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2006年2月4日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.360 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第236回
「歴史の中の1日」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第236回
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「歴史の中の1日」
人間の社会は複雑なものですから、一つの大きな時代が終わる前に次の時代の予兆
が必ず重なって動き始めているはずです。丁度、映画やTVの映像編集で前の映像が
フェードアウトしてゆくのに、次の映像がフェードインしてくる、そんな感覚でしょ
うか。映像フィルムの場合は、そんな重なり具合が目に心地良い「効果」として使わ
れるぐらいですから、社会全体が変わるときには様々な「重なり」が分かるはずです。
ところが、歴史を振り返ってみると、変化の渦中にある人間には「現在形での重な
り具合」というのを見極めるのは大変に難しいのです。例えば、大戦の終戦工作にお
いて、冷戦の予兆が利用できなかったかとか、バブルに翳りが見えた時にどうして崩
壊の予兆が分からなかったのか、あるいは冷戦の終結に当たって、民族主義や国粋主
義への予防策がもっと打てなかったのか、結果論からすれば「ああすれば良かった」
ということはたくさんあります。
ですが、実際は何かが終わることは感じられても、その先の「新しい世界」を予言
できることは少ないのです。終わらせることにばかり気を取られているといえば、イ
ラクの情勢がそうでしょう。フセイン政権を倒して、スンニー派支配のというパワー
バランスに変化が起きれば、イラクがどうなるか、アメリカの戦略には今に至っても、
何の積極的な提案はありません。今に至っても、アメリカが説くのは「テロに勝つ」
だけで、どんなイラクを作るのか、その見取り図は見えないままです。
その意味で、今週のアメリカでは、1月31日という日を境にして、古いものの退
潮が明らかになっていきました。一方で、これに変わる新しいものは、なかなか浮か
び上がっては来ません。まるで、時間が止まったかのような不思議な感覚があります。
その停滞感の中から、次の時代の方向性を見極めることが必要なのですが、その材料
は何ともおぼろげです。
1月31日の午前7時過ぎ、公民権運動の指導者キング牧師の夫人、コレッタ・ス
コット・キング夫人の死去が発表されました。末期ガンの治療のために、民間療法を
受診するためメキシコを訪問中の死ということで、実際に息を引き取ったのは前夜
だったのが、各メディアでは一斉にこの朝の発表という形を取った形となりました。
公民権運動の盛り上がる中1968年に暗殺された夫の遺志を継いで、活動を続け
た夫人の死が報じられると、メディアは一斉にお葬式ムードになりました。キング牧
師の活動の中では、アラバマ州での通学バスにおける黒人排斥への抗議行動が有名で
すが、「カラード(有色人種)お断り」とされたバスに乗り続けて、事件のきっかけ
となったローザ・パークス女史も昨年に世を去っており、キング夫人の死がこれに続
くことで、一つの時代の終わりを印象づけたように思います。
その1時間半後、西部時間の午前5時40分にアカデミー賞の候補作が発表になり
ました。驚いたのは、作品賞候補の5作の全てが、小規模予算のいわゆる「アート系」
作品で占められていたのです。候補作の詳しいお話は近々する予定にしていますが、
そのセレクション自体も意外でした。
同性愛のカウボーイを描いた『ブロークバック・マウンテン』、50年代の「赤狩
り」を告発した『グッドナイト・グッドラック』、そしてこの欄でも詳しくお話した
『ミュンヘン』と、候補作5点のうちの3点が極めてリベラル色の強い作品になって
います。単にリベラル色というだけでなく、これまでのタブーを打ち破るような異例
のチョイスだと言って構わないでしょう。
ハリウッドに関しては、911以来右に振れていた時代の空気が完全に戻ったとい
