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JMM [Japan Mail Media]  「風刺画事件と静かなアメリカ」 冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 2 月 11 日 23:43:14: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2006年2月11日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.361 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/

▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第237回
    「風刺画事件と静かなアメリカ」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第237回
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「風刺画事件と静かなアメリカ」

 昨年9月30日にデンマークの新聞の掲載した12枚の「ムハンマド」の風刺画に
端を発した、イスラム圏の一部群衆による反デンマーク、反西欧の示威行動は、その
後も収まる気配がありません。ですが、ここアメリカは意外なほど静かです。

 今週はライス国務長官が「イランとシリアが騒動を扇動している」と非難の声明を
出していますし、イラクやアフガンでの騒がれ方を見ると、怒りの方向は「西欧的な
るものの中心」としてアメリカに矛先を向けたものも出てきているようです。そうで
あっても、アメリカ国内は平穏です。

 怒ってもいないし、恐れてもいない、その一方で「正義の旗」を振りまわす気配も
余りありません。第二次大戦以来、そして冷戦後もずっと、あれほどまでに「世界に
民主主義を伝道する」気負いを見せていた面影は、そこにはありません。この事件を
きっかけに911以来の反イスラム感情が甦るかというと、どうもそれもないのです。

 相変わらずの「保守」ぶりを示しているFOXニュースでは、9日夜の「ハニティ
ー&コルムズ」という番組に「ニューブラックパンサー」なる団体の人物を登場させ
て「ムスリムの怒り」を語らせ、これに対してキャスターたちが「アンタは暴力行為
を認めるのか……」と絶叫すると、「ブラックパンサー」氏は「そんなことを言った
らブッシュなんてのは地球上で最悪の破壊者じゃないか」と応酬、まあいかにもFO
X的な企画でした。

 ですが、その完全な「ヤラセ」のディベートの後で、FOXの論説委員を務めるオ
リバー・ノース元中佐が登場して「ムスリムの人々の最大の矛盾は、言論の自由に守
られて示威行動を正当化しておきながら、西側の諸国には国家の名における言論統制
を行うよう要求しているのだから論理矛盾」という解説をしたのには少し驚きました。

 ノース中佐というのは、アメリカでは知らない人がいないほどの有名人です。それ
はある歴史上のスキャンダルの中心人物であったからに他なりません。レーガン政権
を揺るがせた「イラン・コントラ事件」の首謀者として有罪になりそうなところを、
法廷の示した不思議な判断によって罪を免れ、その後は超保守の政治評論家として活
動しているのです。

 そのノース氏の口から「言論の自由」うんぬんという「キレイな理念」を聞かされ
てもあまり説得力はないようで、司会のショーン・ハニティなどは、ノース氏のコメ
ントはあまり受けずに、「ブラックパンサー」氏との舌戦にばかり夢中になっていま
した。

 FOXはそんなわけで特殊なのですが、他のメディアは極めて慎重です。CNNの
ポーラ・ゼーンは「問題の風刺画を放映して欲しいという声もありますが、これ以上
非難を招いても誰も得をしないので、お見せする訳には行きません」とピシャリ。抗
議デモの紹介も、事実を淡々と伝えるだけでした。

 NYタイムスなどは慎重な姿勢ではありますが、多くの紙面を割いて詳しい情報提
供をしようという姿勢が見えます。9日の紙面では、9月の風刺画の掲載から、今日
の状況までを「時系列」の表に整理していました。内容的には、様々なエピソードの
積み重ねが整理されているのですが、中でも12月にメッカで行われたイスラム諸国
会議の首脳会合で、この問題が取り上げられたことが政治的には大きいとしながらも、
その前の10月の時点での謝罪要求が簡単に無視されたことが引き金を引いていると
いう分析もあって、バランスの取れた内容でした。

 面白かったのは、ケーブルのMSNBCで、9日の夜の「カウントダウン」という
ニュース番組に、「ムスリム系アメリカ人のコメディアン」と称するアズラ・ウスマ
ンという不思議な人物を登場させていました。このウスマンという「コメディアン」
はヒゲボウボウの「いかにもアラブ人」という格好で出てきたのですが、カメラに
写った途端に「バカ笑い」をして見せたのです。

 いつもはポーカーフェイスの番組のキャスター、キース・オルバーマンは一瞬緊張
した顔になりましたが、そこでウスマンは「皆さん、ムスリムがバカ笑いしたとこ、
見たことがないんじゃありませんか」と言って、もう一度今度は「可愛らしく」笑っ
て見せたのです。その瞬間、オルバーマンは真面目なニュース番組にも関わらず、笑
いが止まらなくなり、イスから落ちそうになっていました。

 そのウスマンの笑顔が何とも「ブキミ」な面白さだったこともありますが、「ムス
リムのヒゲの男性=笑わない」というステレオタイプを崩す小気味よさがそこにはあ
り、更に言えば「笑わせてくれるムスリムのキャラクターというのは、何かこれまで
のムスリムへの違和感を全部吹っ飛ばしてくれそうだ」という安心感もあったので
しょう。

 このウスマンに言わせると、「西欧が言論の自由を神聖視するのも、ムスリムがム
ハンマドを神聖視するのも同じように馬鹿馬鹿しい」のだそうで、だから「背後にあ
る政治、文化圏の意地の張り合い」を突き放して見るしかない、と至極真っ当なこと
を言っていました。

