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(回答先: Re: 生産手段の所有とは何か? 投稿者 如往 日時 2005 年 12 月 09 日 06:01:07)
如往さん、ありがとうございます。
ご指摘いただきました2005年3月24日付の如往さんの投稿に対して私はあまり考察できていなかったようです。遅ればせながらこれからやっていきたいと思います。
問題は2つあると思われます。
1 生産手段の所有をめぐる問題
2 何を生産するのか(何を消費するのか)の問題
私の最近の論は2が重要であって1は従たる問題であるという主張です。
確かに世界規模で資本を独占しようという少数者に対して労働者の多くが生産手段を所有する事は1つの革命と言えましょう。
しかし、それは労働者が小ブルジョアジーになる事だと思います。
資本主義の歴史は市場が形成され小ブルジョアジーが誕生し、市場内競争によって大ブルジョアジーが生まれてきたという歴史であると考えます。
大ブルジョアジーは金に物を言わせて全てをますます支配する傾向にあります。
ブッシュ政権誕生以降の流れは巨大資本がますます肥え太るという経過であったと思います。もちろん、この流れは資本主義誕生の時点から営々と築き上げられてきた流れですが。
この流れに対して没落小ブルジョアジーが抵抗するという事も度々行われてきました。
労働者に小ブルジョアジーになるように勧める運動も小ブルジョアジーの巻き返し路線の一環であると考えます。
革命派はこの大ブルジョアジーに対する小ブルジョアジーの抵抗に最大限共闘し革命を成し遂げなくてはなりません。
従いまして「労働者が生産手段を所有する。」という事と「消費者がさらにその上から生産を管理する。」という事を同時に行うべきと述べるべきでした。
「労働者の生産手段の所有」か「消費者による生産の管理」かという二者択一の問題設定自体が間違っておりました。
同時と言いますか重層的に行うべき事でした。
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生産諸手段の、類(共同体)的個人的領有[=共有に基づく個人的所有]
http://www.asyura2.com/0411/dispute20/msg/638.html
投稿者 如往 日時 2005 年 3 月 24 日 03:19:05: yYpAQC0AqSUqI
(回答先: グローバル資本に対抗する地域資本です。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 3 月 22 日 21:20:35)
【如往さん】
ワヤクチャさん、お久しぶりです。
NJさん、こんにちは、はじめまして。
お二人のやり取りの中で気にとめた箇所について簡単にコメントをしてみましたので、ご笑覧ください。
【NJさん】
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>「テロとの戦争」って、もしかしたら、将来の貧困層が富裕層に抵抗することを自ら禁じるよう誘導される中、グローバリズムがこのまま進行して、世界中が、一握りの富裕層と、大多数の貧困層に、二極分化した時にも、有効に機能する最強のプロパガンダなのではないかしらん。その時、治安がより不安定化するのは、一握りの富裕層に富を集中させる政策から来る当然の結果なのに、富裕層が大多数の貧困層を抑圧することを「テロとの戦争」つまり治安維持、の名目で正当化するでしょうし、内乱が生じれば生じるほど、武器を提供する軍産複合が利益を得て、その体制はより磐石となる。
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【如往さん】
「テロとの戦争」という大義を梃子にしたグローバル化の推進による富裕層と貧困層の分化は単なるプロセスであり、やがてその延長線上には生産手段を持つ者と持たざる者との二極分化、すなわち自力生存のための手段を持つ者と持たざる者とが隔絶化した世界が現出すると推察されます。おそらく、「共生」という理念でさえもかかるプロセスの進行に伴う軋みを幾分か緩衝するものでしかないでしょう。しかし、世界の諸問題に立ち向かうためには、こうした認識は最低限必要であると考えています。
【ワヤクチャ】
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>資本というものが世界資本として一極集中する事に対抗しなければなりません。資本とは生産手段であり、1人の人間が世界の資本を独り占めしようとしているのですから、なるべく分散して所有するような運動が必要です。「資本はどれも同じ。」ではありません。協同組合とは資本の分権化のシステムなのです。地域協同組合が必要なのです。
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【ワヤクチャ】2005年12月10日
労働者が個人的に生産手段を所有するのではなく協同組合が生産手段を所有し生産を消費者が管理する事によって<自然・消費者・労働者>の3者に敵対的な生産を抑制するという方法です。
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【如往さん】
近代経済社会では「資本」=「生産手段」という図式が成り立っていると考えます。したがって、「資本家」=「生産手段の所有者」に、さらには生産手段を所有しない賃金奴隷、それが現代の労働者の様態を示していると云っても過言ではないでしょう。
ところで、奴隷であらぬことは生産手段を所有していることと限りなく同義です。そして、これを市場経済社会の中でどのように普遍化していくかが、富裕層であらぬ我々が取り組むべき課題であるでしょう。今日、国家的もしくはGemainshaftのレベルでの実験はほぼ失敗に終わり、その萌芽も殆ど潰えたかのように見えます。もちろん、地域共同組合やワーカーズ・コレクティブ等の実験は継続されていますが、何れも限定的なものでなかなか拡大の方向には至っていません。
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【ワヤクチャ】2005年12月10日
生活協同組合は出資金を消費者が出し、その出資金で運営していく組織です。金は言うまでもなく生産手段の1形態です。生活協同組合は市場経済の中にあって既存の資本に対抗する形で形成されていくのです。ここに生産手段の所有権の分散化の機能があるのです。
済みません。
昨日は私の職場の忘年会があり、夜中の3時までカラオケで騒いでおりまして今猛烈に睡魔が襲ってきました。
思考力も減退してきましたのでここらでやめておきます。
<以下は次回にレスさせていただきます。>
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そこで、私はGesellshaftにおける実験を繰り返し推進していく以外に隷属の状態から開放される道は無いのではと感じています。例えば、企業に属する者で役員ではない限りは誰もが生産手段を所有しない賃金奴隷であり、成員の大部分は必然的に問題解決の当事者であり得ます。幸いなることに、現代の企業社会では株式の所有によって生産手段の所有を可能にしています。ただし、日本の商法では従業員の持株比率はまだまだ僅少に規定され、生産手段を使用して産出される利益分配に関する権利行使を主張できるほどの影響力を有していません。かかる問題解決のためには会社法の改定も視野に入れて株式の最大限の獲得を図り、先ずはGesellshaftにおける「生産諸手段の、共有に基づく個人的所有」を実現してゆかねばならないと考えています。
尚、標題に関係するものとしては、私の横レスにたいしあっしらさんが回答してくれたものがありますので、参考にしていただければ幸いに存じます。
また、会いましょう。
<参考スレッド>
「あっしら」考+γ( こちらが“正”です) 投稿者 如往 日時 2002 年 11 月 06 日 02:50:29:
http://www.asyura.com/2002/dispute3/msg/752.html
共有と個人的領有 投稿者 あっしら 日時 2002 年 11 月 08 日 00:12:12:
http://www.asyura.com/2002/dispute3/msg/774.html