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2006年1月21日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.358 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第234回
「分岐点を迎えた社会」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第234回
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「分岐点を迎えた社会」
1月19日の木曜日に突如、アルジャジーラTVに登場したオサマ・ビンラディン
の肉声は、アメリカ社会を混乱させました。アメリカへの攻撃を匂わせつつ「イラク
とアフガンの再建」のため「長期的には停戦を」という内容で、まるでアメリカの反
応に対する観測気球のような演説テープなのですが、その通り早速様々なリアクショ
ンが出ています。
まずいつものように音声の真偽について諸説が出回りました。そんな中、ホワイト
ハウスのマクレラン報道官やチェイニー副大統領の声明が出ています。こちらでは、
例によって「我々はテロリストとは取引しない」として「テロ戦争を始めたのは連中
の方だ。だが、終わらせるのはあくまで我々だ」という強気な姿勢に終始していまし
た。
一方で、911の地元であるNYのWCBSラジオでは「ビンラディンのテープ」、
しかも「停戦を」という内容ということで、これをトップ扱いをしていました。その
中では、町の消防士の声として「俺は今でもあの日のことを忘れてないよ。停戦だっ
て?冗談じゃないよ」というようなリアクションを流していましたが、キャスターの
報道姿勢はどこか落ち着かない感じでした。新たな攻撃の脅しに対して恐れていると
いうよりも、他でもないビンラディンらしい男から「停戦」というメッセージが出て
いることに動揺しているようでした。
その後、19日の午後になってCIAはメディアを通じて非公式ながら「ビンラデ
ィンのテープはホンモノ」という声明を出しています。こちらも私には、強気とか警
戒体制というよりも、「停戦」という言葉への困惑を伴って報じられているように見
えます。翌日のNYタイムスは、トップ扱いから外しながら「再度の攻撃予告、同時
に停戦の提案も」という微妙なニュアンスの見出しをつけています。
911以降「仇敵」と名指ししてきたビンラディン(らしい)男のメッセージ、し
かも攻撃予告のような脅し文句を含む内容を前にしては、一連の反応は明らかにこれ
までとは違います。ある意味で、「テロとの戦争」を戦っているのだという「殺気」
が抜けてしまっているかのようです。
このアメリカの「厭戦ムード」あるいは「脱テロ戦争ムード」はどこまで本物なの
でしょう。それを占う材料として大きなものは月末に予定されているブッシュ大統領
の「年頭一般教書演説」です。今のところ、大統領の周辺は演説に向けて、ポジティ
ブな材料を並べようと必死になっているようです。先週のニューオーリンズ訪問に続
いて、今週はサダム・フセインの「被害者」たちをホワイトハウスに招いて、「成果」
を強調していたのが良い例でしょう。
18日の演説の中で、ブッシュ大統領は「被害者」の人々を勇敢だと讚えた後で、
現在進行中のフセインの公判について「悪党が法の裁きに屈するのは、面白い瞬間
(interesting moment)」だと言って、強気な姿勢を崩していませんでした。ですが、
仮にこの「強気」を続けて一本調子の演説をしても、今の世相では浮いてしまう可能
性があります。もしかすると、大統領自身が大きく軟化する可能性もゼロではありま
せん。
アメリカの姿勢に軟化が見られるというのは、人命の尊重という問題についての混
乱として現れてきています。先週の13日の金曜日、アフガン国境に近いパキスタン
領内に、アメリカの発射したと見られる精密誘導弾が着弾し、女性や子供を含む11
人が死亡した事件は、今週のTVニュースで繰り返し取り上げられています。
アメリカの当局はミサイルが自分たちの発射したものだとは認めないままに「パキ
スタンにおける爆発」では、アルカイダのNo.2である、アル=ザワヒリが死亡し
た可能性が強くDNAを調べている、などという発表をしています。この点では、現
時点でもザワヒリの死亡は確認されていません。それどころか、20日の金曜日にな
ると、インターネットにザワヒリが勇士を激励した「詩」がインターネットに出たそ