「とにかく、今は神聖なるものなんか、何もない時代なんですよ。911のテロリス
トなんかもそうじゃないですか。だって、アラーの名においてとか何とか言ってるけ
ど、人命の神聖さを無視してかかってるんですからね。連中こそ、ポストモダンの申
し子ですよ」というあたりになると、これは思想というよりは単なるレトリックに過
ぎないのかもしれません。ですが、この「笑うムスリム」という「キャラ」は、もし
かすると人気が出るかもしれません。

 似たような「ネタ」ということでは、今年は初の「オスカー授賞式の司会」をする
コメディアンのジョン・スチュワートが、自分の番組の「お笑いニュース」のコーナ
ーで、似たようなことをやっていました。スチュワートが「中東の某国の特派員を呼
んでみましょう。えーと○○さん、そちらも風刺画反対のデモで大変でしょう……」
とやると、中東らしい国の街角が映ります。特派員からは「あ、あの、すみませんが、
ここはただの町で何も起きてないんですが。ただ、人々は普通に歩いているだけ……
なんですけど」というコメントだけです。そして淡々と町を歩くムスリムの人々の映
像が続きます。

 するとスチュワートは「な、何、何も起きてないのか」と叫ぶという「ネタ」です。
「中東のニュース=デモ」という報道自体が実は不自然で、ほとんどの「中東の町」
ではデモなどは起きておらず、人々は普通に暮らしているに違いない、そんな観点を
持ち込むことが「お笑い」になるのは、アメリカとしてはとにかく、これ以上「文明
の衝突」風の争いに巻き込まれたくないという心理があるのだと思います。

 授業の合間に学生たちに「風刺画問題」について聞いてみると、やはり学生たちは
醒めていました。「アメリカは言論の自由って言ったって無制限じゃないというケー
スを踏んできたから、こんなケースには首を突っ込みたくないんだと思う」というの
は才気走った女子学生の意見、穏健ユダヤ系の男子学生は「俺の寮の隣部屋にいるリ
ベラルのヤツは、ヨーロッパは傲慢だと言っているけど、みんなは余り関心がないな」
という感じです。総じて学生たちが言うには「ヨーロッパが言論の自由を掲げて、わ
ざわざケンカを買っているのはバカみたい」という雰囲気があるのだそうです。

 とにかく現在のアメリカは世界に対して「理念の発信」ができるような状況ではあ
りません。先週亡くなったコレッタ・スコット・キング夫人(キング牧師夫人)の葬
儀は、カーター、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(現職)の4人の「大統領」
が参列する盛大なものでしたが、弔辞の中には名指してブッシュ政治を批判するよう
なものもあって、後味の悪いことになる始末でした。

 中でもカーター大統領は弔辞の中で、ハリケーン「カトリーナ」被災問題にふれて
「ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマの住民は今度の被災によって、機会の均等とい
うものが全く実現していない現実に直面させられた」という言い方をしていました。
ハリケーンを人種問題として告発する厳しい調子の演説で、これも弔辞としては
ちょっと、という感じでしたが、TV映像ではすぐ後ろにいたブッシュ大統領は、お
人よしにもこの「機会の均等がない」という部分で拍手をしていました。

 一方で、そのブッシュ大統領は相変わらずNSA(国家安全保障局)による「国内
盗聴問題」で議会の追及を受けています。ゴンザレス司法長官は、「戦時だから敵と
の交信の傍受は大統領権限として適法」という主張を譲りません。これに対して、民
主党の例えばレーヒイ上院議員などは、声を荒げて「盗聴」を非難しており、共和党
議員団も選挙を意識してか動揺が始まっています。この問題ではブッシュ大統領は日
々劣勢に立っているという雰囲気です。

 そんな中、ブッシュ大統領は9日に突如スピーチを行って、2002年にアルカイ
ダのテロ計画があり、それはハイジャックした飛行機でロサンジェルスの高層ビルに
突っ込む計画だったということを「公表」しました。

 どうやら「盗聴活動は成果を挙げている」ということををアピールするための発表
タイミングだったようですが、地元のロスからは「そんな警告は市には来ていない。
その当時も連絡せず、その後も連絡せず、我々に何も言わずに突如発表するというの
はどういう神経なのか」というビララルローサ市長の困惑したコメントが出ています。
そもそも、LA地区は2004年に「ショッピングセンターでテロがある」という連
邦政府からの情報に振り回された経験がありますから、今回の受け止め方も複雑なよ
うです。

 そのブッシュ大統領の最強の支持母体である「福音派教会」では、今月になって急
に「温暖化に懸念を抱く福音派」というグループが結成されて話題になっています。
今日もNYタイムスに全面意見広告を出すなど、この団体は「京都議定書の批准」を
訴えているのですから驚きです。ブッシュ政治への反旗がお膝元からということだと
言って良いでしょう。そのブッシュ大統領は、ヨルダンのアブドラ国王と会談して
「風刺画非難の暴動」に懸念を示したのですが、その内容は無難なものでした。

 どうやら、今のアメリカには「文明」を主張するような元気はないようです。人々
は古典的な左右対立には飽き飽きしている一方で、世界規模の「文明の衝突」に巻き
込まれることからも逃げています。何となく小粒な現実論が受けて、理念的な物言い
は流行らない、そんな世相が当面続くと見るべきなのでしょう。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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                   melma! : 8,677部
                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

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【編集】 村上龍
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