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幸徳秋水 4
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自由党を祭る文 (1900年8月)
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歳は庚子に在り八月某夜、金風淅瀝として露白く天高きの時、一星忽焉として墜ちて声あり、嗚呼自由党死す矣、而して其光栄ある歴史は全く抹殺されぬ。
嗚呼汝自由党の事、吾人之を言うに忍びんや、想うに二十余年前、専制抑圧の惨毒滔々四海に横流し、維新中興の宏謨は正に大頓挫を来すの時に方って、祖宗在天の霊は赫として汝自由党を大地に下して、其呱々の声を揚げ其円々の光を放たしめたりき、而して汝の父母は実に我乾坤に磅はくせる自由平等の正気なりき、実に世界を振蘯せる文明進歩の大潮流なりき。
是を以て汝自由党が自由平等の為めに戦い、文明進歩の為め闘うや、義を見て進み正を蹈で懼れず、千挫屈せず百折撓まず、凛乎たる意気精神、真に秋霜烈日の慨ありき、而して今安くに在る哉。
汝自由党の起るや、政府の圧抑は益々甚しく迫害は愈よ急也、言論は箝制(かんせい)せられたり、集会は禁止せられたり、請願は防止せられたり、而して捕縛、而して放逐、而して牢獄、而して絞頸台、而も汝の鼎钁(ていかく)を見る飴の如し、幾万の財産を蘯尽して悔いざる也、幾百の生命を損傷して悔いざる也、豈是れ汝が一片の理想信仰の牢として千古渝(か)う可らざる者ありしが為にあらずや、而して今安くに在る哉。
汝自由党は如此にして堂々たる丈夫となれり、幾多志士仁人の五臓を絞れる熱涙と鮮血とは、実に汝自由党の糧食なりき、殿堂なりき、歴史なりき、嗚呼彼れ田母野や、村松や、馬場や、赤井や、其熱涙鮮血を濺げる志士仁人は、汝自由党の前途光栄洋々たるを想望して、従容笑を含んで其死に就けり、当時誰か思わん彼等死して即ち自由党の死せんとは、彼等の熱涙鮮血が他日其仇敵たる専制主義者の唯一の装飾に供せられんとは、嗚呼彼熱涙鮮血や丹沈碧化今安くに在る哉。
汝自由党や、初めや聖賢の骨、英雄の胆、目は日月の如く、舌は霹靂の如く、攻めて取らざるなく、戦いて克(かた)ざるなく、以て一たび立憲代議の新天地を開拓し、乾坤を斡旋するの偉業を建てたり、而も汝は守成の才に非ざりき、其傾覆は建武の中興より脆くして、直ちに野蛮専制の強敵の為めに征服せられたり、而して汝が光栄ある歴史、名誉なる事業今安くに在る哉。
更に想う、吾人年少にして林有造君の家に寓す、一夜寒風凛冽の夕薩長政府は突如として林君等と吾人を捕えて東京三里以外に放逐せることを、当時諸君が髪指の状突然目に在り忘れざる所也、而して見よ今や諸君は退去令発布の総理伊藤侯、退去令発布の内相山県侯の忠実なる政友として、汝自由党の死を視る路人の如く、而して吾人独り一枝の筆、三寸の舌のみあって、尚お自由平等文明進歩の為めに奮闘しつつあることを、汝自由党の死を吊し霊を祭るに方って、吾人豈に追昔撫今の情なきを得んや、陸游曾て剣閣の諸峯を望んで、慨然として賦して曰く、「陰平窮冦非難禦、如此江山坐付人」嗚呼専制主義者の窮冦禦ぎ難からんや、而も光栄ある汝の歴史は今や全く抹殺せられぬ、吾人唯だ此句を吟じて以て汝を吊するあるのみ、汝自由党若し霊あらば髣髴として来り饗けよ。 (万朝報 一九〇〇年八月)
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暗殺論 (1901年6月)