う読みがあり、更にはここで思いきりリベラルに振って鬱屈した数年間を「取り戻そ
う」というような気負いを感じさせます。こうした判断が、授賞式の視聴率や、ひい
ては映画業界全体の興行成績にとって吉と出るかは、全く分かりません。いずれにし
ても、過去4年間とは「違う」のは間違いないでしょう。
大騒ぎの結果、最高裁判事候補のアリート判事は上院の本会議で承認されました。
(本欄では「アリトー」と表記していましたが、最高裁判事就任に伴って日本の報道
機関では「アリート」で統一がされるようなので、以降それに従います)最後の瞬間
まで、マサチューセッツ選出のジョン・ケリー、テッド・ケネディの上院議員コンビ
が「審議阻止」に出る動きがあったのですが、結果的にはそれもなく静かな承認とな
りました。同時に、31日付で前任のサンディ・オコーナー判事は退任となりました。
アメリカ史上初の女性最高裁判事として、そして何よりも是々非々の姿勢を守って
「スイング・ボーター」として憲政史上に大きな足跡を残したオコーナー女史の退任
も、正に一時代の終わりといって良いでしょう。この日はまた、一時代を画したアラ
ン・グリーンスパンFRB議長の退任という事件も重なりました。
このFRBの場合は、バーナンキ新議長の就任(正式には翌日2月1日付)は既定
事項でしたから、最高裁ほどのインパクトはないものの、議長としての最終日に再度
利上げを実施したというのは事件だと言えるでしょう。これで「利上げは打ち止め」
というムードが広がり、何か時代のトレンドが大きく変わりそうな予兆を感じさせる
利上げだったからです。
ブッシュ大統領にとって6回目となる「年頭一般教書演説」はそんな中で、この3
1日の米国東部時間の午後9時過ぎから行われました。昨年のハリケーン以来低空飛
行の続いている支持率が、最新の調査では39%と危険水域に入る中「レイムダック
化」という形容の出始めているブッシュ大統領にとっては、大きな意味のある演説で
す。
この「一般教書演説」は、上下両院の合同集会という形を取りますが、それ以外に
も軍の幹部、閣僚、正副大統領の家族、特別ゲストなどが傍聴します。その中でも、
注目を浴びていたのは最高裁判事団でした。慣例によって9名の全員は出席しないこ
とになっているので、今回は4人だけでしたが、その顔ぶれの中に、議会承認を受け
たばかりのアリート判事、昨年に最高裁長官に就任したばかりのジョン・ロバーツ長
官が含まれていたからです。
TVカメラは、黒い法服に身を包みながらも派手な場内をキョロキョロと興味深そ
うに見回すアリート判事の姿を延々と捉えていました。ちなみに、残りの2人はクラ
レンス・トーマス判事(保守)、ステファン・ブレイヤー判事(リベラル)で、4人
中3人が保守という格好でした。その判事たちは、軍服の統合参謀本部メンバーに囲
まれるように着席していました。
演説は、この日に喪の発せられたコレッタ・スコット・キング夫人への弔辞で始ま
りました。「本日、我が国は一人の女性を失いました。敬愛され、気高く、勇敢で
あったこの女性は、アメリカに建国の理想を思い起こさせてくれ、何よりも高貴な夢
を届けてくれたのです」とまあ、弔辞とはいえ大変な美辞麗句です。この調子はキン
グ夫人への弔意の部分が終わっても、延々と続きました。
「我が国民を守り、我々の運命をコントロールするものはアメリカの世界に対するリ
ーダーシップです。これゆえに、アメリカは世界をリードし続けるでありましょう」
というような時代がかった言葉が続く間、ほとんど場内の拍手はありませんでした。
ブッシュの政敵と目されるジョン・マケイン上院議員(共和)などは、苦虫を噛みつ
ぶしたような表情がTVに捉えられる始末です。
やがて話題がテロの問題になり、イラクの問題に入ってゆくころから場内のムード
が険悪になっていきました。「勝利への道こそが、我が国兵士の帰還を実現する道な
のです。そして、状況が更に好転しイラク軍の訓練の進むことにより、我らが兵力を
更に削減することも可能になるでしょう。ただ、こうした決定は軍の指揮官によって
なされるべきでさり、ワシントンの政治家の手に委ねられるものではありません」と
いう下りが決定的なものになりました。イラクからの撤兵に関しては、現場に任せる
というのは過去には見られなかったような「突き放した」言い方だったからです。