うで、それが報道される様子にも、一種の混乱が見えます。
どちらかといえばリベラルのNBCなどは、この事件をきっかけにパキスタン領内
で「反米、反ムシャラフ」のデモが盛んになっていることを毎日報道しています。一
方的にミサイルを撃ち込んで「コラテラル・ダメージ(民間人犠牲)」を出しては、
反米感情を煽るだけであり、最終的に反テロ戦争の重要なパートナーであるムシャラ
フを失脚させてしまうではないか、そんな論調です。
この事件で奇妙なのは、時間の経過とともに不自然な形でニュースが出てくること
です。今週に入ってからの報道でも、18日にCNNが報道したところでは、当局の
主張によると、この攻撃で4名のアルカイダ支援者の外国人の殺害に成功したとして
います。また、アル・ケバブ(本名ミダハット・ムスリ、アルカイダの化学兵器と爆
発物オペレーションの責任者)という重要人物が近所にいたとしています。
一方で三大ネットワークの一つであるABCは、このアル・ケバブについて、今回
の攻撃で死亡したという説を流しています。更に、このケバブ死亡説は、アメリカの
当局ではなくパキスタンの当局がリークしたという報道もあります。また、更にその
後にはザワヒリの義理の息子は死亡したというニュースも出てきており、とにかく諸
説が錯綜している始末です。
では、どうして報道が二転三転するのでしょうか。恐ろしいことですが、911以
降昨年ぐらいまでの世相の中では、「ザワヒリを狙ったのなら民間人犠牲は仕方がな
い」というようなムードがアメリカには残っていました。パキスタンの世論が硬化す
れば、かえってアメリカの国益を損ねる、そんな意見はあまり表には出てこなかった
のです。
ですが、昨今の世相では、実際にパキスタンのムシャラフ政権を追いつめることに
なっては大変だ、というような「正論」を検討する余裕が出てきているのでしょう。
その一方で、1月31日のブッシュ大統領の「年頭教書」は近づいています。民間人
犠牲があった以上は、何らかの「成果」があって欲しい、そんなムードも政権や支持
層にはあるのではないでしょうか。その結果として、「後出し」のような形で、親戚
は殺せたとか、ケバブは殺害したらしい、というような「情報」が小出しにされてい
るのかもしれません。
アメリカの外から見れば、相変わらず勝手にスパイを送ったり、ミサイルを「ぶっ
放して」民間人を殺したり「やりたい放題」が続いているように見えるのかもしれま
せん。ですが、今回の「民間人犠牲を伴う誤爆」という事態を受けて、アメリカ社会
にはある種の迷いが見て取れます。元来リベラルだった人々が「それ見たことか」と
批判するのとは違う、何かが進行しているように思えるのです。反テロという「殺気」
が薄れている、そんな中で流血に対して口実や反省を始めることが、やっとできるよ
うになった、ここにもそんな「軟化」の気配を感じます。
その誤爆事件と同じ1月13日にフロリダでは、全く別の「誤殺」事件がありまし
た。ロングウッドという町の15歳の少年が、自分の通学する中学校に「銃」を持ち
こみ、クラスメートを人質にとって篭城しようとしたのです。最終的には、少年を保
安官のSWATチームが射殺(実際は一旦は脳死になって、臓器移植のドナーになり
ましたが)という終末になってしまいました。
いわゆる「ポスト911」という世相の中では、こうしたケースでは「問答無用で
射殺しても構わない」というのが暗黙の合意になっていました。ですが、今回は「射
殺」という結果に対して、かなりの批判が出たのです。どうやら犯人の少年が持って
いた「銃」はモデルガンだったらしいのです。少年が犯行の前に、人質の他のクラス
メイトにそう言っていたのだそうです。
その「モデルガンらしい」という情報が保安官事務所にも行っていた、にもかかわ
らず容赦なく頭を狙って撃ったというので、その是非が論争になりました。これもア
メリカの外から見れば「モデルガンという情報が行っているのに撃つなんて」という
のが常識だと思います。ですが、この間は、その常識が通らない世相がありました。
その「殺気」が和らいでいる、それが多くの批判が出た理由のように思われます。
例えば、つい一ヶ月前の12月7日、マイアミ国際空港で起きた事件の場合は、世
論の反応は少し違いました。この事件は、コロンビアから到着したアメリカン航空機
内で、突然リゴベルト・アルピザという米国籍の男が起こしたものです。アルピザは、
着陸した飛行機がゲートに到着するあたりで、突然騒ぎ出しました。最初は同行して
いた奥さんとのもめ事だったのが、エスカレートしてカッカしてしまい言ってはいけ
ないことを言ってしまったのです。
