういう資金手当ての問題でこういう報道がなされ、報道ベースではございますけれども、そういう事実を私も知りまして、正直言って大変困惑いたしたのは事実でございますけれども、しかし、私自身は、ハーバード大学での研究生活は大学との関係でやったわけでございまして、それ以外のことについて私が関与する、何か意見を述べるという必要はないと考えます。
 それで、台湾問題も含めまして、北東情勢の安全保障の問題につきましては、私自身の責任で今後とも取り組んでまいりたいと考えております。
○山田(敏)委員 防衛庁の最高責任者である事務次官、元事務次官の方が外国からお金を受け取ったという事実が明らかになって、それでも私は関係ありません、こういうことであれば、やはり防衛庁のモラルを厳しく問わなきゃいけない、こう思いますが、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
○瓦委員長 次に、樋高剛君。
○樋高委員 自由党の樋高剛でございます。きょうは、秋山参考人におかれましては、お忙しい中をどうもありがとうございました。
 時間に限りがありますので、端的にお伺いをさせていただきたいと思います。
 今回、米国に留学中に台湾の情報機関から十万ドルの資金提供を受けたのではないかと台湾側の内部文書によって報道がなされているということでありますけれども、今、有事法制の審議もされているこういった状況の中で、防衛庁のOBの方がそもそもこのような疑いを世間から持たれるということにつきましてどのようにお考えでしょうか。
○秋山参考人 ことしの三月以降、こういう報道が香港、台北あるいはシンガポール等でなされまして、私も全く知らないことでございましたので、驚愕いたしました。その後の報道あるいはCSISの発表等々により、私も報道ベースではいろいろな事実を知ることができましたが、私としても、こういう結果になっているということについては非常に残念に思っております。
 ただ、私個人のことについて言えば、私は、あくまでもハーバード大学との関係において対応をするというふうに考えておりまして、本件問題についても、ハーバード大学が適正にアメリカの研究所から資金の提供を受けたということを発表しておりますので、それを了解したいと思っております。
○樋高委員 感覚がちょっと理解できないんですけれども、ハーバード大学の側から宿舎ですとかオフィスの提供、研究活動経費、支援を受けたということはお認めになられているわけですけれども、その二年間でおおむね金額にして幾らぐらいの支援を受けたという認識を持っておいででしょうか。
○秋山参考人 私が個人的にハーバード大学から金額的に明示された形でいただいたお金は、研究活動経費が七千数百ドルでございました、八千ドル弱でございます、その二年間でですね。それからあと、研究活動旅費、交通費につきまして、二年間総枠で五千ドルの範囲内ということで、したがいまして、年がら年じゅう学生と同じディスカウントチケットで走り回っておりましたけれども、それが金額的には私の承知しているものでございます。
 あと、オフィスに幾らお金がかかったのかということはちょっと私もよくわかりませんし、それから、住宅の方も大学の方で払っていたわけでございます。
 ただ、いずれにいたしましても、ハーバード大学の新聞での発表では、外部から全部で約七万ドルの資金の提供を受けたということを発表しておりまして、私もそれを承知しております。
○樋高委員 大学がどのように資金の手当てをするのか関与する立場になかったというふうに説明なさっておいでなんですけれども、そもそも、支援を受けたそれだけの大金が、どこからお金が手当てされたのかということを疑問に思わなかったことは、ちょっと不自然なんじゃないかと思うのであります。
 財源について、その立場にあったかなかったかということではなくて、なぜお尋ねをしなかったのかということをお伺いしたいと思います。
○秋山参考人 今問題になっておりますCSISにつきましては、かなり前の段階にハーバード大学の方で、ここの研究所から支援があるはずだという話は聞いておりまして、アメリカでも有数の大きな研究所でございましたので、私自身何らそういう資金の提供ソースのことについて懸念を持つということはございませんでした。
○樋高委員 その戦略国際研究センター、CSIS太平洋フォーラム、ここを通じて秋山参考人へ要するに資金が提供されたということでありますけれども、では、そこのフォーラムが、先ほども話の中では、個人なり企業なりがみんな寄附をしたり、大学の方もそうじゃないかという話でありましたけれども、台湾から資金援助を受けているという認識は、このCSISに関してありましたでしょうか。
