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反小泉「左右共闘」の意味と論理 − 多数を結集するリアリズム
ウェーバーは「政治をする者は権力の中にひそむ悪魔の力と手を結んでいなければならない」と言っている。政治のリアリズムの真実を射抜く言葉だと思われるが、さて、日本の右翼の人々から見れば左翼は悪魔だろうし、逆に左翼の側からすれば右翼は悪魔そのものだろう。政治とは同意を調達し、合意を形成し、多数を組織することである。それが政治である以上、多数を制して権力を得るためには、常にあらゆる悪魔と手を結ぶ覚悟と意思を持ち、想像力を駆使して可能性を描く必要がある。関連すると思うが、田中角栄は「政治は力、力は数、」と言った。短い言葉だが政治の本質を見事に言い当てていて、この言葉は永遠に日本人の中に残る。その派閥を後継した金丸信は「政治は妥協だあ!」と叫んだ。無頼で無学な金丸信らしい一言だが、この言葉もやはり正鵠を射ていて、あのビスマルクの「政治とは可能性の芸術である」の古典的格言に通じる。不倶戴天の敵であった薩摩と同盟して革命を成功させ、新政権においては二人三脚で藩閥専制を続けた長州の事実を思うべきだ。
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# by thessalonike2 | 2005-10-06 23:29 | 反小泉ブロガー同盟 | Trackback(8)
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