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特報
2006.03.09
エチオピアのHIV禍
エイズ(AIDS)禍(か)が地球上で最も深刻なアフリカ。エチオピアの農村を訪れると、エイズウイルス(HIV)感染者は息を潜めるか、家族からも棄(す)てられていた。日本とは対照的にアフリカでは女性感染者が男性のそれを上回る。懸命な拡大阻止作戦が続いているが、その行く手を女性の命を軽んじる社会や因習、貧しさの壁が阻んでいた。 (エチオピア・シャシェメネで、田原拓治、写真も)
窓のない四畳半ほどのトタン屋根の小屋。湿った土間にビニールが敷かれ、その上の薄いマットレスにアマズディラさん(30)は横たわっていた。壁には外国映画の雑誌の切り抜きがあった。
エチオピア中南部のシャシェメネ。「これでも住環境は格段に改善された」。傍らで、非政府組織(NGO)、エチオピア家族計画協会(FGAE)のボランティアが話す。戸口でニワトリたちが走り回る。
アマズディラさんの小屋は実父の敷地内にある。十三歳で結婚し、十六歳で離婚。七カ月前、ビニールの屋根から漏れた雨水にぬれて、泥まみれで倒れていた彼女をボランティアが見つけ、診療所に担ぎ込んだ。
検査の結果、家族の予想通り、HIV感染が判明。十五歳の娘はすでに彼女から離れ、アマズディラさんの父や兄弟の家に移っていた。「食事では感染しない」とボランティアが説得したが、いまも娘を含め家族のだれ一人寄りつかない。
彼女は三年前、近くの通りで軽食を売っていた。あるとき、宿なしの旅の男に同情し、家に招き、関係を強いられた。「自分は感染者だが、おまえが泊めた以上、世間はおまえを責めるだろう」と男は冷たく告げて、立ち去ったという。
感染判明後、友人もお茶をともにしなくなった。娘も来ない。電線で自殺を図ったが失敗。最近、ボランティアの紹介で同性の感染者と知り合い、ようやく生きる意思を持った。FGAEからの食料と抗HIV剤の配給が生命線だ。
同じシャシェメネで、別の女性感染者モコーネンさん(50)も、ウロウロと名付けたネコとひっそり暮らしていた。「外国人が訪ねてきたので、周囲に(自分が感染者と)分かるかもしれない」とおびえた。
夫とは死別し、軍人の一人息子(30)も遠隔地に勤務している。その息子には「心配するから」とHIV感染の事実を伝えていない。
彼女も一人、床に伏せっているところをボランティアに発見された。息子からの仕送りだけの生活は苦しく、FGAEからの食料と薬の配給に頼っている。
「七年前に歯医者で抜歯した。たぶん、器具が汚染されていて、それが感染理由だと思う」とモコーネンさんは話す。「でも、周りに感染者とばれたら、不道徳な女と思われてしまう」
FGAEの現地担当者アベベ・メオエルソ氏は彼女の不安の背景をこう解き明かす。「住民も啓発によってHIVが謎の死病でなく、主に性行為で感染する疫病とやっと理解した。しかし、それが患者に対する不道徳という差別感を助長している。逆に、一般生活では感染しないという認識は定着していない」
同団体の調査でも、青少年の八割強が感染の仕組みを理解していたが、一方で「一緒に食事をしても危険はない」ことを知っていたのは三割以下だった。
HIV、エイズ問題は対岸の出来事ではない。日本は先進国で唯一、増加傾向にあり、二〇〇五年の速報値によると、二年連続で新規の感染者、患者数が千人を超した。国内の感染者、患者数は薬害のケースを除いて一万人以上に上る。
■300万人が死亡 孤児100万人超
ただ、感染の内容はアフリカと日本では対照的だ。日本が同性間感染を中心に男性感染者が九割以上なのに対し、アフリカでは異性間感染による女性感染者が半数を超える。エチオピアでも十五歳から四十九歳の感染率が男性の3・8%に対し、女性は5・0%だ。
感染者数は日本とけた違いだ。同国では人口七千七百万人に対し、現在の感染者数が百五十万人。すでに三百万人が死亡し、両親をエイズで亡くした孤児は百万人を超している。
なぜ、女性感染者が多いのか。例えば、病院などに張られた一枚のポスターがその理由の断片を物語る。「レイプは犯罪です」。標語はそれとは逆の現実のためにある。誘拐による強制的な婚姻もあるという。
法による市民婚制度はなく、人口の約半分を占めるイスラム教徒には一夫多妻が許される。そうでなくても、夫に先立たれた妻を夫の兄弟がめとる慣習があり、夫が感染していた場合、感染は一気に広がる。
FGAE本部のエイズ対策担当、アセファ・アレム氏は「衛生観念の欠如と古い慣習も大きな要因だ」と指摘する。親から感染した子どもの感染者がすでにいる中で、割礼や性器切除の習慣がある。消毒せずに同じ道具を使うので、それが感染の理由となる。
歯茎や皮膚への入れ墨、乳歯を人工的に抜く風習もある。不衛生な状態でのこれらの因習もまた、感染を広げている。日本のようなコンドームの普及と啓発だけでは抑えきれない。
アレム氏は「問題は対症療法では片づかない。根底には貧困問題がある。それは教育の機会を奪う。その結果、低い識字率が予防の壁になっている」と表情を一段と険しくした。
エチオピアの大半は農村だ。人々の移動は限られており、拠点病院、診療所だけではカバーしきれない。感染が分かった人のうち、わずか15%にしか治療が施されていないという。
「それもボランティアによる在宅ケアが大半。入院できる経済的余裕のある人はごく限られている」と前出のメオエルソ氏は話す。
さらに人々の無理解から感染者と周囲に知られた場合、職を失うケースが少なくない。シャシェメネで会った男性感染者のバガショーさん(27)は運転手だったが、感染で職を失った。
「複数のガールフレンドがいた。だれから感染したかは分からない。両親はすでに他界していて、自分は長男。下に幼い弟や妹が六人いる。これから、どうやって生活していけばよいのか」。抗HIV薬でようやく起き上がれるようにはなったが、生活不安は深い。
都市部での感染はヤマ場を越えたと専門家たちはみる。アディズアベバ大学にも昨年、VCT(自主的なカウンセリングと検査)センターが開設され、これまで女性二百十人を含む九百人弱の学生が検査を受けた。
しかし、農村部での感染は依然、上昇傾向にある。各地で週二回ほど開かれる青空市場では昔から夜間、買売春が横行している。
啓発と同時に棄てられた感染者を見つけ保護し、食料と薬を与える。だが、それにも限界がある。メオエルソ氏はため息をついた。
「本来なら、感染者が別の症状を訴えれば、抗HIV剤を変えるか、複合して与えねばならない。でもそんな財政的余裕はない。一つの抗HIV剤が通用しなくなったとき、われわれにはなすすべがないのだ」
(メモ)世界のエイズ動向 国連によると、HIV感染者とエイズ患者は増加の一途で、2005年末の合計は4030万人。このうち、女性患者、感染者は1750万人で、77%がサハラ砂漠以南のアフリカに集中している。15歳から24歳の間では、世界的に女性感染者が男性を上回る。1981年に米国で最初の症例が報告されて以来、死者は全世界で2500万人を超えた。インドや中国などアジア諸国でも、感染爆発の危険が指摘されている。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060309/mng_____tokuho__000.shtml
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