○秋山参考人 全くございませんでした。
○樋高委員 次に、明徳グループについて伺いたいと思いますけれども、日本や米国の政府関係者らが参加をして秘密協調グループを組織した、その中で、台湾運輸機械公司理事長を対日工作の責任者にしたと。彭栄次氏を、秋山参考人は現職のとき、面識はあられますでしょうか。
○秋山参考人 私が多分防衛局長をやっていたときだったと思いますけれども、都内で開かれました安全保障関係のセミナーのパーティーで、東京では一回お目にかかった記憶がございます。
○樋高委員 また、その彭栄次氏が、いわゆる年末の贈り物ということで、日本国内で配る目的で訪日をなさって、お歳暮や、台湾の食品や商品券を配ったと。それをいただいたことはございますか。
○秋山参考人 ございません。
○樋高委員 それでは、その彭栄次氏が、また、一席を設けた、宴会を設けたということ、その中で意見交換をしたということも言われておりますが、参考人は、そういった食事をいただいたりとか、そういう席に出たということはございませんでしょうか。
○秋山参考人 二〇〇〇年四月に台湾を訪問いたしましたときに、李登輝総統への面会は彭栄次氏の紹介で、彭栄次氏に連れていってもらったわけでございます。私は、彭さんにごちそうになったかどうかというのは必ずしも明確に記憶がございませんけれども、一回、二回、食事はしたことはございますが、それは彭栄次さんが私にごちそうしてくれたかどうかは、ちょっとそこは正直言ってよくわかりません。どなたがホストだったのかということは、正式にちょっと今私よくわかりません。ただ、彭栄次さんに何か特別に宴席を設けてもらったという記憶は全くございません。
○樋高委員 その彭栄次氏がもしかしたらホストである、要するにその宴席代を持ったということも、それは明確に否定はできないということですね。
○秋山参考人 私は、二〇〇〇年に二回台湾に行っておりまして、十二月に、これは日本の国際問題研究所と台湾の大体似たような名前の研究所だったと思いますけれども、そこの研究所同士の対話の機会がありましたので参りました。そのときにも李登輝にお目にかかっておりまして、そのときはあるいは、私はよくわかりません、彭栄次さんがホストなのか、だれがホストなのか、ちょっとよくわかりませんけれども、先方の会食に参加したことが一回ございます。
○樋高委員 以上で終わります。ありがとうございました。
○瓦委員長 次に、木島日出夫君。
○木島委員 日本共産党の木島日出夫です。
 あなたは、五月二十二日の当委員会で久間委員から質問をされまして、一九九八年十一月に防衛庁を辞しました、その直後から、ハーバード大学のジョセフ・ナイ博士、それからエズラ・ボーゲル博士からアメリカ行きを要請を受けましたと話しましたね。退官をされた何日後ぐらいですか、直後というのは。
○秋山参考人 非常に雑駁な言い方かもしれませんけれども、退官後はちょっと、少し静かに家にしていたと記憶いたしますので、十二月に入ってからだと思います。
○木島委員 あなたが九八年十一月に防衛庁事務次官を退官されました。それは、当時、防衛施設庁調達汚職事件があったので、当時の額賀福志郎防衛庁長官とともに、事務次官として職を辞したということですね。
○秋山参考人 自己都合により辞職いたしました。
○木島委員 表の形は自己都合だけれども、実質は引責をしたということではないんですか。
 次に移ります。
 あなたは、CSIS、戦略国際問題研究所から自分のハーバード大学客員研究員としての資金が出ているということを書いてある新聞を知っているとおっしゃられましたが、いつですか。
○秋山参考人 私の記憶では、四月の初めのワシントン・ポストの記事だったと記憶いたします。
○木島委員 それは、九九年四月ということですか。
○秋山参考人 ことしでございます。
○木島委員 そうすると、あなたがハーバード大学の客員研究員として渡ったのは九九年四月からでありますから、九九年四月からことしの四月まで、あなたは、自分のアメリカ在留にかかるすべての経費が一体どこから出ていたのか、全く知らなかったということなんですか。
○秋山参考人 先ほども申し上げましたけれども、私がハーバード大学で研究活動する決断をいたしましたのは一九九九年の一月でございまして、そして、四月から二年三カ月、研究活動をいたしました。先ほど議論がございましたけれども、当時は、大学の方で後々資金集めをするという前提で、宿舎の提供あるいは研究室の提供あるいは研究活動経費の提供というものをいただいておりましたから、ハーバード大学からいただいているということについては、私は認識しておりました。
