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堀江にも及ばぬ突破力 楽天・三木谷の蹉跌
(2005年12月12日号)
大手メディアの経営統合という楽天・三木谷の野望はくじかれた。乾坤一擲の大勝負は、なぜ竜頭蛇尾に終わってしまったのか。
◇
幻の「回答書」がある。
楽天社長の三木谷浩史が10月13日にTBSに提案した「世界に通用するメディアグループ設立のご提案」に対するTBSの回答文書である。楽天への回答編とTBSのインターネット戦略編との2分冊で、計113ページに及ぶ。
その内容をみると、楽天が提案した共同持ち株会社設立について「甚だ困難であると認識しております」とはねのけ、そのほかの楽天の提言にも逐一反論。かろうじて、楽天と提携協議委員会を設けることには前向きな姿勢を示したものの、楽天にとっては「ゼロ回答」に等しい内容だった。
この回答書は11月30日に楽天に示されるはずだった。もし、そうならば、三木谷は敵対的買収を仕掛けるか、あるいは全面撤兵するか、天と地ほども違う決断を迫られていたことだろう。
●動いた古巣のトップ
だが、その2日前、みずほコーポレート銀行頭取の斎藤宏が仲介した和解策が突如、TBSに寄せられた。
「この内容ならば三木谷はのむと言っている。だから一字一句変えずに、受け入れてほしい」
三木谷は、みずほコーポレートの前身・日本興業銀行の出身。古巣のトップである斎藤とは昵懇の間柄だ。そんな斎藤をTBSは「楽天側の代理人ではないか」と疑った。斎藤の強圧的な言い方に不快感を覚える幹部もいた。しかし、和解策をはねのけて全面戦争に突入することを避けたい空気も強い。結局、社長の井上弘は、斎藤が示した原案のうち、放送と通信の「融合」とあったのを「連携」と書き改めさせる程度で、受け入れることを決めた。
「一文なしになってもいい」
そう啖呵を切って始めた三木谷の戦いは、こうして、あっけない幕切れとなった。11月30日にTBSと楽天の両社がそれぞれ記者会見を開き、覚書締結の合意を発表した。終始にこやかな井上とは対照的に、三木谷の表情はときおり強張り、どちらが勝者であるかは一目瞭然と言えた。
いったい三木谷は、何を読み違えたのか。時計の針を3カ月前の8月に戻してみよう。
当時、買収王・村上世彰の周辺は、村上について「大義名分を掲げても、結局は安く買った株を高く売り抜けるだけ」という評価が定着しだしたことに、いらだちを感じていた。すでに株を取得し、MBO(マネジメント・バイアウト)を提案していたTBSについては、新しいメディアのビジョンをもつ戦略家と組み、経営改革を促したいと考えた。村上が、楽天やライブドアにTBS買収を持ちかけてみると、三木谷のやる気が伝わってきた。
口達者な村上のことだ。三木谷をうまく持ち上げたことだろう。楽天は8月10日からTBS株を積極的に買い始める。村上と楽天がそれぞれ別個にTBS株を買い進めつつ、村上ファンドが10月14日に開示する大量保有報告書で、一緒に「共同保有者」として保有状況を開示する案が一時浮かんだ。
●村上200億円儲け?
