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情報誌『ストレイドッグ』
http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/
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鹿砦社・松岡社長、ようやく保釈に
1月20日(金)、名誉毀損容疑で未だ拘留中だった鹿砦社・松岡利康社長の第3回公判(神戸地裁)があったが、その後、松岡社長は保釈された模様だ。
関係者によれば、この日、検察側は阪神タイガース元スカウトマンの死を巡る案件で、松岡氏と共に起訴されているW氏の尋問を行い、他殺説を主張するにあたり、犯人の可能性もあるとして2人の球団関係者の実名を松岡氏が記すように促したことを実証するつもりだった。ところが、反対尋問でその主張が崩され、裁判長がW氏に実名表記の問題を自ら問う事態となり、これは保釈の決め手となったのではないかという。
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鹿砦社・松岡利康裁判を支援する会ウェブサイト
http://www.paperbomb.jp/ のBBSから転載
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鹿砦社・松岡社長の不当逮捕拘留についての最新の公判傍聴記
http://www.paperbomb.jp/kohanrepo3.html
第3回公判傍聴記 2006年1月20日(金)神戸地裁201号法廷
前の晩から京都は雪が降り、寒さもひとしおの中、新幹線と地下鉄を乗り継いで当日は朝9時10分頃に神戸地裁前に着いた。今日は京都某大学の法学部に在籍している息子も一緒だ。良い機会なので裁判の傍聴をさせて、後々の参考になったらということだった。ちなみに息子は法曹志望で来年は憲法のゼミに入る。「表現の自由」には強い関心を持っているらしい。
三々五々と、支援のコアなメンバーが玄関に集まってきた。もうすっかり顔なじみになってしまった面々である。34名を超えたら抽選だということだったがギリギリ定員内に収まったようで、ほぼ全員が傍聴席に座れたのは良かった。
201号法廷の前に並んだ行列の一番前の方に、なんと松岡氏に顔がソックリの老婦人がいらっしゃって、ひょっとするとと思い、後でご挨拶したら、やはり松岡氏のご母堂でした。寒い中、息子の保釈を誰よりも待ち望んでいるだろうというご心中を察すると、あらためて権力への怒りが込み上げてきた。
・公判の冒頭は、検事側証人として、W氏が検事の質問に答えるという形で始まった。検事側は前回と同じ3名で、宮本・飯田・大口の各氏であった。
ただ、今回の場合我が国の法廷情景の中では、際だった特徴のある質問形態であったという他はない。
何故ならば、宮本検事は質問している時間は、ずーっと証人席に寄り添う感じで立ちっぱなし。かれこれ40分近くはW氏にまるで家庭教師のように文字通り手を取り足を取るような丁寧さ溢れる佇まいで質問を続けたのだった。
証拠のファイルを指し示す必要があるとはいえ、まるでアメリカの法廷ドラマを見るようで、傍聴している誰もが強い違和感を持ったと言えよう。それくらい今回の事件に関して、この証人が検事側の期待する一方のキーを握る人物だったのかもしれない。
・まず、訴因となった『スキャンダル大戦争』出版に至る経緯の中で、いつ頃に鹿砦社側と知り合ったのかを聞かれて、W証人は「平成13年7月20日」と明確に答えた。最初は「週刊現代のライター」だと名乗るI氏に会い、前後して鹿砦社松岡氏と会ったということ、それまでは何らの付き合いもなかったと続けた。
逆に松岡氏の側では、その頃は近所で国道43号線沿いに立てた事件の目撃者を募るW氏の看板を見かけたくらいだったらしい。そうした関係の中で、松岡氏とI氏から、父・省三氏の死因に不審があるというW氏の従来からの主張を本にして出版してみたらどうかと勧められたと言う。
