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実は、相対論が陰謀であるとすると、そこには、こういう意図が潜んでいると思われる。
・・・以下の様に仮想を連ねてみる。
“まず左翼(相対主体)は、社会の改革をするのであって
社会を解体するわけではない。あくまでも社会の枠組みは維持したいのである。
ところが社会を再構築する(意思というよりも権威・・・過剰信用による「委任」を
ビジョンの方へと取り纏める)にも、そこには必ずといってよいほど、少数派たる例外を生じてしまう。
これを排除する方法は唯一つ。そもそも“絶対というものは無い”のだから
「全員一致」までは望まない、とすることである。このとき控えの間から自明の基準として登場するのが
「過半数」および「大多数」という概念であるが、もとより頭数の多少と真偽の程度(確率)とを
対応させることは論理の飛躍なのである。まして後者の「大多数」なる形は分節点ですらも
定かではないのだ。つまり相対論は須らく員数主義に結びつく(結びつけられる)。
というより即ち、相対論をば「例外捨象のシステム」として機能させたいのである”
そうすることで、実は「大多数」による「人数社会または社会」それ自体も、さらには
“左翼”にも“予定説”にも不可欠であろうところの「歴史」そのものの成立が
保証される事に成るのであろうから。
さて・・・日本語圏への陰謀研究家向けの限定的流布を(日本語誌として)
担い、見事果たしたのがムーだったとして、ここでは・・・
それ以上の過分な喧伝をする媒体が、阿修羅とならないように、
そして、ケムトレイル情報が左翼には
扱いにくい情報形態であるようにと冀いたいわけ
である。