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2次画像には、漠然と2つの意味を感じますね。
一般に広告として晒された絵柄は、例えばウェブ上で提供者の権利に
抵触する形でデジタルコピーする形態ではなく、
街頭と同じ意味で、PCモニターの撮影という手法がありうるでしょう。
PC内容の複製をするのではなく、PC外形に露出した映り込み
情報をそういうものとして撮るというのですね。
(PCの形式[箱]と内容[像]の交錯は、モニターアーティストの
自家薬籠中のものだったと思います)
今日は強制広告の話が、表キュウリ板で語られているようですが
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/5109/1144195809/16)、
広告はじっさいには、一方的なだけのものではないと思います。
また制限的に双方向的というのみに留まらず、使用の面では自由に
2次利用できるのだと思うのです。公衆の面前に晒された風景として。
風景と自由を活用して、そこに含まれるサイン/シンボル/アイデンティティ
およびメッセージ・エフェクトを読み解くとともに、意図を暴露して、
作用の一部を押し返すという意味の反広告の2次画像とでもいうのでしょうか。
ケム広告(何らかの意図でケムを含む広告、
一般には雲等等が映りこんだ画像を用いたもの)の
場合には、いかに無頓着に、あるいはケム本源の
権勢戦略的に(諜報補完)、もしくは審美素材として、
社・民に逞しく消化されて利用されているか、ということですね。
しかも、提供者サイド内でのケム利用や内的な2次
(広告)利用という逆の意味にもなりま
しょう。そしてそれを撮るという、あるいは(これもまた、たまたま
撮ってしまうというかたちで)、第2種の2次画像
段階が成し遂げられるのですね。