それは「このカバンには爆弾が入っている」という一言でした。そのセリフが同乗
していた航空保安官(エアマーシャル)に伝わると、保安官が飛んできて最終的に男
を射殺してしまったのです。同時に爆発物処理班がやってきて、カバンを慎重に運ん
で空港敷地内でマニュアルにしたがって破砕の措置を取りました。結果的に中には爆
薬は入っていませんでした。
報道によれば、この男は多少妄想癖があり、感情が高ぶると妙な言動があったよう
です。そのことを分かっていた奥さんは、保安官とのもみ合いの際に夫のそんな状態
のことを説明したのですが、結果的は信じてもらえなかったというようなことのよう
でした。
ですが、この事件の場合は、一ヶ月後の中学生の事件とは違って、報道各社の姿勢
は「仕方がない」でした。勿論、学校と航空機の違いはあるでしょう。NBCはFB
IのOBを呼んで事件の解説を求めていましたが「911以降、武装したエアマーシ
ャルを大勢養成しているが、射撃の訓練は十分ではないんです。それに、高空を飛行
している最中に流れ弾で機体に穴が空いては大惨事になる。だから、肩を撃って相手
を無力化するなんていうのは不可能です。怪しければ真ん中を狙って即死させろ、こ
れを鉄則とせざるを得ないんです」という説明でした。いずれにしても、この時はこ
れで済んでしまっているのです。
ここへ来て、アメリカ社会の「殺気」が緩んできた、そのことを如実に語るエピソ
ードは、今週の女性記者人質事件ではないでしょうか。人質になっているのは、米国
の『クリスチャン・モニター』誌の若手記者であるジル・キャロルさんという人で、
アラビア語を習得してイラクの民衆の中に入って、その声をアメリカのメディアへ向
けて代弁するという熱心なジャーナリストだそうです。
武装勢力は、そのキャロルさんの命と引き換えということで、イラクの刑務所に入
れられている女性の捕虜の解放を中心に、色々な要求を突きつけてきています。こう
した場合に、従来のアメリカは「テロリストとは一切交渉には応じない」という姿勢
を崩していませんでした。結果的に、多くの人質が殺されています。救出された例で
も、自力で救出されたケースが多く、身代金を払った例もありますが、それは被害者
を派遣していた会社が払ったケースです。
ですが、今回のキャロルさんのケースでは、各マスコミの報道姿勢はかなり徹底し
ていました。キャロルさんを救え、カネを払ってでも、要求を呑んででも救え、とい
う声が無視できないほど大きいのです。NBCでは、衛星中継映像にしか出てこない
バグダッド常駐のリチャード・アングル記者がわざわざ帰国してニュース番組にナマ
出演していました。
いつもは、爆弾事件をやり切れなさそうに報ずることの多い、アングル記者ですが、
ここではキャロルさんがいかに立派な人物か、彼女を見殺しにすることがアメリカと
イラクにとって、どれほど損失になるのか、を力強く訴えていました。本稿の時点で
は、まだ状況は膠着状態が続いていますが、アメリカ軍当局は「キャロルさんとは無
関係」としながら「イラクの女性受刑者の釈放」を進めているという情報も出たり入
ったりしています。今度ばかりはアメリカも「殺気」を緩めざるを得ないようです。
現時点では、パキスタンの誤爆事件、キャロルさんの人質事件、そしてビンラディ
ンのメッセージと、どのエピソードも未解決です。そんな中、仮にアメリカ社会の
「軟化」というトレンドがあるとして、こうした事件がどのように解決するのか、そ
してその結果が月末の大統領の「一般教書演説」にどう反映するのか、が今後の分岐
点になると思います。
危険部位の混入が発見されて、日本は米国産牛肉の禁輸措置を取りましたが、この
ニュースにしても、アメリカで意外に大きく取り上げられています。CNNなどだけ
でなく、例えば、CBSのNYローカルのラジオが大きくニュースで扱っていたりし
ます。その報道姿勢は実に低姿勢で、約束に反したことになり、米国側は真剣に謝罪
している(「ソーリー」という表現です)というものでした。テロの問題とは直接関
係ありませんが、これも一種の「軟化」世相の現れでしょう。
20日までには、インテルやGEの業績に嫌気をさしたのか、NYの株式が大きく
下げましたが、こちらはライブドアの余波でも何でもないと思います。これも社会が
新たな変化の予兆を感じているということではないでしょうか。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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