○木島委員 次に移ります。
 ハーバード大学から金が出ているということを認識していた。じゃ、ハーバード大学にどこから金が出ていたということは全く認識していなかったということなんですか。あなたは、エズラ・ボーゲル博士やナイ博士から招請を受けたと言われました。この二人の博士は、一体どこからハーバード大学へあなたの客員研究員としての諸経費が出ているという話は全くしてくれなかったんですか。あなたも聞こうとしなかったんですか。
○秋山参考人 先ほどの議論にも出ておりましたけれども、アジアセンターの所長をしておりましたエズラ・ボーゲルから、CSISがその資金の提供をしてくれるだろうという話は、私は聞いておりました。
○木島委員 あなたは今、新聞で、CSISから金が出ているということを知っていると言いました。じゃ、今、CSISはなぜあなたのために四万ドルもの金を出してくれたと考えていますか。
○秋山参考人 CSISの意図は私はわかりません。しかし、ハーバード大学とCSISは多分いろいろ関係があるんだろうと思いますし、私の理解では、アジアセンターの所長をやっておりましたエズラ・ボーゲルがいろいろと声をかけていてくれたんではないかというふうに理解しております。
○木島委員 次の質問に移ります。
 あなたは、アメリカ滞在中、ハーバード大学側から出るあなたのための金のほかに、他のどこかから金が入ることはなかったですか。
○秋山参考人 スカラーシップということで、ハーバード大学がだめだ、したがって、特別の資金集めをするという前提で行ったわけでございますけれども、率直に言って、その他のファンドあるいはファウンデーションの方からのスカラーシップを得るというのは、いろいろやりまして、情報収集いたしましたけれども、あるいは紹介してくれる人もいましたけれども、それは成功いたしませんでした。したがって、私は、研究活動をするための資金提供つまりスカラーシップは、物的供与も含めて、ハーバード大学からいただいたものだけでございました。
○木島委員 私は、あなたがアメリカ滞在中、あなたの生活費その他のお金として、ほかにどこかから金は入っていないかと聞いたんですが、では聞きましょう。
 大阪証券取引所の関連会社、中央コンピューターサービス株式会社から、九九年二月からあなたがアメリカ滞在中一年二カ月にわたって、毎月三十三万三千三百三十三円の金、合計四百六十六万円余の金が入ったのではないですか。
○秋山参考人 スカラーシップという意味での御質問かと思いまして先ほどそういう答弁をいたしたわけでございますけれども、私自身の生活につきましては、もちろん私も無収入ということでは生活をできませんので、プライベートにいろいろと個人的には努力をいたしました。そのうちの一つとしてその調査委託業務ということを受けたということはございます。
○木島委員 ここに、平成十一年二月一日付の、あなたと中央コンピューターサービス株式会社代表取締役松原公一との間で締結されたと思われる経営管理に関する業務委託契約書があるんですが、承知していますね。
 当時大阪証券取引所には、あなたと一九六四年四月に大蔵省に同期入省し、九一年六月に、全く同じ時期に大蔵省を退官した、あなたの無二の友人である野口卓夫氏が副理事長として在職していましたね。
○秋山参考人 野口卓夫君は私と同窓でございますし、当時大阪証券に勤務していたということはそのとおりだと思います。
○木島委員 野口卓夫氏は、あなたが事実上責任をとって防衛事務次官を退職する、そしてアメリカに渡るということを知って、毎月三十三万円余の金を工面してくれたというのが事の真相じゃないんでしょうか。
○秋山参考人 何か大変個人的なプライベートの問題について御質問を受けているように思いますけれども、私自身は、契約に基づきまして調査委託業務を行ったわけでございます。その調査契約に基づいて契約当事者が、一年ちょっとであったと思いますけれども、契約が実行されたということでございます。
○木島委員 プライベートだとおっしゃいましたが、そうじゃないんです。その後、大阪証券取引所では、あなたへの四百六十六万円余の金の流れも含めて、不当に資金が使われたとして、調査委員会がつくられ、調査報告書がつくられている。そして、ことし四月には、野口卓夫氏は特別背任の容疑で告発されたということをあなたは知っているんじゃないですか。プライベートじゃないんじゃないんですか。
○秋山参考人 私は詳しくは存じませんけれども、大阪証券取引所について、今御指摘のようないろいろな動きがあるということは私も承知しております。
