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(回答先: なんとなくわかるのですが、ミスコンについて一言。 投稿者 東京音頭 日時 2006 年 1 月 13 日 01:12:27)
>東京音頭さん どうもです。
子を捨てる親については、例として問題はあるでしょう。基本的には「いかなる理由があろうとも子を捨てるのは悪い事でしょう」しかし「それは共に生きていく」という点が前提にもなっています。無理心中か?捨てるかの究極の二者択一という場面では「捨てる事の方がマシ」という事も考えられはしないか?という思考の方法を提示はしましたが、捨てるのが正しいとも言えないでしょう。本来ならば「無理心中せざるおえない状況」という背景に切り込むべきでしょうが、あくまで例であり、前に「殺人(戦争の殺人なら英雄)」は取り扱ったので極論として取り扱っただけです。ご了承下さい。
問題はミスコンです。
東京音頭さんはミスコンに拒否感を抱いているようですが、多分ですが、それは「好き嫌いの感情」だろうと思います。
人間には誰にでも得手不得手があります。男尊女卑の考え方の歴史の中で「女性を物として扱うという風潮があり、それがミスコンになった」という背景が考えられますが、世界には男性女性の性別があり、どちらかと言えば「男性は肉体労働をするのが得意」という背景があります。
ヨン様・キムタク・マツケンではありませんが、女性だって「異性に惹かれる」という部分はあります。
人間として生きていくために「力に自信のある人は力で」「知性に自信のある人は知性で」「美貌に自信のある人は美貌で」それぞれ勝負したいというのは当然の考え方でしょう。
Kは「ミスコンに嫌悪感を持つ人がいるから規制」するのなら、それは間違いだろうと思っています。規制をするのなら「正当なマイナス要因の提示」があるべきでしょう。
「人間の努力の部分は評価されるべきだが、もって生まれた美醜で差別すべきではない」という考え方がありますが、知的才能だって、肉体的スポーツ能力だって「生まれ持った才能によるところが大きい」のです。個人が一番手っ取り早く処理できるのが「美醜(整形)の処理」という場面もあるでしょう。Kは整形を是認するわけではありませんが、「バカな男性が、美醜に拘るのなら、誤魔化せば良いのです」
事務能力に長けている人は事務で勝負する。のと「ミスコンに出て人生の転機をはかる」のは、両方とも個人の価値観でしょう。その事に自信のない人が「自分に可能性(才能)がない」という理由でもって、その方法論を否定するのだとすれば、そのは間違いでしょう。
また、思想的な背景には「人権派もしくは女性の地位向上」面からの刷り込み的な作られた考え方というのがあるのですが、Kに言わせれば「自分の都合で作成された詭弁」とも考えています。
どのような才能(美貌であっても)で自分の人生を良くするチャンスはあっても良いはずでしょう。
ただしKに見落としが無いとは限りません。ミスコンが行われる事によって「それに拒否感を持つ人の感情」という部分以外のマイナス的な実質的損害が生ずるのなら、撤回はしないとは言いません。しかし、今の社会(資本主義経済)において、活性化とかのプラス面を超えるマイナス要因であることが納得できればになります。
時間切れです。