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社説:視点 禁煙治療 依存症の軽重、無視する子供っぽさ=論説委員・北村龍行
06年度の診療報酬改定で「ニコチン依存症管理料」が認められた。保険が適用されるということは、その症状が公的に「病気」とみなされる、ということだ。まるで「喫煙は病気」のような雰囲気になってきた。
しかし、喫煙が病気ということではない。禁煙しない人に保険は適用されない。自分で禁煙した人にも保険は適用されない。自分では禁煙できずに、医師の治療を求めた場合にのみ保険が適用され、病気とみなされるのだ。
では、その病気とは何か。ニコチン依存症である。世界保健機関によれば依存症とは「ある薬物の精神効果を体験するため、また退薬による苦痛から逃れるために、その薬物を継続的あるいは周期的に摂取したいという強迫的欲求を常に伴う行動や、その他の反応に特徴づけられる状態」とある。
ある薬物を継続的、周期的に摂取したいという欲求と、その欲求を満たすための反応や行動という二つの要素が示されている。欲求を持つのは本人の問題だが、その欲求を満たすための反応や行動は、周囲の人々の災厄や犯罪につながる恐れがある。
その依存症にも「乱用」と「依存症」があり、たばこや酒などの嗜好(しこう)品の場合の「乱用」は健康、社会生活を破たんさせるほど摂取すること、「依存症」は「使用していない時に離脱症状、禁断症状がでる状態」とされる。
たばこに「乱用」があるだろうか。ごく少数の例外を除けば、たばこ代のために犯罪を働いたり、破産したりはしない。喫煙のために仕事をしくじったり、たばこで友人関係が破たんしたりもしない。健康面での問題は残るが、たばこが社会生活を破たんさせるとは考えにくい。
「依存症」はどうだろう。離脱症状や禁断症状はあるが、禁煙社会化するなかで喫煙者はすでに、可能な時と場所でしか喫煙しなくなっている。離脱・禁断症状は喫煙者によって克服されている。
ニコチンは依存症を生む。しかし、それが本人あるいは周囲に及ぼす影響は、アルコールや他の薬物に比べて明らかに低い。喫煙率が下がり続けているが、非喫煙者と禁煙者の増加によるものだ。禁煙者の増加自体が、たばこの依存症が重くないことを証明する。さらに、たばこの害は科学的に証明されていると主張するなら、たばこの販売自体の禁止を主張すべきだろう。依存症だからといって、影響の軽重も考えずに病気扱いするのは、正義のためなら人を傷つけてもいいと考える子供にも似て、社会的成熟に欠ける。
かつて喫煙者が、間接喫煙被害者の苦痛に鈍感であったことは事実だ。しかし、すべての喫煙者を医師の診療なくして禁煙できない人とみなして病人扱いする風潮には、かつての喫煙者の鈍感さに通じるものがある。
毎日新聞 2006年2月26日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060226ddm005070036000c.html
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