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暗殺を罪悪なりと云うは、猶お糞尿を臭穢なりと云うに同じ、何人も決して異存あることなく、之を論ずるの必要だもなし、然れども糞尿は元と人体組織の上に於て已む可らざるの結果に出で、如何に其臭穢を嫌うも、止めんとして止む可らず、吾人は恐る社会が暗殺者を生ずるも、亦た如此きの勢いに非ざる乎。
戦争は悪事也、吾人は速かに戦争なきの時代に到達せんことを希う、決して之を奨励すべきに非ざる也、然れども現今の社会組織に於ては、時に或は戦争という悪事を行うの外自国の冤枉(えんおう)を伸べ、自国の屈辱を免れ、自国の権利利益を保全すること能わざるの場合あり、而して道徳が此場合に於ても猶お戦争を悪事なりとて排斥する程に進み居らず、国際公法が戦争に依らずして列国の幸福権利を保全し得る程の能力を有し居らざるの間は、戦争は遂に已む可らざるの勢也、戦争遂に已む可らざる勢なりとせば、単に其罪を軍人に帰し、彼等を目して凶漢と呼び怯懦と称し爛舌禿筆すと雖も、吾人は寸毫の功果なきことを知る也、今の暗殺者の出づるを防止せんとする者、亦実に之に類するなき乎。
同盟罷工は不良の事也、其之を奨励すべからざるや勿論也、然れども時に或は労働者が此不良の手段に依て、其困迫と窮厄を脱するを得るの場合あり、今日の経済組織が労働の価を以て需用供給の法則に準拠せしむるの間は、若くば一般労働者が餓死するも猶お不良を為さずという夷斉的人物となるに非ざるの以上は、同盟罷工は遂に止む可らざるの勢也、同盟罷工遂に止む可らざるの勢なりとせば、単に其罪を労働者に帰し、彼等を目して凶漢と呼び怯懦と称し爛舌禿筆すと雖も、吾人は寸毫の功果なきことを知る也、今の暗殺者の出づるを防止せんとする者、亦実に之に類するなき乎。
国際公法が国際間の紛議を判決するの能力なきが如く、経済組織が資本家と労働者とを調和すること能わざるが如く、個人若くば党派の行為に就て、社会の法律も良心も全く其是非利害を判断し、及び之を制裁するの力を喪失することあり、若くは喪失するに似たることあり、而して此社会の判断と制裁とに絶望したるの人、或は隠者となり、或は狂者となり、或は自殺者となり、或は暗殺者となる、暗殺は誠に罪悪也、然れども彼をして絶望せしめたるの社会は一層罪悪に非ざる乎。
然り彼等は個人若くは党派の行為に対する社会の判断と制裁の力なきに絶望して、自ら社会に代って、此判断と制裁とを行わんとする者也、故に其胸中一点の私を挟むことなくして、其意見は社会多数の意見に準拠して自家の向背を定むるの傾向あるは、争う可らざるの事実也、吾人は総ての暗殺者が如此くなりとは言わず、彼等は虚名の為めにするもあり、発狂の為めにするもあり、私怨の為めにするもあり、猶お非義の功名の為めに戦争し、不法の利慾の為めに同盟罷工する者あるがごとし、然れども真に当時の社会に絶望して、之を以て社会惟一の活路となせるの暗殺者は、明らかに多数民生の味方たらずんばあらず、畏れ多けれども仲大兄皇子は蘇我入鹿の暗殺者にて在(いま)しき、日本武尊は川上梟師の暗殺者にて在しき、彼等豈暗殺の常軌に逸するを知らざらんや、唯だ当時社会の法律も良心も、之に向って何等の制裁をも加うる能わざるを見て、自ら社会に代らんと信ぜし也、而して入鹿を斃し、梟師を討って、社会多数の意見也と信ぜし也、果然天下は此暗殺に対して手を拍(うっ)て快と称したりき、然り当時の法律、当時の道徳、当時の社会組織に在って此挙あること、已むを得ざるの勢にして、人力の到底遏止(あっし)し得可からざる所、寧ろ天意とも云う可かりし也。
然らば則ち明治今日の暗殺は如何、暗殺は到底跡を絶つの途なき耶、吾人別に説あり、明治今日の時代も、亦実に社会が、個人若くば党派の行為に就て、正当の判断及び制裁の力を失せるの時代也。
