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◆ネーミングの考え方■
○‥‥生活の延長として、それでも殊更に「気象」を眺めるとき、
それに名前が無い漠然とした状態が如何に不便か。
しかし“特殊な用途で”人工的に造られた「気象」には
一体どのような名前が有るのでしょうか。
誰も当の「気象」の名前を主張せず、教えてなどしてくれようもなくて、またそれが新しい
「気象」であること(そういう区分)さえも、
(そして暗示的にすら)知らせて(知らされて)いなければ。
仮説1‥‥「結果として派生した気象には、未だ名前が無いかもしれません」
仮説2‥‥「何らかの理由で隠したい気象を名付けてみせたり、そうすることで
存在として意識・注目させるというのは少々考え難い行為ですね」 (体系隠し)
したがって、ここで新しい概念を提出するほうが権威的なのかどうか、ということにもなるでしょう。
【概念を「設定」することよりも設定した概念を明確にしない(または明確でない)こと】のほうが、
権威的なのではないでしょうか‥‥決めることが問題なのかどうか。
それに概念を決める人を選ぶ(そうでない、他の人を除いて委ねる)とき、
「これまで決めてきた人に」さらに決めてもらうというのも一種の「権威
主義的」態度なのかもしれないのですね。