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記者の目:ヤケ容疑者の家族を訪ねて=藤原章生(メキシコ市支局)
◇憎しみの視線を広げるな−−試される日本民主主義
広島市の女児殺害事件を受け、11月末から12月にかけペルーで取材を続けた。ホセ・マヌエル・トレス・ヤケ容疑者(33)の生い立ちを探るのが目的だった。これを課せられたとき、二つの点で気が重かった。
一つは容疑者の家族に会わねばならないことだ。自分の息子や弟が外国で罪を犯した。その時自分ならどう対応するだろう。「本当に申し訳ない。遺族に深い哀悼の意を表したい」。トレス・ヤケ容疑者の父親や姉の言葉以上の何を語ることができるだろう。身内がそのような暴力性を秘めていたことへの責任の一端は自分にあるのか。育て方に問題があったのか。自問は生涯続くだろうが、それに対する答えを安易に語ることなどできないだろう。
日本の記者は多くのペルー報道陣のように自分が得た情報をみだりに漏らさない。それに他の報道を信用していない。必然、家族には同じ質問が何度も浴びせられる。このため、出遅れた私が現地を訪ねたとき、家族は疲れ果てていた。それでも、彼らは誠実に応じた。父親は涙を流しながら握手を求め「落ち着いたらあなたに心境を書き送る」と語り、姉は「来てくれてありがとう」と日本語で私をねぎらった。
もう一つ気が重かったのは、トレス・ヤケ容疑者の素行や足取りを報じれば報じるほど、彼の出身国、ペルーの印象を悪くする危うさだ。すでに日本には、日系人を中心に5万5000人を超すペルー人が暮らす。ポルトガル・スペイン語の週刊紙を発行するインターナショナル・プレス社(東京)のルイス・アルバレス編集長をはじめ私には日本にペルー出身の友人がいる。
「組織を重んじる日本の文化は、ペルーと違い窮屈だ。2〜3年で帰る」。来日当初そう話していた彼らだが、子供が日本語で学び自らも日本になじむ中、10年もすると落ち着いた。どの民族にも良い面、悪い面がある。少なくとも私が知る在日ペルー人は二つの国の良い面を兼ね備え、日本の一部となっている。それがたった一人の凶行で「ペルー人は大丈夫か」という極論を生みだしかねない。
民主主義を、少数派の権利、意見が社会に反映される政治形態と解釈すれば、日本はまだ十分に成熟しているとは言えない。オウム真理教の関係者の子供が一部学校への入学を拒否されたり、外国人であるがため賃貸を断られるといったことを側聞すると、なおさらそう感じる。
容疑者が育った町グアダルーペに話を戻そう。トレス・ヤケ容疑者は裁判に持ち込まれただけで92年と94年に女児に対する強姦(ごうかん)、強姦未遂事件を起こしている。それ以外にも未告発の少なくとも1件の暴行事件があり、この時女児を妊娠させたという。叔父たちに聞いた情報を確認するため被害者の姉を訪ねると、彼女は「そんな男は知らない」と憎しみをあらわにした。
トレス・ヤケ容疑者が生まれ育ったグアダルーペはのどかな半砂漠の町だ。目が合えば誰もがほほ笑み返す、のんびりした雰囲気がある。
13年前に娘を犯された電話局職員、エステラ・メンドーサさん(42)が取材に付き合ってくれた。その時偶然、トレス・ヤケ容疑者のいとこの男性が目の前を通った。容疑者への憎しみを募らせる彼女はこんなことを言った。「あの人、あの男のいとこよ。でも彼はまじめでとてもいい人」
犯行はあくまで個人が起こしたもの、と考えようとしているのだ。13年前の犯罪では、家族がかくまったという声もあるが、家族のきずなの深いラテンアメリカでは、更生を願って身内を逃がすのは珍しくない。そこには「刑務所に入れば、更生どころか服役後、もっと悪くなるのが現実」(ラリベルタ地裁の判事補)という側面もある。
法務省は、主に中南米の日系人を対象にした定住ビザの発行、入国審査を厳しくするという。大事なことだが、数千ドルも出せば出生証明からパスポートまで買え、新しい人間に生まれ変われる。そんな日本の外の現実を改めるのはたやすくない。「パスポートがあれば犯罪歴なしとみなすしかない」と在リマ日本領事館の担当者が言うように受け入れ側にも限界がある。
彼のような人物はグアダルーペでも極めてまれで、それを環境や家族、国籍に帰することはできない。杉浦正健法相は今月9日の閣議後会見で「大部分の日系人はまじめに働いており、それだけで疑いの目で見られることはあってはならない」と述べた。これが日本の大勢の意見であってほしいと思う。「犯罪は個人の問題」とみるメンドーサさんの姿勢に学びたい。
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毎日新聞 2005年12月20日 東京朝刊