もともと彼女の頭には、本にして世に出すという考えは当時なかったとされ、あくまでも鹿砦社側からのアプローチ・勧奨に従ったというのがW氏の主張であった。最初に手がけようとした出版物『タイガースの闇』(2002年4月発行)に関しては、当初1000部くらいでという話が最終的に5000部ということとなり、またその原稿料は全部で本来60万円くらいになるのだが、W氏は素人でもあり、書いてもらってもそのまま使えない、結局ライターI氏の手助けが要るので、I氏には半額の30万円を払って欲しいと松岡氏から言われたと証言した。(※この「原稿料」の件については後述の弁護人反対尋問で真偽が明らかになった。)
ここで、宮本検事からは平成17年7月17日付のW氏「検事調書」の提示があり、本件訴因の主たる原因である名誉毀損に当たる「実名表記」の問題について質問が集中した。しかしながら、この『タイガースの闇』については当初の逮捕・起訴の容疑の対象外ではなかったのかと筆者は思ったが、委細かまわず検事は質問を続け、2002(平成14)年2月26日にほぼ最終のゲラが上がったことを指摘し、文中第11章「N子の推理」の中で阪神職員2名の名前を実名表記し、またあとがきとなる「おわりに」の章では「松岡社長らの反対を押し切る形で、あえて実名表記にもこだわりました。」と叙述したのは一体誰かという問いをW氏に聞いたところ、そのどちらもが「私が書いたものではない。」と返答した。検事は、「すると実名で書くというのは貴女の考え方ではなかったということですか?」と繰り返すと、「はい、私ではありません。」と否定し、さらに「では誰が書いたものなのですか?」という検事の質問には、「それは松岡さんとIさんです。」と続けた。
検事は「それでは名誉毀損になることを承知で松岡さんたちは書いたということになりますが、それは何故なんですか?」と聞く。
W氏曰く、「それは・・・本が面白くなって、よく売れるようにだと思います。」と言い、さらに「実名で書いて出版することによって、相手方(阪神側)を挑発して真実を引き出すためという目的もありました。」と述べた。
彼女は、この「挑発」という言葉をその後も連発し、まるで挑発をしさえすれば、父の死にまつわる不審点が全て明らかになるように信じ込んでいたようだったが、肝心の「誰が実名表記にこだわったのか?」という問いに関しては全て鹿砦社側の裁量であり、自分は何も関与していないという主張を繰り返した。検事は「それでは、松岡さんたちは名誉毀損になるということを承知の上で本を売るために実名表記にこだわったのですね?」とたたみかけ、W氏は「はい、そうです、そのとおりです。」と悪びれず答えたので、支援者が詰めかけた傍聴席からは思わず失笑が洩れた。
また、明らかな名誉毀損になると問題だということで、この本の出版に関して事前に松岡氏からの提案で、平成14年の同じ頃、中道弁護士にも会って相談したけれども、「出版差し止めになる可能性が高い」とかいうことで、案件として受けてもらえなかったことを明かし、さらに松岡氏から現在の弁護人である金井塚弁護士も紹介してもらったとも証言した。
また、今回の直接の訴因である平成14年9月からの『スキャンダル大戦争』(季刊)に、国賠訴訟(国と兵庫県警を相手とするW氏からの捜査不十分に対する不服の訴え)の経過を連載することに至ることについて、検事側からの質問があり、単行本を出した後も、何故同じ主題で「連載」することになったのかと問われ、W氏は「本が思うほど売れなかったので、鹿砦社から発行部数5000部のうち、売れ残った2798冊ほどを買い取って欲しいと言われたからです。」と答えた。
(※『タイガースの闇』は定価1200円なので、定価ベースだと約336万円ほどになる・・・)
著者でもあるW氏は、「買い取る気もなかったし、そんな大量の本を置くスペースもなかったので、お断りする代わりに交換条件として『スキャンダル大戦争』への連載を私から持ち出したのです。」と述べた。