村上は、電撃的な阪神電鉄買収に成功した9月下旬、ライブドア社長の堀江貴文に、
「ごめん、今度のTBSの件は三木谷とやるから」
と仁義を切りに訪れ、ライブドアの面々を真っ青にさせてもいる。少なくともこのときまで、村上と三木谷の足並みはそろっているように見えたが、村上は阪神に集中し、10月5日までに袂を分かった。三木谷は単独で5%超を買い進めるとともに、子会社の「楽天メディア・インベストメント」を同7日に設立。ここが10月11、12の両日で、村上の保有するTBS株の大半を買い取った。
村上は2月、ライブドアにニッポン放送株を買わせ、急騰したところで自身は売り抜けるという荒業を演じた。今回も、楽天が買い進めてTBS株が高騰したため、高値で売り抜ける好機と思ったに違いない。村上は推定1株2000円程度で仕込んだTBS株を3360円強で売ったと見られ、200億円は儲けた計算になる。
ともあれ、楽天は村上にあおられたとしても、ゴールドマン・サックスを主幹事とした資金調達を実施し、TBS買収に突進することはできたはずだ。だが、踏み切れなかった。それには、三木谷の「育ち」が関係したように思える。
●メーンバンク流決着
三木谷と金庫番の取締役の高山健は旧興銀出身。副社長の國重惇史は旧住友銀行出身だ。名門行出身エリートが多い楽天は、どうしても日本の大手銀行を頼りにしがちで、TBS株取得資金の1110億円も、みずほコーポレートや三井住友からの借り入れで賄っている。クレディ・スイスやドイツ、バークレーといった外銀から「TOB(株式公開買い付け)をするなら融資してもいい」と資金提供の打診があっても、名門邦銀出身者のプライドからすると、提案に来る彼らが「格下」に見えた。
事態が膠着し、楽天内部から「三木谷の顔が立つ和解策を考えたい」との弱音が漏れ始めると、三木谷や高山の大先輩である斎藤頭取や、國重が尊敬する旧住銀のドン、西川善文元頭取が11月中旬以降、仲介役に動き出した。三木谷はTBSに役員を派遣し、楽天の持ち分法適用の対象とすることは譲れないと考えたが、融資回収までちらつかせる銀行に妥協的にならざるを得なかった。
ライブドアの堀江がそうした「ボス」を嫌い、資金も資本市場を通じて調達したのと比べて、三木谷はボスと交わり、旧来のメーンバンクシステムにからめ取られていた。資金面で銀行に生殺与奪の権を握られていたため、斎藤による和解の忠告にあらがい切れなかった。ネットという新興勢力の代表として既成勢力に挑戦する際、既成勢力から好まれる三木谷の経営スタイルが自家撞着を招いた面は否めない。
和解の覚書締結の際には、最近のM&Aの世界には珍しく、弁護士の立ち会いもなかったという。古い「メーンバンク流」である。
学生時代に山一証券や北海道拓殖銀行の破綻があり、就職氷河期をくぐり抜けてきたライブドアの面々に対し、ひとまわり年長の三木谷は、高度成長からバブルまでの日本の「ゴールデンイヤーズ」に人格形成をした。著名な大学教授の家庭で育ち、一橋大、興銀、ハーバード大留学と進んだ。そんな三木谷の「ベスト&ブライテスト」な経歴からは、ライブドアの面々がフジサンケイグループとのバトルの際に漏らした「ジジイたちが日本を悪くした」という社会への敵対心は生まれにくい。三木谷は「いい人」すぎたのである。
●TBSにも厳しい評価
楽天内には、一時、「敵対的買収の資金手当は7000億円までできている」(幹部)との強硬論もあったが、「早く兵を退くべきだ」(別の幹部)との弱音が早くから蔓延していた。時折ちらつかせる強硬姿勢は、TBS側の回答書の中身がゼロ回答にならないよう揺さぶる材料に変質していった。
ライブドアも相手方資産を担保にした買収(LBO)をちらつかせて、フジテレビを和解交渉に引きずり込んだが、最終的にニッポン放送株を手放す代わりに、フジに第三者割当増資をのませ、440億円を出資させた。一方の楽天はTBS株を高値づかみしたため、その後のTBS株の下落で推定100億円強の「含み損」を抱える。ともにM&Aには失敗したものの、金銭面の損得勘定という点では、堀江が一枚上手だった。
もっともTBSも、三木谷が突きつけた問題を自覚すべきだろう。TBSは景気回復局面にもかかわらず、業績がふるわないうえ、保有資産の有効活用も不十分で、株主価値を高める努力を怠ってきた。アナリスト説明会で、2010年度までに全日視聴率を直近の7.7%から9%にするなどの数値目標を掲げたが、市場関係者からは「根拠が薄弱」と厳しい評価にさらされている。
和解の動きが報道されると、楽天の株価が上昇する半面、TBSは一気に下落。投機的な買いが入らない限り、自社努力で高株価を維持できない弱みが露呈した。
TBSの企業価値評価特別委員会の委員はこう振り返る。
「もし、楽天が委員会の場で正々堂々と争えば、提案に真摯に耳を傾けていました。私たちは会社経営者ではなく株主の利益を代弁するつもりでした」
もし三木谷が、腹を決めて突進していたら……。ソフトバンクとライブドアがかなわなかったメディア買収。そのチャンスを三木谷もつかめなかった。(文中敬称略)
(AERA編集部・大鹿靖明)
http://www.asahi.com/business/aera/TKY200512140356.html