★阿修羅♪ > Ψ空耳の丘Ψ42 > 354.html
 ★阿修羅♪
JMM [Japan Mail Media] 「スシバーとゲイシャ」 冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/354.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 12 月 11 日 11:48:21: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2005年12月10日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.352 Saturday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第228回
    「スシバーとゲイシャ」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■ 『from 911/USAレポート』第228回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「スシバーとゲイシャ」

 私の住むアメリカ東北部では、中華バイキングのレストランが流行しています。前
菜から、主菜、デザートのアイスクリームから、ソフトドリンクまで入って10ドル
強という価格が売り物で、週末になるといつもにぎわっています。

 こうした中華バイキングの店で最大の売り物は「スシバー」で、専門店では比較的
高価な寿司が食べ放題とあって、込んでいるときにはコーナーに行列ができるほどで
す。そもそも何故、中華バイキングに寿司があるのかというと、中華だけだと10ド
ル強の付加価値が感じられないからなのでしょうし、またアメリカ人の中には「中華
ばかりというのははどうも」という人もいるからなのでしょう。

 中には寿司がダメな人もいます。そうした人にはスパゲッティやフライドチキンも
出す、そこまでやるバイキングの店もあります。その名も「ワールド・バフェット
(バイキング)」といって、この界隈では有名です。

 和洋中に加えて、キムチも常備しているという念の入れ方で、正に「ワールド」な
のですが、要するに、店全体としてはゴチャゴチャなコンセプトでも、とにかくお客
がそれぞれに自分の口に合ったものを楽しんでもらえば、ということなのでしょう。
また、それぞれは専門店の味に及ばなくても、とにかく圧倒的な種類の食べ物がある、
それ自体がお客を引き寄せているのだということもあるに違いありません。

 今週末に日米同時に封切られた映画『メモワール・オブ・ゲイシャ(邦題はSAYURI
)』は、この号が配信される頃にはご覧になった方もあるかもしれませんが、要はこ
のアメリカの中華バイキングの一角で行列のできている「スシバー」のようなものな
のかもしれません。日本文化の正確な描写は微塵もない一方で、漠然としたアジアの
「ゴッタ煮」的な世界の中で、何となく「ニッポン」らしきモノとして存在している、
それ以上でもそれ以下でもない、そんなところでしょうか。

 私は封切り日の9日の金曜日、NYのリンカーンスクエアにある劇場で見ましたが、
話題作の封切り、しかもNYとLAの8館だけの先行上映ということで満員の盛況で
した。映画が終わると拍手していた人も多かったので、こちらの観客は楽しんだよう
です。

 ですが、私としては予想通りではあるものの、何とも複雑な気持ちで劇場を後にす
るしかありませんでした。問題は三つあります。日本の文化の描写が不正確きわまり
ないこと、先ほどのバイキングではありませんが中国人(系)の役者さんも入り英語
の映画になっていることへの違和感、そして「ジェンダー」の問題に関する重苦しさ
です。

 一昨年の『ラスト・サムライ』では(多少ありましたが)文化の描写について大き
な違和感はなかったのですが、今回の『ゲイシャ』では問題が相当にあります。やた
ら「太鼓橋」が出てくるとか、盆踊り大会のような安っぽい提灯に「はなまち」とい
うのは勘弁して欲しいとか、何十カ所もある細かい「変な日本」には目をつぶるとし
ても、問題は祇園の芸妓がやたらに走り回り、喋りまくることです。

 私は花柳界の文化をやたらに称揚するような人間ではありませんが、さすがにこの
演出には頭がクラクラしました。劇性を高めるために、エピソードの何もかもが激し
く描かれているのにも違和感が残りました。まずもって主人公の「ちよ」は原作では
訳の分からないうちに身売りされてしまうのですが、そこが暴力的に連行されるよう
に描かれていたり、とにかく演出のスタイルがバタバタしているのです。

 何となく神秘的でエキゾチックな雰囲気を出そうと、夜の描写や室内の描写など
「陰翳」を意識した撮影はされています。ですが、陰翳に静謐が伴わないときには、
陰翳の雄弁さは失われてしまいます。ですから、際めて性的な風俗を描いていながら、
全くエロティシズムを感じさせないのです。その結果、子供の学芸会のような芝居に
なっていました。

 問題の第二は、言語の問題と、中国系を含む「国際キャスト」です。ただ、この点
に関しては、映画の制作陣を非難はできません。主役の章子怡(チャン・ツィイー)、
そして敵役の鞏俐(コン・リー)の2人の中国人の役者があまりに見事だったからで
す。私は当初、日本人の女優さんを何人もテストしたがダメだったと聞いて、結局は
英語の問題だと思いました。

 ですが、脇役のミッシェル・ヨー(中国系マレーシア人)はともかく、章子怡と鞏
俐が選ばれたのは語学ではなく実力ということだと思います。この2人、私には最後
まで日本人には全く見えませんでした。ですが、登場する場面では全てその場面を
「支配して」いたのです。日本人にも、祇園の芸妓にも見えないのですが、だからと
いって章子怡と鞏俐という「地」が出ているのでもないのです。「さゆり」と「初桃」
という役にそれぞれが完全に没入してしまっている、その演技は見事でした。

