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(回答先: 「ドロボーの論理だ」3連発はどうでしょう? 投稿者 考察者K 日時 2006 年 1 月 15 日 07:21:38)
ある事例に対する個別の主張(議論)と、「「全ての二元的論思考は正しい」と強弁に近い主張」をすることとはまったく違います。
これは小学校レベルの論理でしょう。
個別における論証の論理と、ある論理が「すべて」に通用すると考えることとは、全然違う事柄ですよ。
そこを混同しているのでは、話になりませんね。
>この時の南青山さんの投稿態度は「ドロボーの論理=悪」を前提にした。
>「思考する価値すらない事」という強弁論法になっている。とKは判断しています。
「ドロボーの論理=悪」を前提にしたことで、Kさんの議論が「思考する価値すらない事」と結論づけることが、どうして「「全ての二元的論思考は正しい」と強弁に近い主張」をすることになるのですか。
前者は個別の論理についての議論であり、後者は一般論についての議論です。
個別の論理の主張を一般論としてとらえ、批判すること、これこそ強弁であり、詭弁です。
もし議論するなら、最初の「ドロボーの論理=悪」を前提とすることの可否を問うべきでしょう。
しかし、Kさんは、「全ての二元的論思考は正しい」と(何の論証もなくむりやり)一般論化して、(そもそも誰もそんなことは主張していない)「全ての二元的論思考は正しい」かどうかを議論しようとしている。
しかも、その無理やり一般論化した上での、二元論的思考についての議論は非常に粗雑です。
小生は、著作権問題における小生の「ドロボーの論理=悪」の議論するなら、最低、著作権法を一読すること、およびこれまでの著作権とその周辺の話題に関する議論をざっと見ておかなければ、実りのある議論にはならないと言っているのです。
著作権およびその周辺の議論は、その頃の書き込みでも紹介したように、なかなか複雑でいろいろな考え方が錯綜しています。
Kさんのその場の思いつきの議論では、正直なところ話になりません。
ともあれ、個別の議論を、Kさんの思いつきで適当に一般論化し、それを第三者の主張にするのは(あっしらさんもずいぶん怒っていましたが)止めにしていただきたい。
言っておきますが、小生はそのような粗雑な一般論化はほとんどしたことがありません。
もし小生の主張で、Kさんにそのように見えることがあるとしたら、著作権問題のときのように、一般的に(社会的に、ある分野で、ある業界で、ある学会で)おおむねその議論の結論が出ている場合です。
小生の個別の議論をもう少し膨らませて普遍的な議論にしていただくのは一向にかまわないのであり、小生はそうしたことが議論の深まりであり、(阿修羅のような場で議論することの)楽しみと考えています。
しかし、Kさんの場合は、深く関心を持っている分野は別として、多くの場合、粗雑な一般論化や別の議論の転用が進むだけで、論理が破綻すると、「この場を去ります」の決め台詞で退場する、ことの繰り返しのように思えます。