検事は「その連載が7号で終わっているのは何故ですか?」と問い、W氏は「それは(松岡さんの側で)勝手に終わらされたのです。平成16年4月に『週間特報』に取材記事を載せるはずだったのを断ったら、松岡さんから『もう、どうなっても知らない』というメールを貰い、それ以降松岡さんとは一切の関係が無くなりました。」と詳述した。
検事が、「それで貴女は一体どう思ったんですか?」と言うと、間髪を入れず彼女は、「もともと信用していなかったので、ああそうですかという感じでした。私は父の死んだ理由を知りたかっただけですから・・・」と結語を結んだ。
「終わります。」という宮本検事の照れくさそうな、しかし、満足そうな顔がとても印象的だったと付け加えておく。
ここで30分の休廷・・・
今も喫煙者の多い支援者旧世代連中は地裁玄関まで行って、せわしなくタバコを吸うのが悲しい・・・
・開廷後、弁護士の反対尋問で、再びW氏への質問が始まる。
小久保弁護士は、事件当日に遡っての情況の確認を精細に行い、最後に「実名表記」の意思の確認に移り、この日検事が前述した「ゲラ」のやりとりについて、鋭い指摘があった。
弁護士:「ゲラのやりとりについてですが、一般的に言って、貴女も編集作業に加わる訳ですよね。」
W: 「はい、そうでした。」
弁護士: 「その校正作業というか編集作業には、訂正・加筆・削除という行為が当然ながら、ありましたよね。」
W: 「はい、ありました。」
弁護士: (証人に証拠ファイルを見せながら)「この朱筆訂正箇所は誰の筆跡ですか」
W: 「それは私の字です。」
(さらに幾つかの訂正・加筆箇所を提示し、同じ質問と答えが続く・・・)
弁護士: 「話は変わって、貴女が以前も今もネット上でやってらっしゃるホームページについてですが、これは松岡さんたちと相談されて書いてらっしゃるのですか。」
W: 「いえ、自分が始めたものです。」
弁護士: 「そのホームページについては、松岡さんとの共同作業はありますか。」
W: 「いえ、ありません。」
弁護士: 「そのホームページに松岡さんがチェックを入れたということは。」
W: 「ありません。」
弁護士: 「それでは貴女がホームページについては全て独断で書いていらっしゃるということですか。」
W: 「はい、そうです。」
弁護士: 「すると、これまで問題にしてきた出版物に関しても同様(つまり、W氏の独断であるということ)ではないのでしょうか。」
W: 「いえ、違います。出版物はあくまでも松岡さんたちのものです。」
弁護士: 「終わります。」
ここで昼時になり、休廷・・・
支援者は地裁地下にある食堂でランチ・タイム。ここも禁煙なので、河岸を変えながら地裁を出てすぐの喫茶店でとぐろを巻く。不謹慎な話だが、こんな楽しいメンバーによる傍聴はなかなか機会が無い。皆が仕事を休んででも来る甲斐があるというものだ。
・再びの開廷後、今度は中道弁護士が登場。ここまでの質疑を受けて、総括的な反対尋問を繰り広げた。
まず、鹿砦社からW氏への「原稿料」の件であるが、契約書こそないとはいえ、当初の「取り決め」があったろうという話になった。
そこで問題になったのは、1000部ではなく5000部となると印刷費も馬鹿にならないので、これら出版の業界では常識的には「最低実売保証」という縛りがあったはずで、それはこの場合は最低2500部だったらしいということだ。
さらに、2500部を実売できた以降の販売部数に関して、初めて著者が受け取れる「印税」が発生するという仕組みだった。(※実売は1000部前後だったらしい)
中道弁護士は、「これらのことを貴女は事前に(鹿砦社から)説明されていましたね。」と聞き、さらに「もし、貴女が言うように、原稿料が未払いだったとしたら、貴女はもともと未払費用請求権を持っていたことになるので、それは松岡さんに請求したのですか?」と言った。
W氏は、「いえ、請求はしていません。」と答え、原稿料については、「ああ、そうですかという感じ。もともと私は原稿料など貰っても貰わなくても良かったので・・・」と続けた。そして、「父の本が出るということが大事だった。」と、自身あちこちのブログなどに書き続けていた鹿砦社との離反の理由である「約束違反 = 未払い」につき、それ以上の返答をすることはなかった。