星亨遭害の一事に見よ、彼にして果たて正人君子なりしとせん歟、此正人君子を目して、公然盗賊と罵り悪漢と呼ぶの言論は、正に社会が之を非として十分の制裁を加えざる可らざるの所に非ずや、而も社会は之を判知し之を制裁すること能わざりし也、之に反して星にして果して悪漢盗賊なりとせん歟、社会は速に之が宣告を下して、決して彼の公人として立つことを許す可らざるの所に非ずや、而も社会は判知し、之を制裁すること能わざりし也、世人既に社会の判断を得ること能わず、既に社会の制裁を期するを得ず、社会に絶望するの極は、唯だ自家の見て以て社会多数の福利なりと信ずる所を断行するの外なしと思惟するに至って、即ち暗殺者は出づるに非ずや、而して彼れ暗殺者も固より其暗殺の悪事たるを知れる也、然れども彼は之を無能力の社会に放任して、多数の福利の残害を傍観するは、暗殺より大なる罪悪なりと為せる也、是れ豈に古の殉道者(マーター)の心事に非ざる乎。
故に吾人は信ず、星の遭害は星彼自身の行為も一因ならん、伊庭の愚なるも一因ならん、新聞紙の言論も一因ならん、而も彼等をして此に至らしめたるの根本的大原因は、実に社会が其判断と制裁の力を喪失せるに由らずんばあらずと。
社会が判断と制裁の力を喪失せるは、其腐敗堕落の膏こうに入れば也、彼等は公義を知らざる也、公益を見ざる也、有る所は唯だ自己一身の利慾のみ、権勢のみ、彼星なる者の為す所、自己に利なれば則ち之を誉めんのみ、自己に不利なれば即ち之を罵らんのみ、如此にして何の判断、何の制裁あることを得んや、絶望者の出づる実に已むべからざる也、吾人は恐る、社会の腐敗堕落が今日の勢にして滔々底止する所なくんば、独り一の暗殺者を出すに止まらずして、将来多くの虚無党を出し、多くの無政府党を出すに至るやも、未だ知る可らず、是れ猶お腐敗せる食物を食うて、急劇の下痢を催すが如きのみ、寒心す可らずや。
夫れ然り、単に軍人を罵るは戦争を防止する所以に非ざる也、単に労働者を責むるは同盟罷工を防止する所以に非ざる也、単に暗殺者を攻撃するも、今日の社会の腐敗堕落を救治し、其判断と制裁との力を恢復するに非ざるよりは、豈に能く暗殺の迹を絶つことを得んや。
然らば則ち腐敗堕落を救治する如何、他なし今の経済組織を根本的に改造して、衣食に於ける自由競争を廃滅するに在り、而して生活の困苦を除去して金銭崇拝の気風を掃蕩するに在り、而して万民平等に教育を受くるの自由を有して、社会的智徳を増進するに在り、而して万民平等に参政の権を有して、国家社会の政治法律を少数人士に特占せしめざるに在り、換言すれば則ち近世社会主義の実行に在り、社会主義にして能く実行せらるるを得ば、社会は聡明の判断と、有功なる制裁の力を有するを得て、暗殺の罪悪は自ら迹を絶つことを得るに至るべし、是れ経世の君子宜しく三思すべきの所に非ずや。 (万朝報 一九〇一年六月)
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無政府党の製造 (1901年9月)
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米国大統領が無政府党の為めに殺害せられたるの一事は、我国民に取りて尤も殷鑑と為すに足る者あり、何となれば我国の社会も今や熾んに無政府党製造の準備に汲々たれば也。
吾人は姑(しば)らく無政府主義の是非を論ぜざる可し、但だ此主義を生じ、此凶悪の手段を弄せしむる所以に至っては、其責別に帰する所無くんばあらず、或は曰く、彼等は迷信也、或は曰く、彼等は狂気也、或は曰く彼等は功名心の為めなりと、然り迷信もあらん、狂気もあらん、功名心もあらん、然れども彼等をして爾(しか)く広大なる団結をなし、爾く堅固なる秘密を保ち、爾く大胆凶悪の手段に出でて悔いざるまでに迷信ならしめ、熱狂せしむる所以を思う、豈に一大有力なる動機の彼等を駆る者あって然るにあらずや、有力なる動機とは何ぞや、今の国家社会に対する絶望是也。
