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西武争奪、男たちの恩讐 再生をめぐる「血と骨」
(2005年11月28日号)
西武鉄道グループの再編をめぐる攻防が正念場を迎えている。堤一族に、銀行やファンドも絡んだ確執はどこに帰着するのか。
◇
冒頭に「厳秘」と記された11月4日付の書面がある。
「資金の全部または一部の提供、もしくはアレンジを行うことに関心がある旨をここに表明申し上げます」
A4判にわずか10行の簡潔な文面。その末尾には、日本を揺るがすM&Aの陰に常に見え隠れする辣腕インベストメント・バンカーの流麗なサインがしてあった。ゴールドマン・サックス証券社長の持田昌典である。
書面の受取人は、コクド・西武鉄道グループのドンだった堤義明の弟で、ホテル運営会社社長の猶二。義明と袂を分かち、異母兄の元セゾングループ代表堤清二とともに、西武鉄道への株式公開買い付け(TOB)を表明している。その猶二に、ゴールドマンは最大5000億円もの資金を提供する用意があると提案した。個人に5000億円も用意するというのは、巨額マネーが飛び交う投資銀行の世界でも珍しいことだ。
「猶二詣で」15社以上
もともと、持田は今年初めから西武に照準をあわせてきた。西武の買収を表明した村上世彰に「資金面のお手伝いをさせてくださいよ」とささやく一方、三井住友銀行と組んで西武にLBO(レバレッジド・バイアウト=買収先の資産を担保に資金調達して買収する手法)を仕掛ける動きも見せた。持田の背後には、みずほコーポレート銀行をメーンバンクとする西武に、確固たる橋頭堡を築きたかった三井住友の西川善文頭取(当時)がいた、とみずほ出身の西武関係者は吐き捨てるように言う。
ところが、いずれのプランも不首尾に終わってしまい、持田が急接近したのが堤猶二だった。
ひょっとしたら猶二は西武グループの「大株主」になりうるかもしれない――。持田に限らず、そう考える多くの同業者がいま「猶二詣で」を繰り広げている。判明しただけでも、ゴールドマンのほか、スターウッド・キャピタル、森トラスト、モルガン・スタンレー証券、RHJインターナショナル(旧リップルウッド)の5社が資金提供の支援を打診したほか、M&Aアドバイザーとして名高い佐山展生率いる独立系のGCAも、非公式ながら猶二側と接触をしている。これまでに猶二に何らかの打診をした金融機関や投資ファンドは、あのジョージ・ソロスのファンドを含めて少なくとも15社にもなる。
メガバンクの不良債権処理が峠を越し、赤坂、高輪、品川などの一等地に広大な不動産をもつ西武グループは、日本に残された数少ない「宝の山」である。と同時に、西武再編をめぐる正統性のあいまいさが、大もうけを狙う海千山千の連中を招き寄せている。
コクドが11月28日に開く臨時株主総会で西武グループの再編を決めようとしたことに、猶二は株主総会の招集禁止を求める仮処分を申し立てて対抗した。申し立て自体は11日に東京地裁に却下された(その後、猶二は東京高裁に抗告)。ただ、地裁はこの決定の中で、猶二がコクドの株主であると認めたばかりか、コクドの役員や社員が名前を貸しただけの「名義株」が存在していたことを認めた。さらに、「真実の株主」が確定されないまま、コクドが臨時株主総会で株式移転などの再編を強行した場合、総会決議が事後に「無効」になりうる可能性にまで踏み込んで言及している。
猶二からすると、自身の主張をかなりくみ取ってもらえた内容だった。コクドはそれまで無視していた猶二に、やむなく臨時株主総会への招集通知を発送せざるを得なくなった。
「敵の敵は味方」
財産権があるというこれまでの主張が次第に認められ、猶二には「追い風」が吹いているように見えるが、いまひとつ世論の支持が広がらない。猶二の主張の中に限界があるからだ。
昨年発覚した西武鉄道の総会屋事件後、兄の義明は、康弘と猶二にコクド株などの財産を子供の数に応じて「3(義明)対2(康弘)対1(猶二)」で分けようと話し合っていた。その最中に、株式偽装が発覚して協議が中断。そこに乗り込んできたみずほコーポレート主導の西武再建策は猶二にとって、株主であるはずの自分を無視して進み、「火事場泥棒ではないか」と映った。本来は温厚な性格の猶二が「身内の争いをさらして恥ずかしい」と思う法廷闘争にまで突き進んだのには、そんな事情がある。
その主張はどうしても相続問題に傾きがちで、公共交通網としての西武鉄道をどう再生するのかという経営ビジョンには乏しい。ここが彼の最大の弱点だ。
その猶二がいま、あれだけ敵視してきたはずのみずほコーポレート銀行を、西武の「ステークホルダー(利害関係者)」と認め、話し合いたいとさえ考えている。
「後藤さんと、みずほは、うまくいっていないようですからね」
猶二には、みずほコーポレートの副頭取から送り込まれた後藤高志西武社長が描く再編策は西武グループの簒奪としか映らない。後藤が古巣と折り合いが悪いのなら、そこと手を組みたい。「敵の敵は味方」である。
ここは説明が必要だろう。
消えたはずの案が復活