 承知しておりますけれども、私に関して言うのであれば、その契約に基づいて、私は受託した調査業務をかなりの時間をとってやりましたし、そして、大阪証券取引所でこの問題、数年前に起こったときに、私の業務の内容も全部報告をされていると承知しております。
○木島委員 時間ですから終わりますが、大蔵省の大臣官房審議官まで務め上げ、防衛庁事務次官まで上り詰めて、施設庁の調達事件で事実上責任をとらされた形となったあなたに、かつての大蔵省の筋や防衛庁の筋からいろいろな便宜が図られたというのが事の真相じゃないか、大阪証券取引所からの金も、台湾からの金もその一つなのではないかという疑念がぬぐえないということを私最後に指摘をして、質問を終わります。
○瓦委員長 次に、今川正美君。
○今川委員 社会民主党・市民連合の今川正美です。
 きょうは、お忙しい中にわざわざお越しいただきまして、ありがとうございます。
 時間が限られておりますので早速お伺いをしたいと思うのですが、まず最初に、今各党の委員からも御質問があっておりますが、今回の件は、要約的に言いますと、いわゆる台湾の国家安全局が、李登輝総統時代から、台湾の安全保障を強化するための、日米の主要な政治家や官僚に対して工作を展開した。特に注目されるのが、我が国の場合に、対日工作の実行グループとして名前が挙がったいわゆる明徳グループというんですか、の活動であった。
 九八年九月二日付のいわゆる極機密文書によると、対米工作と並行して、台湾側は、自民党に大きな力を持っている元首相への接近を計画するだとか、あるいは、今回あなたにも疑いがかけられている問題として、米国ハーバード大学客員研究員だったあなたに対して、台湾運輸機械理事長であった彭栄次氏などが、米国のいわゆる戦略国際研究センター太平洋フォーラム経由で資金を寄附していたのではないかということが指摘されているわけですね。
 当時、参考人もおっしゃるように、日米の新ガイドラインにかかわる対日工作ということが指摘をされておりまして、それが、元総理大臣であるとか自衛隊、公安警察OBであるとか、あるいは当時の防衛官僚であるとかにいろいろな形をとって資金が提供されたのではないかというふうに言われているわけでありますが、そのことを全体としてどのように御認識をされているのか、お伺いしたいと思います。
○秋山参考人 いろいろ報道されている内容につきまして、特に台湾海峡緊張事案の発生前後といいましょうか、あるいはそれ以降の台湾の工作に関する報道につきまして、私の知る限り、あるいは私の個人的な認識に基づきますと、すなわち、当時の北東アジアの安全保障情勢ですとか日米関係あるいは日台関係、対米関係というものを見てみますと、当時そういうことが本当に効果的に何か動いていたのかということについては、私はそんなことはなかったんじゃないかという気持ちを非常に持っております。
 特に、ガイドラインの見直しに関連して台湾海峡の問題が議論されているようでございますし、周辺事態の対応、つまり周辺事態の対象にどこが入るのかとか入らないのかという問題に関連いたしまして、もちろん台湾の関心が非常に後で強くなっていったというのは私も理解しておりますけれども、当時、周辺事態対応というのは、先ほど御説明いたしましたように、朝鮮半島問題から起こっている話でございますし、台湾海峡の緊張事案が起こる約半年前に国内で議論した話でございますので、私の感じとしては、そこに書いてあることが、非常に私の当時の認識、現状認識からは遠いところにあるという感じを持っております。
 細かいいろいろな具体的な話については、私は全く知りません。
○今川委員 そこで、あなたは、昨年の五月二十八日、東京で開かれたグローバルフォーラムで、李登輝前総統の対中国政策に関しまして御発言なさったようでありますが、その概要をちょっと教えてください。
○秋山参考人 申しわけありません。いろいろとたくさんのセミナーに出ておりまして、このグローバルセミナーでどういう発言をしたのかというのは、今にわかに、正確に思い出せません。
○今川委員 それでは、今回の件に限らず、今、例えば日米関係それから米中関係、非常に大事なんですが、その中で、御存じのとおり、台湾というところは非常にデリケートなポジションにあると思うんですね。そこで、台湾の側からしますと、例えば、国家安全局などによる対米工作あるいは我が国への対日工作というロビー活動等が頻繁に重ねられている。こういう事態を、参考人としてはどのような御認識をお持ちでしょうか。
○秋山参考人 これは全く私の個人的な感じでございますけれども、時期によって、今の御質問についての答えといいますか、日本の側の対応というのは違っていると思います。