ブッシュの演壇から向かって左側の共和党の議員団は、起立して拍手しているので
すが、右半分の民主党議員団は腕を組んでシーンとしてしまいました。ゲストであり、
当事者であるはずの統合参謀本部の幹部たちはといえば、何やら相当躊躇していまし
たがやや遅れて起立して拍手、とまあそんな感じです。ちなみに、注目の最高裁判事
たちは、抽象的な愛国スローガンには拍手するのですが、慣例によって少しでも論点
を含むような問題には一切何も反応せず、憲政における司法の重みを見せつけていま
した。
その次は、ゲストとして呼んだ戦死米兵の両親と奥さんを起立させて、その兵士の
遺書を朗読するという演出です。「守るべきものを守ることを誇りに思う我々に対し
て、名誉を与えることを躊躇しないで欲しい」という遺書の文面は、先月ファルー
ジャの治安維持に赴く際に家族に宛てたものだそうで、「自分たちの死に本当の名誉
があるのか」という自問自答の結果書かれたものだと受け取るのが正当です。
ですが、夫を失って1ヶ月に満たない奥さんと、義理の両親の3人を起立させて、
胸に手を当てた敬礼のポーズを取らせながら遺書を朗読するという趣向には説得力は
ありませんでした。それは、この兵士の死が無意味だというのではありません。ブッ
シュがこの演出を採用した動機が「見え見え」だったからです。
それは昨年の夏以来「戦死米兵の母」として徹底した反戦、反ブッシュの活動を続
けて有名になっているシンディ・シーハン女史への「対抗」として企画されたであろ
うことが明白だからです。その証拠に、この日の議場には正規の手続きを経て(カリ
フォルニア選出の議員による招待状を持っていたそうです)傍聴に来ていたシーハン
女史を、「反戦Tシャツ」を着用しているという理由で、衛視が「逮捕」したという
騒動があったからです。
シーハンさんに対抗しようと「戦死米兵の愛国母」を持ってきても、シーハンさん
が議場にいれば、何らかの形でTVカメラが映してしまうでしょう。そこに圧力をか
けてはホワイトハウスの恥になります。ですから「逮捕」という荒業に出たのでしょ
う。その際には議場での「スローガンTシャツ」はご法度ということで、シーハンさ
んだけでなく、CW・ヤングというフロリダ選出の共和党議員の奥さんまで一緒に拘
束するという徹底ぶりでした。
ヤングさんは、シーハンさんとは違って「派遣米軍を支持しよう」というシャツを
着ていたのですが、シーハンさんを「逮捕」するに当たって「Tシャツに書かれた政
治信条」を根拠に強権発動したとなると、格好が悪いので右も左も一緒に拘束したと
いうのですから、ある意味で徹底しているとも言えるでしょう。
いずれにしても、その後は様々な問題について共和党は拍手、民主党は「シーン」
という何とも険悪なムードが続きました。極め付けは、ブッシュが「社会保障年金改
革」に言及したときです、民主党議員団からは笑い声とともに拍手が起こりました。
「昨年のこの場で宣言したくせに、年金改革なんか全く進んでいないじゃないか」と
いう皮肉の拍手です。TVは特にヒラリー・クリントン上院議員が満面の笑みを浮か
べて「嘲笑」するのをアップにしていました。
以降は、日本でも報道されていると思いますが、「イラン国民に告ぐ」という形で
の核開発への警告があったり、「中国とインドとの競争に負けない」ために減税を続
けるという下りがあったり、「アメリカは石油中毒」だとして「木材を原料とするエ
タノール」や「太陽、風力」などの代替エネルギー開発に注力するというような内容
で、インパクトは全くありませんでした。
一つだけ印象深かったのは、ブッシュ自身にこれまで見られなかったような落ち着
きが見られたことです。余り拍手が盛り上がらなかったり、拍手はあっても共和党だ
けだったりする中で、場内を冷静に見回して「誰が敵で、誰が見方か」を醒めた視線
で見定めている、そんなブッシュは見たことがありません。
私の感じたのは、ブッシュはこのまま3年間の「レイムダック」を耐える覚悟を決
めている、そんな印象です。イラク撤兵もしない、イランへの圧力は単独ではやらな
い、まして中国やインドとは軍事外交で覇を競うようなことはやらない、減税の撤回
もやらない、国内へのスパイ監視は続ける、そんな形で「新しいことはしないかわり、
既定路線の変更もしない」という不敵な覚悟とでも言いましょうか。