みずほ主導で進むかに見えた西武グループの再編策だったが、後藤は5月に社長就任後、古巣とは微妙な軌道修正をはかった。みずほ主導の経営改革委員会(諸井虔委員長)が3月にまとめた「西武+コクド+プリンスホテルの合併案」を葬り去り、「西武ホールディングス」という持ち株会社を設け、そこに西武鉄道とプリンスホテルの両社をぶら下げる計画を打ち出したのである。持ち株会社にはサーベラスと日興プリンシパル・インベストメンツが1600億円出資し、資本増強をはかる計画だ。
後藤が掲げた持ち株会社案は1月、諸井の経営改革委員会の中で有力視されていた。ところが、みずほの強い反対にあい、最終答申にある3社合併案に収斂していった経緯がある。その消えたはずの持ち株会社案を後藤が再び持ち出したことに、みずほコーポレートの斎藤宏頭取は、おそらく大いなる疑問を感じたことだろう。
みずほ側は8月ごろ、「なぜ持ち株会社方式なのか」と問いただす膨大な質問を西武に寄せた。これに対し後藤は、JR西日本の列車事故を教訓に考えるようになったとして、
「労組や人事制度が違う各社をそのまま一体化できない。公共性が高く安全第一の鉄道と、ホテル・リゾート業は性格が違う」
と、合併案を否定する理由を挙げた。それでも疑念が収まらない斎藤に対して、最終的には金融庁が矛を収めるよう促し、一応の落着を見た、という。
西武側はこのやりとりを否定するが、事情を深く知る後藤の同志は、一連の経緯を認めた上で、
「後藤さんには友だちがたくさんいて、そうした人たちが間に入って取りなしてくれた、ということでしょう」
と言葉少なに語る。
後藤の持ち株会社案の主張はそれなりにスジが通っているように見えるが、サーベラスと日興プリンシパルを大口出資先に決める入札で、選考から漏れた陣営からはこんな疑念が出ている。
「厳密な資産査定(デュー・デリジェンス)をさせてくれるよう要望したが、西武側に断られ、当社は降りた。我々の見立てだと、資産の劣化が意外に大きく、少なくとも3000億円のニューマネーが必要。日興プリンシパルとサーベラスの1600億円はあまりに小さく、十分とは言えません」
不倶戴天の敵
小出しにカネを入れる「戦力の逐次投入」の結果、なかなか抜本再生が実らなかったダイエーを思い起こすという。
「私たちは全摘手術が必要と思っているが、後藤さんは部分摘出だけして、あとはクスリで治そうと考えているようです。立派なバンカーかもしれませんが、透明性が重要視される資本市場を重視した手法ではなく、情報を囲い込む銀行のやり口ですね」
ともあれ、メーンバンクとそこから送り込まれた社長との間で齟齬が生じるのは尋常ではない。
後藤は、総会屋利益供与事件で大揺れに揺れた旧第一勧銀の「改革派四人組」のエース格だった。「使命感が強く、大きな視野で公平・公正に判断する人」と、やはり四人組の一人だった小説家の江上剛は後藤を高く買う。皮肉なことに江上は、後藤と相対峙する関係にあるゴールドマンの持田とは、旧一勧の入行同期である。
旧第一勧銀の出身者を中心に人望が厚かった後藤を問題山積の西武に送ったのは、頭取の斎藤だった。後藤を煙たがったからだともいわれる。そんな古巣のボスとの気まずさもあってか、後藤は有罪判決を受けた前オーナー、堤義明とのきずなを自身の正統性のよりどころの一つとしているようだ。
「決して義明さんを復権させるつもりはないが、彼がコクドの大株主であることは間違いない。その意向は無視しえないので、2人はきちんと話し合って信頼関係を築いています」
後藤側近は、そう語っている。義明がずっと沈黙を保っているのは、後藤を信頼していることのあかしかもしれない。
そんな後藤と義明を「何か握りあう密約があるのではないか」と疑いのまなざしで見つめるのが猶二であり、今回の問題で猶二と共同歩調をとる堤清二である。清二もまた、コクド株の所有権をめぐって裁判で争っている。
清二にとって、後藤は不倶戴天の敵だろう。自身の率いたセゾングループの西洋環境開発を処理する際、100億円の私財提供を迫ったのが、当時、第一勧銀にいた後藤だった。一方で後藤は清二のことを責任感に乏しい吝嗇家と見ていることを周囲に語っている。そんないわくのある関係の中で、後藤がセゾングループ解体の際に起用したブレーンらとともに西武に乗り込んできたことを、清二が愉快に思うはずがない。そして、後藤の後ろには義明がいる。
陥穽は「血と骨」
清二は周囲に「義明を説得してみせる」と語り、面談を申し出ている。西武の後藤側近も本音では、コクド株などの財産相続問題は「兄弟同士で話し合って解決してほしい」と願っている。一連の論争に巻き込まれて、改革派・後藤のイメージダウンが進むことに、後藤を尊敬する旧一勧人脈は耐え難さを感じているからだ。だが、義明は清二ら兄弟と会おうとせず、事態が氷解する兆しは一向に見られない。
前代未聞の経済事件の舞台となった西武の再生には、コンプライアンス(法令順守)や公平性・透明性とはほど遠い一族の恩讐がつきまとう。猶二と後藤の対決のように見える構図の裏に、清二と義明の確執が透けて見える。西武再編策の最大の陥穽は、一族の「血と骨」にあるといえそうだ。(文中敬称略)
(AERA編集部・大鹿靖明)
http://www.asahi.com/business/aera/TKY200512010248.html