 特に素晴らしかったのは鞏俐です。主人公の敵役として、憎悪と狂気そして破滅と
いう心理のドラマをまるで何かを切り裂くような鮮やかさで演じていました。鞏俐は
英語も見事でしたが、とにかくこの役を同等以上の技術で演じられる役者さんは日本
人では見あたらないのではないでしょうか。

 では、この2人が頑張ったということで、演技のアンサンブルは及第点だったのか
というと、どうも怪しいのです。というのも、肝心の日本側の演技が今ひとつでした。
桃井かおりさんが間の取り方、表情を変化させるテンポなど、出来る限りの工夫をし
ていた以外は、英語の問題が大きく足を引っ張って平板な芝居に終始していたと思い
ます。

 言葉の問題に関して言えば、基本的に英語で進行しながら「おねえさん」とか「あ
りがとう」というような断片的なフレーズを日本語を字幕なしでぶつけてくるあたり
は、日本語ブームのアメリカを反映しているようです。ですが、問題は英語の発音で
す。ボブ・マーシャル監督は「日本的なアクセントで」という方針でやっていたらし
いのですが、何ともその「アクセント」が強すぎます。

 特に渡辺謙さんは『ラスト・サムライ』や『バットマン・ビギンズ』でもそうでし
たが、今回の『ゲイシャ』でも母音が強く、抑揚のない不思議な英語が「個性」とし
て定着してしまいそうです。私は自分も含めて、日本語の影響が強い英語のアクセン
トについては直すのは難しいし、恥じる必要もないと思っています。ですが、渡辺さ
んのスタイルはいくら何でも強すぎるのではないでしょうか。結果的に感情表現の幅
が著しく狭くなって、演技を束縛してしまっているからです。

 最後の「ジェンダー」の問題もこの演出演技の問題に関係してくると言って良いで
しょう。重要な「男性」の役である「会長さん(渡辺謙)」と「ノブさん(役所広
司)」の2人が、平板なセリフを中心とした弱い演技に押し込められている、その結
果、逆に「いかにも多くを語らず、女性を支配するような文化に安住している」よう
な日本人男性のステレオタイプを作ってしまっているように見えるのです。

 もしかすると、この映画は日本女性のステレオタイプを描いているというよりも、
日本人男性のステレオタイプを描いているという点に問題があるのかもしれません。
この映画を見ていて、一番違和感として残ったのはこの点です。アメリカは戦後の日
本に対して、様々な「外圧」をかけ続け、変化を迫ってきました。

 ですが、こと男女の問題に関しては、アメリカは「ガイアツ」を諦めているのかも
しれません。芸妓という運命と戦い続ける女性と、その芸妓を正妻ではない不倫関係
の相手として「旦那」になる男の「純愛」などという話は、アメリカでは普通は受け
入れられる話ではありません。ですが、そんな異常な話も「異次元の世界」であれば
許される、いやそんな異次元の世界を見てみたい、そんな感覚で、日本の保守的な男
女関係の話をのぞき見たい、そんな心理があるのかもしれません。

 私は日米関係というものは、世界の歴史の中でも特筆すべき二国間関係の成功例だ
と思いますが、このようなゴチャゴチャした不思議な映画が出来てしまうというあた
りには、その関係の限界のようなものを感じざるを得ません。

 エキゾチシズムというものは、私は全面否定するべきではないと思います。他国の
文化を理解するには、その特徴的な部分が入門編になるのは、仕方がないからです。
ですが、今回の映画を契機に「ゲイシャ」ブームのようなものが起きるのではないか
と思うと、あまり嬉しくありません。

 アニメやTVゲーム、音楽にファッションと、アメリカの若者の間の日本ブームは
まだまだ堅調です。アメリカ人の中に、もっともっと日本を知りたいという好奇心は
まだまだ根強いのです。その強い関心を、正確な理解に結びつけて欲しいものです。

 そのためには、文化的な発信がとりわけ必要だと思います。では、文化はどうやっ
て発信されるのでしょうか。官製の「日本文化の紹介」活動などは高がしれています。
自分の国と戦って自分の表現を発信し続ける、そんな個人が輝くことが文化を広める
上で、最も効果があるのだと思います。

 少なくとも、鞏俐や章子怡は中国と戦っています。張藝謀(チャン・イーモウ)監
督に才能を見いだされたという中で、その後も様々な形でリスクを取って、いわば戦
い続けているのがこの2人です。その強さが中国を代表し、またこの2人が活躍する
ことで、中国の文化が生きた形で国外に発信されるのでしょう。

 この『メモワール・オブ・ゲイシャ』はあくまで、アメリカ人が勝手に作った映画
です。ですが、こんな映画が出来てしまった背景には、日本として文化発信を怠って
きたという問題も否定できません。

----------------------------------------------------------------------------
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.352 Saturday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                   独自配信:104,755部
                   まぐまぐ: 15,221部
                   melma! : 8,677部
                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

----------------------------------------------------------------------------
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【WEB】   http://ryumurakami.jmm.co.jp/
       ご投稿・ご意見は上記JMMサイトの投稿フォームよりお送り下さい。
----------------------------------------------------------------------------

 次へ  前へ

  拍手はせず、拍手一覧を見る

▲このページのTOPへ       HOME > Ψ空耳の丘Ψ42掲示板


  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。