今の国家社会の組織が、一般人類に対して何程の福利を与え居れるやは、実に疑問也、政治の自由、学術の進歩、器械の発明、資本の饒多、生産の増加は、皮相より之を見れば、一般人類の生活をして、古へ封建時代の王侯よりも、更に大に幸福ならしむべき道理なり、幸福ならしめたる筈也、而も実際は之に反せり、世は益すせち辛くなれり、罪悪は益す多大となれり、西人は曾て矯語すらく、議会は租税を増加するの具也と、租税を増加するの具は人民の為めに何の必要ぞや、政治も学術も器械も資本も生産も、唯だ王侯を利し富者を利し官員を利し軍人を利して、一毫一般人類を利せずとせば、現時の国家社会に対する多数の絶望者を出す、已むを得ざるの勢いに非ずや。
這箇の現象は独り無政府党のみならず、各階級の人士も亦之を認めたり、之を認むるが故に、労働保護の論も起れり、万国平和の議も唱えられたり、共産主義も説かれたり、社会主義も運動せられたり、是れ等皆猶お大に光輝ある希望を前途に抱いて、今の病的現象を救治せんとする者也、無政府党も其初めや亦斯の如くなりき、而も国家社会の堕落と罪悪と生活の困難とが日を追て激甚なるに見て、彼等は遂に前途の希望を放棄せり、彼は全く絶望者となれり、世に絶望者程勇気なるはなく、大胆なるはなく、兇猛なるはなし、仮に彼等の兇行を以て功名心に出たりとするも、彼等は此兇行に依るの外、功名を得るに途なしと思惟する迄に絶望せるなり。
鼠と古綿の多き所には、黒死病は多く伝染せらる、国家社会の不潔にして、絶望という鼠と古綿と多き所には、無政府党という病菌は多く入り来る也、是を以て無政府党は欧州大陸に多かりき、而も社会制度の改革に多く心を用いたるの英国には、其害甚だ猖獗ならざるを得たり、今や米国亦此兇行を見るに至る、是れ無政府党の害毒蔓延の恐る可きを知ると同時に、一面に於て米国近来の政策が如何に無政府党の伝染を誘致せんとするの傾向あるかを、想うに足らん。
而して我日本に見よ、我日本の首府、議会、政党、教育、経済、宗教は、如何に我一般国民の利福を増進しつつある乎、吾人は華族の増加を見たり、吾人は御用商の暴富を見たり、吾人は軍人の光栄を見たり、而も一般国民は時々刻々に厭倦(えんけん)しつつあるにあらずや、窮困しつつあるにあらずや、厭倦窮困、是れ実に彼の恐る可き絶望に向て一歩一歩を近づきつつあるものに非ずや。
例えば鉱毒被害地の人民に見よ、小金ケ原開墾地の人民に見よ、彼等の窮苦や、厭倦や、忍耐や、今や殆どその極度に達せる也、二三人士の同情の外は、国家社会は全く彼等を見捨てたる也、彼等の絶望者たらざる真に一髪のみ、彼等の無政府党たらざる、真に一髪のみ、一事は以て万事を推すべし、独り彼等ということ勿れ、彼等に対して爾く冷酷なるの社会は、有ゆる方面、有ゆる階級に対しても、同じく冷酷ならずんばあらず、足尾と小金原に無政府党を製造するを憚らんや、若し我国家社会の状態が、今日の如くにして底止する所ならんか、吾人は遠からずして、日本も亦無政府党産出地の仲間入を為さんことを信ずる也、嗚呼怖れて懼(おそ)れざる可けんや。
然り無政府党の害毒は恐る可し、然れども彼等をして此に至らしむる国家社会の害毒は更に恐る可し、一篇の治安警察法は能く之を防止する所以に非ざる也。 (万朝報、一九〇一年九月)
http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/data/koutoku04.html