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総選挙によって小泉が圧勝した背後にあったのは、自民党による情報操作の勝利によるものだった。それは「月刊・現代」の11月号に特集記事で報告されたが、その記事のサワリの部分は次のようなものだ。
<引用開始>
「コミュニケーション戦略チーム」(以下、コミ戦)――。
今回の選挙戦術において、自民党は結党以来半世紀にわたって培つちかってきた伝統的な戦術や常識を覆すような手法を初めてとりいれた。解散直後に、この「コミ戦」という特命チームを立ち上げ、後述するような戦略的な広報・宣伝活動を行ったのである。このチームを組織し、統率した責任者が世耕だった。
世耕は、 98年に参院初当選を果たす前は、NTTでおもに広報畑を歩んできたサラリーマンだった。米国留学中に企業広報の学位も取得した、いわば「広報のプロ」だ。その世耕が永田町に来て最初に驚いたのが、「総理大臣が丸裸だったこと」だという。
「官邸に行ったら、森さん(喜朗前首相)の周囲を記者が囲んで立ち話――いわゆる“ぶら下がり”をしていた。一国のリーダーの言葉は、国益を左右するほど重大なものなのに、その会見をサポートする者が首相の側に誰もいない。これは大変なことだ……と」
NTT時代の世耕であれば、たとえば社長があるパーティに出席する場合には、参加者はどんなメンバーか、マスコミは来ているか、その場合どんな質問が予想されるかなど、事前にあらゆるデータを収集する。その上で、社長専用車の中で社長にレクチャーを行い、現場では常に側にいてチェック――という態勢を組んでいた。トップのメッセージや行動は、その企業の存続すら左右しかねないからだ。
官邸や自民党に、戦略的・総合的なコミュニケーション(広報・宣伝・PRを含む)部門を立ち上げる必要があると考えた世耕は、2001年、首相に就任したばかりの小泉に直訴した。
「官邸の広報体制や危機管理には戦略的な専門スタッフを置き、世論調査などのデータを集め、対処していくべきだ」と説いたのである。だが、小泉の反応は鈍かった。
「世論調査だ、データだというが、そんなものに頼っていては、たとえば(田中)真紀子外相を切れるか? 政治は直感とか信念とか覚悟なんだよ」
世耕は諦めなかった。自民党改革実行本部の事務局次長を務めながら、コミュニケーション戦略統括委員会を作り、結党 50年のイベントやロゴ、プレスリリースの作成、あるいは補欠選挙の候補者の演説チェックなど、地道な作業を続け、機会チャンスを待った。そこへ降って湧いたのが今回の突然の解散・総選挙だったのである。
8月8日の解散。世耕は党改革実行本部の上司である安倍に直訴した。
「こんなバタバタで、広報責任者がいませんよ」
「お前やれ」
「権限がなくてはやれません」
「じゃあ今日から広報本部長代理だ。武部さんには言っておくから」
次に世耕は、その足で飯島勲首相秘書官のもとに向かった。官邸の了解を取っておく必要があると思ったからだ。
「飯島さん、今後幹部を含め、みんな党本部を留守にすることになる。司令塔がいなくなる」
「そうだなあ」
ちょうど幹事長の武部もいた。
「君には全部首を突っ込んでもらって司令塔になってもらう」
「じゃあ、広報本部長代理では弱い」
「それじゃあ幹事長補佐だ」
「そんな職はないでしょう」
「オレが決めたから、あるんだ」
コミュニケーション戦略を円滑に行うには、権限なくしては進められない。世耕は思惑どおり、その権限を掌中に収める事に成功した。
解散からわずか2日後の8月 10日、コミ戦は早くも活動をスタートさせた。メンバーは責任者の世耕のほか、幹事長室長、自民党記者クラブ(平河クラブ)で記者と接する党の職員、政調会長秘書、広報本部職員、遊説担当職員、情報調査局職員、そして今年1月より、自民党が契約している広告代理店「プラップジャパン」のスタッフで構成された。
それまでの自民党の選挙広報戦略は、縦割りでバラバラだったと言ってよい。たとえば、広報本部は一説には一回の選挙に十数億とも言われる資金を使ってポスターや広報誌を作る。一方、選挙応援などは、幹事長室が中心となって決める。これでは党全体としての戦略は立てられない。組織内の壁を取り払い、全権限をコミ戦に集中させ、全体的な広報宣伝戦略を担う――それこそが世耕らの狙いだった。
発足した 10日以降、毎朝10時からコミ戦の会議は開かれた。短くても1時間、長いときには2時間。テーブルの上には、毎日、前日分の膨大なデータが山のように積まれた。マスコミ各社の世論調査、プラップジャパンが独自に行った調査、あらゆるマスコミの選挙報道、自民党幹部が出演したテレビ番組のビデオテープ……。それらのデータをすべて読み合わせた上で、広報宣伝戦略を練っていたのだった。
さらなる詳細について、世耕本人は「手の内は明かせない」と語る。だが、関係者への取材を続けるうちに、その驚くべき内容が少しずつ明らかになってきた。それではいよいよ、コミ戦が行ってきたコミュニケーション戦略の全貌を見ていくことにしよう。(中略)
◆マスコミを味方に
ここ数年、選挙のたびに自民党はマスコミ、とりわけテレビとの関係をこじらせた。「民主党に偏っている」「自民党を批判しすぎている」といった具合にだ。だが、支持率の低下をなんでもメディアのせいにしてしまう自民党内の空気を、世耕は常々間違っていると感じていた。