つまりは、お互い納得して事前にそうした打ち合わせができていたことになる。
また、販売不振に終わった『タイガースの闇』の在庫買い取りについても、実は当初からの内諾事項であるので、その代替行為として『スキャンダル大戦争』3号〜7号までの国賠訴訟レポート原稿を書いたのだけれども、その中でも頻繁な実名表記が見受けられるし、ネット上でのW氏のブログは在宅起訴後の今も現存し、名指しで「父を殺したに違いない」と書いているのは一体どういう心証でやっていることなのか、貴女のいうところの確たる証拠というのは一体何を指すのかと問い糺した。それについて、いささか唐突に衝撃的な答えが飛び出した。
W氏: 「(ネットに書いているのは)既に私がそういった本を出しているのだから、自分としてはかまわないのではないかと思う。」
弁護士: 「それでは、貴女は今でも告訴人たちがお父さんを殺したと思っているのですか。」
W氏: 「そうです。犯人だと今でも思っています。」
弁護士: 「『スキャンダル大戦争』が7号で連載を止めた後、鹿砦社側としては、この後はブックレットとして出す予定なので、7号で打ち切るという話がありましたね。」
W氏: 「はい、ありました。」
弁護士: 「もともと、貴女は私のところにお父さんの件で、なんとか法的なアクションは起こせないものだろうかということで相談にいらっしゃったのでしたね。」
W氏: 「はい、そうです。」
弁護士: 「それで、実名表記にこだわった本の出版の件ですが、あのとき松岡さんは実名で行けとは言ってなかったですね。」
W氏: 「はい、あのときは言っていません。」
弁護士: 「ゲラのチェックにしても、あなたがもともとの作者ですから、何も指示されなかった、著者に帰属する話ですからね。」
W氏: 「・・・」
弁護士: 「終わります。」
この反対尋問を受けて、宮本検事がまた検事席を立って、証人のそばに立ち、しばらく考えてから質問を再開した。
検事:「ブックレットを出すんだという話ですが、松岡さんやIさんの意図というのは一体何だったんですか?」
(間髪を入れず、「明らかな誘導は止めてください!!」と中道弁護士が言い、裁判長も頷く・・・)
検事: 「それでは質問を変えます。そのブックレットを実現することによって、貴女は何を得ようとしたのですか?」
W氏: 「ブックレットで、(犯人たちに)『挑発』を続けることで、私は父の死の事実を解明したいという思いでした。」
検事: 「挑発ですか・・・」
(気のせいか検事も疲れて来ているような感じで、ため息ともとれる一拍があった。)
ここで、事態は大きく動く。
それまで黙っていた裁判長が、直接W証人に対して、たまりかねたように自ら質問したのだった。
裁判長: 「あのね、貴女は、本では実名表記に消極的だったと言うのに、ホームページでは自ら実名表記をしている・・・この関係性はどうしても納得がいきませんね。説明してくれませんか?」
W氏: 「実名でないと犯人たちを『挑発』できないからです。」
裁判長: 「それでは、本を出すとき(松岡氏に)何故実名で表記するのですかと貴女は理由を聞きましたか?」
W氏: 「聞いていません。」
裁判長: 「反対はされたのですか?」
W氏: 「反対もしていません。」
裁判長: 「ホームページの立ち上げは、松岡さんやIさんの勧めでしたか?」
W氏: 「松岡さんたちの勧めではありません。」
裁判長: 「けっこうです、終わります。次回の予定ですが・・・」
こうして朝10時に開廷した201号法廷は、ようやく午後2時過ぎに閉廷した。
実に昼飯を挟んで4時間を超える長丁場の裁判に臨んだ支援の傍聴者の間には、以前よりも確実に明るい気分が感じられた。『タイガースの闇』から『裁判の闇』へという暗雲から、一条の光が差してきた思いであった。その日の夕刻、神戸地裁は実に4度目となる保釈申請を受けて松岡利康の保釈を決定した。保釈金は300万円であったと聞く。次はアルゼだ。支援者の意気も依然として高いのが心強い。友よ、また地裁で会おう!!
(文責Rockmaster)
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