 間違いなく台湾が、アメリカに対してもあるいは日本に対しても、いろいろな工作というか、つながりを持とうという動きがあるのは、これはそのとおりだと思いますけれども、少なくとも、今報道されているような時期に、日本の政策決定の過程で台湾のいろいろなそういう活動が何か影響したのかという点については、私の知る限りほとんど記憶にない、そういう状況でございます。
 ただ、現在どうなのかということにつきまして考えますと、台湾海峡緊張事案あるいは両岸問題というのは非常に大きな問題でございまして、日本にとっても、アメリカにとっても、あるいは日米中、もちろん台湾にとっても、大変大きな問題で、朝鮮半島の安全保障の問題と並んで非常に重要な安全保障の問題であると私は認識しております。
○今川委員 ですから、現在もそうなんですけれども、当時におきましても、台湾側からしますと、いろいろな、アメリカの要人であるとか日本の政治家、官僚に働きかけをしていたんだろうなという推測をいたしますが、例えば参考人の場合も、防衛局長あるいは事務次官までお務めになった、日本の防衛政策を考える上では非常に重要な立場におられたということですから、台湾側からいろいろな形でアプローチをしてくるのは、ある面で、台湾側から見ますと当然なのかなというふうに思うんですね。
 そこで、参考人は九八年の十一月におやめになっておりますが、それから、お話によりますと、翌年一、二月にかけて、ハーバード大との間で留学をするための調整をされておったんだというお話のようでありますが、その前段階で、今私が申し上げたような意味合いにおいて、台湾側からの、どなたとは申しませんが、アプローチなど働きかけはなかったんでしょうか。
○秋山参考人 台湾海峡問題あるいは台湾の安全保障の問題との絡みで、日米安保体制の再確認あるいは再定義、あるいは防衛大綱、あるいは周辺事態対応に関して何らかのアプローチがあったかと。少なくとも私が知る限り、全くなかったという認識でございます。
○今川委員 もうほとんど時間がございませんが、いま一点お尋ねしたいのは、二年間ほどアメリカに行っておられた間、ケネディ・スクール、それとアジアセンターの客員研究員という立場であられたんですね。このケネディ・スクールなりアジアセンターにあなたが赴かれていった。そのケネディ・スクール、アジアセンターの客観的位置、あるいはそうしたスクールやセンターの目的などはどういうものであったんでしょうか。
○秋山参考人 客員研究員として研究活動をしたわけでございますけれども、客員研究員というのは、千差万別といいますか、いろいろな方がおります。しかし、私はかなりシニアの方だったと思いますし、ほかの国の政府を退職した人、あるいは大臣を歴任した人、あるいは先ほど申し上げました台湾の唐飛という行政院長、首相でございますが、たしか半年でやめて、やはりハーバード大学の客員研究員になっている。同時に、学生、若い人、あるいはドクターコースに行くといったような人でやはり客員研究員あるいはビジティングフェローといったような形で来ておりますし、勉強する人、教える人、研究だけする人、いろいろなタイプの方がおります。したがって、私がどこに位置するのかということは、ちょっとにわかに申し上げられません。
 アジアセンターというのは、日本に限りませんで、中国その他、韓国、アジア全体の安全保障、もちろん経済、外交、そういった問題を取り扱うセンターでございます。
 ケネディ・スクールは、これはいろいろな部門がございますが、私が関心を持ったものは国際関係の部門でございます。
○今川委員 時間が参りましたので、これで終わります。
○瓦委員長 以上をもちまして秋山参考人に対する質疑は終了いたしました。
 秋山参考人には、御多用中のところ、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午前十一時三十六分散会
     ――――◇―――――
  〔本号(その一)参照〕
    ―――――――――――――
   派遣委員の宮城県における意見聴取に関する記録
一、期日
   平成十四年六月五日(水)
二、場所
   江陽グランドホテル
三、意見を聴取した問題
   安全保障会議設置法の一部を改正する法律案(内閣提出)、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案(内閣提出)、自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出)、安全保障基本法案(東祥三君外一名提出)及び非常事態対処基本法案(東祥三君外一名提出)について
四、出席者
 (1) 派遣委員
      座長 久間 章生君