「マスコミに対しての総合的な戦略が欠けていることが問題だ。むしろ、マスコミをどう味方につけ、演出していくかが重要だと思う」
前述したように、毎朝、コミ戦会議のテーブルに積まれたデータの中には、前日発売された新聞・週刊誌の選挙関連記事がある。この一言一句をメンバー全員で読み合わせるのである。
「この評論家のコメントだが、彼は自民党には好意的なのに、今回の郵政のくだりの事実関係が多少違っている」すぐにスタッフ2人が資料を携えて、その日のうちにくだんの評論家に会い“ご進講”を行う。
「この政治面の記事は事実関係に誤解がある」
やはり、すぐさま2名のスタッフが記者クラブに出向き、当該紙のキャップに「事実関係はこうなんですよ」と説明を行う。コミ戦のメンバーに近い関係者が証言する。
「これまで自民党が行っていた抗議とは明らかに違います。『ご説明させてほしい』と、紳士的にやりとりする。後の信頼関係にもつながるし、今後の記事で気をつけて書いてくれるようになりさえすればいいんです」
テレビに対しては、さらに戦略的に対応した。コミ戦が発足した 10日直後には、すでにテレビ出演を行う幹部のスケジュールが綿密に立てられていた。
〈第1週は、安倍幹事長代理を中心に。第2週はマニフェストも出始めるから政策に強い与謝野馨政調会長や竹中平蔵郵政民営化担当相。第3週から公示にかけて、いよいよ武部幹事長や小泉首相を登場させる……〉
放送された番組は、すべて幹部が何を話したかまで細かくチェックし、問題があればすぐに修正してもらう。また、ある幹部が年金問題について弱ければ、事前にコミ戦からメンバーを派遣し、年金問題についてレクチャーするといったようなことも行った。
逆にテレビを使って“攻める”ことも実践した。
〈民主党の出演は菅直人だという。ならば、こちらは論客で、かつ冷静に笑顔で対抗できる竹中をぶつける。竹中が淡々と説明していれば、“イラ菅”と言われるほど短気な菅は我慢できなくなって興奮する。竹中は視聴者に好印象を与えることができる〉
〈民主党の川端達夫幹事長はテレビ慣れしていない。テレビ局から討論会の出演依頼があった場合、「こちらは武部を出すから、民主も幹事長を出さなければバランスが取れない」と交渉し、川端幹事長をテレビに引っ張り出す〉 民主党が聞いたら怒り出すような、こんな「議論」がコミ戦では積極的に行われていた。今回の選挙で、いかに自民党が組織的、戦略的にメディアを味方につけようとしていたか――その好例であろう。(中略)
◆“世論誘導”のおそれはないか
今回の選挙の隠れた功績が認められ、コミ戦は選挙終了後も解散せずに、今後週1回のペースで継続して会合を行うことを武部幹事長は了承した。もっとも、党内の一部のベテラン議員、ベテラン職員からはコミ戦に対する強い反発があることも確かだ。
「データがすべてではない。政治は人間が行うものだ。時には情で動くことも大事だ」(自民党元議員)
「コミ戦のメンバーの中には、選挙経験も浅く、若い者も多い。それが幹部にあれこれ指示するというのはいかがなものか」(自民党職員)
世耕は、こうした批判は“織り込み済み”だと意に介さない。
「今回、どさくさ紛れで好きにやってやろうと思ったのだから、批判も当然覚悟してますよ(笑)。でも、成果は確実にあったし、新人や若い候補者からは感謝もされた。一歩は踏み出せた」
それにしても――。今回の取材を通じて選挙の舞台裏で起こっていた真実をつかむたびに背筋が寒くなる思いを幾度かした。実は戦略的に練り上げられた刺客候補のセリフ。同じく戦略的に仕掛けられたテレビ出演。そしてそれに気づかず報道していたマスコミ。その情報をそのまま受け取る有権者たち。世耕の広報戦略の根幹にある思想は、性善説に基づくもので、筋はそれなりに通っている。曰く、「政治には、世論の動向をいち早くつかみ、最悪の状態を脱するための“危機管理”が必要。コミュニケーション戦略は決して世を騙したり、嘘をついたりするものではない。国のトップや政党の考えを正確に伝えるための戦略」なのである。
だが、自民党という強大な政権与党が、仮に悪意を持って、党が一丸となって広報戦略を仕掛けてきたときに、世論が政党に都合の良い方向へ誘導される危険が生じる可能性も否めない。今回敗れた民主党も次回からは本格的なコミュニケーション戦略を行ってくるだろう。その場合メディアは、取材者がいかにその意図を見破り、現場で真偽を確認し、是々非々で報道する力を持てるかが試されることになる。
今回の選挙の最大の特徴は、自民党大勝にあるのではない。ジャーナリストの立場から自省もこめて総括すれば、コミ戦という広報戦略が今回確立されたことで、今後の選挙は候補者の一挙一動や政党の主張にもっと目を光らせ、世論誘導を監視していくという、新たな覚悟を迫られることになったのではないかと思うのである。
(文中一部敬称略)
スクープ! 自民党特命チーム「情報戦」工作の全貌
自民党圧勝に終わった今回の選挙。その背景には、党の広報・PR戦略を一手に引き受け、メディア対策をはじめ、幾多の「仕掛け」を行ってきた「特命チーム」の存在があった。「情報戦」だった今回の選挙の全貌を、初めて明らかにしたスクープレポート。必読!
鈴木哲夫(ジャーナリスト)
<引用終了>
こんな形での情報戦に圧倒された日本のマスコミは、その後は自主的な姿勢をすっかり失ってしまい、もはや小泉批判を一切しなくなった腰抜け振りである。これは戦前の特高警察と情報省によって管理された状態と同じであり、日本には言論の自由がなくなってしまったと言っていいだろう。