その中で、小さな話題ではありますが、代替エネルギーの問題あたりは「もしかす
ると、向こう3年の間に何かがモノになって、自分の政治的得点になればいい」ある
いは「このままだと総崩れになる危険のある中間選挙でも、環境に敏感な票だけは何
とか共和党につなぎ止めたい」ということなのかもしれません。その意味で、この点
だけは注目する必要を感じました。その他は、本当に内容の薄い演説で、大問題のハ
リケーン被災地対策も、最後に簡単に触れただけでした。
ということで、この「年頭一般教書」演説は、ブッシュ政権の「終わりの始まり」
と言いますか、長い「レイムダック期間」の開始を印象づけた、そんな形で位置づけ
られる可能性が濃厚です。勿論、その「先」は全く見えてきてはいません。ただ「長
い終わりの始まり」ということです。
そんな変化を象徴する小さなエピソードがいくつかあります。まず、右派との前評
判で就任したアリート判事ですが、翌日の「初仕事」の中では、ミズーリ州の死刑囚
から出た死刑の執行停止申し立てを認めて、死刑執行をストップする評決に加わりま
した。「保守」と思っていたら、いきなり「スイング」をやってくれたので、メディ
アは右往左往しています。
冷静に考えれば、これからの長い判事キャリア(終身ポストです)で一つ一つの評
決について「歴史の審判」に直面していくのが最高裁判事です。ですから、その権威
を高めるためには、ブッシュに選ばれ、共和党に強力に支持されて就任したからと
いって、彼等の喜ぶように「死刑は執行、自分は検察の味方」という態度を見せれば、
自分の権威は生まれてこないでしょう。
私の愛する隣町ハミルトンのイタリア系庶民として育ったアリート判事には、十分
にそんな「知恵」があった、そんな見方も可能です。議会の見苦しい左右分裂ではな
く、自分なりの尺度で是々非々の決められる若い判事の登場、少しオーバーかもしれ
ませんが、この評決がある種の清新なムードを運んできたのも事実です。
シンディ・シーハンさんの逮捕騒動も意外な展開となりました。警察署長に言わせ
ると、逮捕は法令の解釈ミスだったそうなのです。そして、署長が直接シーハンさん
に面会して「謝罪」するという不思議なことになりました。演説中の「遺族」シーン
でTVに映って欲しくない、そんな意図での「逮捕劇」だったとしても、警察が謝罪
するというのは異例です。
裏にどんな意図があるのかは分かりませんが、何はともあれ何となく険しかった時
代の空気が緩んだ、そんなことを感じさせるエピソードではあります。勿論、楽観は
できません。イラク情勢の出口は見えませんし、パレスチナで選挙に勝利したハマス
と西側との対話はまだ始まっていません。バーナンキ体制の下で、例えば住宅バブル
は「ソフトランディング」ができるのか、アリート判事は問題の妊娠中絶論争でもバ
ランス感覚を出せるのか、内政も不透明度が濃いと言えます。
そうは言っても世相は緩んだままです。この週末は5日の日曜日にプロフットボー
ルの決勝戦「スーパーボウル」が行われるとあって、世間はお祭りムードです。スー
パーでは、TV観戦時のホームパーティー用に食料品が高く積まれていますし、今年
は隣の州ペンシルベニアのピッツバーグ・スチーラーズが出場するとあって、私の大
学でも家族イベントとしてTV観戦するために(どうやら本当にそのためらしいので
す)帰省する学生が多くなっています。
そんな「ノンポリ・ムード」に流れるというのは、何といっても、民主、共和両党
ともに「2008年」を戦う次期大統領候補がまだ見えてきていないということが大
きいのでしょう。これでは、歴史の「次」を感じろというのが無理というものです。
ここは、予想をしようと思うからダメなのであって、一人一人がどんな「次の社会」
を思い描いていけるかが問われていく、そう考えるしかないようにも思います。その
意味で、「新しい社会の具体像」を提示できる人物だけが、次のリーダー候補の資格
を得るのではないでしょうか。この点では、日本もアメリカも全く変わらないと思い
ます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【編集】 村上龍
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