         金子 一義君   熊谷 市雄君
         伊藤 英成君   首藤 信彦君
         赤松 正雄君   中塚 一宏君
         木島日出夫君   山口わか子君
         井上 喜一君
 (2) 現地参加議員
         萩野 浩基君   鎌田さゆり君
 (3)意見陳述者
     宮城県議会議員     村井 嘉浩君
     守屋木材株式会社代表取
     締役社長        守屋 長光君
     東北学院大学教養学部教
     授           遠藤 恵子君
     日本郷友会宮城支部長  佐久間博信君
     会社役員        横田 匡人君
     東北大学名誉教授
     専修大学法学部教授   小田中聡樹君
     宮城県護憲平和センター
     理事
     黒川郡護憲平和センター
     理事長         菅原  傳君
     宮城大学看護学部教授  山本真千子君
 (4)その他の出席者
     内閣官房内閣審議官   村田 保史君
     内閣官房内閣参事官   徳地 秀士君
     防衛庁長官官房審議官  横山 文博君
     外務省総合外交政策局安
     全保障政策課長     冨田 浩司君
     ――――◇―――――
    午後一時開議
○久間座長 これより会議を開きます。
 私は、衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会派遣委員団団長の久間章生でございます。
 私がこの会議の座長を務めさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
 この際、派遣委員団を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様御承知のとおり、当委員会では、内閣提出、安全保障会議設置法の一部を改正する法律案、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案及び自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案並びに東祥三君外一名提出、安全保障基本法案及び非常事態対処基本法案の審査を行っているところでございます。
 当委員会といたしましては、各案審査に当たり、国民各界各層の皆様方から御意見を承るため、御当地におきましてこのような会議を催しているところでございます。
 御意見をお述べいただく方々には、御多用中にもかかわらず御出席をいただき、まことにありがとうございます。どうか忌憚のない御意見をお述べいただきますよう、よろしくお願いいたします。
 それでは、まず、この会議の運営につきまして御説明申し上げます。
 会議の議事は、すべて衆議院における委員会議事規則及び手続に準拠して行い、議事の整理、秩序の保持等は、座長であります私が行うことといたします。発言される方は、その都度座長の許可を得て発言していただきますようお願いいたします。
 なお、この会議におきましては、御意見をお述べいただく方々から委員に対しての質疑はできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 最初に、意見陳述者の皆様方から御意見をお一人十分程度お述べいただきました後、委員から質疑を行うことになっております。なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、本日御出席の方々を御紹介いたします。
 まず、派遣委員は、自由民主党の金子一義君、熊谷市雄君、民主党・無所属クラブの伊藤英成君、首藤信彦君、公明党の赤松正雄君、自由党の中塚一宏君、日本共産党の木島日出夫君、社会民主党・市民連合の山口わか子君、保守党の井上喜一君、以上でございます。
 なお、現地参加議員といたしまして、自由民主党の萩野浩基君、民主党・無所属クラブの鎌田さゆり君が出席をされております。
 次に、各界を代表して御意見をお述べいただく方々を御紹介させていただきます。
 宮城県議会議員村井嘉浩君、守屋木材株式会社代表取締役社長守屋長光君、東北学院大学教養学部教授遠藤恵子君、日本郷友会宮城支部長佐久間博信君、会社役員横田匡人君、東北大学名誉教授・専修大学法学部教授小田中聡樹君、宮城県護憲平和センター理事・黒川郡護憲平和センター理事長菅原傳君、宮城大学看護学部教授山本真千子君、以上八名の方々でございます。
 それでは、村井嘉浩君から御意見をお述べいただきたいと存じます。

○村井嘉浩君 村井と申します。よろしくお願いいたします。

 本日は、有事法制関連三法案に関する意見陳述の機会をお与えいただきましたことに、心から感謝を申し上げます。
 私は、この法案をぜひ今国会会期中に成立させていただきたいという立場で意見を述べさせていただきます。十分間という大変短い時間しか与えられておりませんので、細かい点には触れず、大きな視点で論じたいと思います。

 私は、現在地方議員ですが、その前は自衛官として一等陸尉まで国防の任についておりました。自衛隊を退職するきっかけになりましたのは、PKO法案の制定の際に、国会で極めて瑣末な議論をしていたことに大変強い憤りを感じたからでありました。政治に不満があるなら、堂々と政治を訴えることのできる立場に立ちたい、そういう思いで政治家を志したのであります。

 幸いなことに、私が自衛隊を退職してから社会情勢の変化があり、テロ特措法や周辺事態安全確保法に代表されるような法律の整備がきちっとできる環境が整ってまいりました。しかし、こうした法律は、その時点の国際情勢等の求めに応じてつくられたものであり、常に後手後手の法整備になった感は否めません。最も重大で深刻な事態である有事についての対応が、そのような後手に回った対応でよいと考える人はいないでしょう。

 幾ら情報化が進んで国と国との際が低くなり、ボーダーレス化が進んだとしても、また、EUのように通貨が統合されてほぼ自由に国をまたいで行き来できるようになったとしても、それぞれの国家が消滅しないのは、国家の最大の役割が国民の生命と財産を守るところにあり、それぞれの国民が自身の国を必要としているからであります。

 ところが、日本人は平和になれてしまい、この国によってどのように自分が守られているのかといった点に気がついていないのが現状であります。中には、今回の法律の審議を通して、一体どこの国が攻めてくるのかといった意見や、今なぜ有事法制なのかといった疑問を露呈する方までいると伺っております。

 かのクラウゼビッツは、戦争とは他の手段をもってする政治的交渉の遂行とその著書の中に書いております。つまり、話し合いで行う交渉もあれば、武力で行う交渉もまた一つの政治的手段であると論じているのです。人間が国家を形成し、運営している以上、武力で国家間の交渉を行おうとする国が将来あらわれることも十分視野に入れておかなければなりません。これは、イスラエルとパレスチナの紛争を見ても明らかでしょう。

 このように、国家の最大の役割が国民の生命と財産を守ることにあるなら、常に最悪のシナリオを想定しておくことが国家として当然の姿であり、このようなことは議論する以前の問題であります。実際、日本以外のどの先進国も、必ず国家緊急事態の条項はあります。なぜ今なのかではなく、むしろ、なぜ今までなかったのかを問題にすべきだと思います。

 今回の有事法制関連三法案、つまり、武力攻撃事態対処法案、安全保障会議設置法の改正案、自衛隊法等の改正案は、平たく言えば、戦争や危機になったとき、国民と地方公共団体、警察、消防、自衛隊など国家全体がどう連携していくかをあらかじめ定めたチームワークのルールであります。

 有事に際しては、その対応について自衛隊が中心的な役割を果たすことから、有事法制は自衛隊の行動に関する法制だけだというように受け取られがちであります。しかし、ほかにも、日米安保体制の関係から日本を防衛する米軍の行動の円滑化を確保することや、国民の生命財産を保護するための法制も有事の際には必要であり、これらの法制が相まって我が国の独立と安全を守ることができるわけであります。こうした法整備が未整備だと、我が国に対する武力攻撃が発生した場合においては、国民の生命や財産保護などの規定がないために、国民の基本的人権がむしろ侵されることになりはしないかと私は考えております。

 有事法制は、人権と平和を守るためのものであり、それを国家が個人の人権や権利を制限したり抑圧するといった対立概念でとらえるべきではないでしょう。事実、武力攻撃事態対処法案の第三条、基本理念の中で、「日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならず、これに制限が加えられる場合は、その制限は武力攻撃事態に対処するため必要最小限のものであり、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われなければならない。」と明記までされております。

 また、周辺諸国に対しても、日本は有事の際にはこういうプロセスでこのように武力を行使するということを明示することによって、逆にそういうとき以外は武力を使わないということを内外に宣言することになり、シビリアンコントロールのもとでの武力行使を明言している今回の法案は、周辺諸国に安心感を与えるものになると考えられます。

 最後に、地方議会に身を置く者として、有事法制における地方自治体への対応に関する私見を述べておきたいと思います。

 マスコミ等でこの点に関してはいろいろな意見が出されております。中には、武力攻撃事態対処法が、「国民の生命、身体若しくは財産の保護又は武力攻撃の排除に支障があり、特に必要と認める場合」、地方公共団体の長等に対する内閣総理大臣の指示権を認め、これに地方公共団体が従わず実施できないときは、内閣総理大臣みずから、または関係大臣を指揮して所要の措置を実施させることができるという点に言及し、これが地方自治体が主体的に判断し対応するという地方自治の基本的な仕組みそのものを否定するものだと強く非難しております。

 しかし、三法案のうち、自衛隊法等の改正を詳しく読んでみますと、自衛隊法の改正ですが、この中には、防衛出動時、自衛隊の任務遂行上特に必要だと認められる業務、例えば医療、土木建築工事、輸送などに都道府県知事が従わなかった場合でも、都道府県知事に対し罰則は与えられないことになっておりました。武力攻撃事態対処法案における地方公共団体の長等に対する内閣総理大臣の指示権や所要の措置は、国民の生命、身体、財産の保護に特に必要がある場合で、かつ地方公共団体が従わない場合、つまり常識では考えられないような場合に限定した極めてまれなケースだと考えるべきであります。

 今後二年間で具体的な権限の行使についての法律の整備がなされるようでありますが、宮城県民の生命財産を守るためにも、具体的な拘束力のある法律を整備していただきたいと強く願うものであります。

 以上、かいつまんで私の意見を述べさせていただきました。

 こうした重要な法律が継続審議になったり廃案になれば、それこそ世界の笑い物になってしまいます。国会議員の皆様は、日本の代表だという認識を持っていただき、三法案の早期制定に取り組んでいただきたいと強くお願いを申し上げ、私の意見陳述といたします。

 御清聴ありがとうございました。


○久間座長 どうもありがとうございました。
 

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