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2005年11月19日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.349 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第225回
「迷い続ける季節」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第225回
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「迷い続ける季節」
ブッシュ大統領がアジア歴訪に出かけている間に、北アメリカ大陸を寒冷前線が
ゆっくりと通過していきました。季節はずれの暖かい気候に見舞われていた大陸は、
この前線の通過でぐっと冷え込んできています。私の住むニュージャージーでも、週
の前半は最高気温が22度ぐらいの陽気だったのが、水曜の晩の前線通過後は、初冬
の気温へと一変しました。17日の木曜日は快晴でも最高気温は摂氏7度、金曜の朝
は氷点下3度まで下がりました。
寒暖の差の激しい大陸性気候とはいえ、これはあまりに極端です。実際に、この前
線通過によって、インディアナ州などの中部では季節はずれの竜巻で大きな被害が出
ました。そんなわけですから、ブッシュ大統領が京都で小泉首相と会談をしたり、金
閣寺を見物したりしていた日のアメリカのメディアでは、この竜巻被害と異常気象の
ニュースが大きく取り上げられ、首脳会談も金閣寺もほとんど無視されてしまいまし
た。
そのブッシュのアジア歴訪は、まだ半分が終わったばかりですが、ホワイトハウス
の「主」の不在をいいことに、与野党ともにワシントンは騒がしくなっているようで
す。与野党と言いましたが、現時点では「反ブッシュ」的な言動で揺さぶりをかけて
きているのは、民主党と共和党の双方なのです。その両党からの攻勢が、今週は益々
強くなってきました。政局はますます流動化の様相を呈してきました。
まず、ブッシュ夫妻が「エアフォースワン」に乗るとほぼ同時に、共和党の上院院
内総務のビル・フリスト議員が「イラク撤退出口戦略」を口にし始めました。内容的
には「イラク議会選挙の成功」、「イラク人による治安維持部隊の安定」を条件に、
年明けから順次米軍の撤退を、というもので新味はありませんが、少し前なら民主党
が言っていたような発言が、共和党の大物から飛び出したのですから、メディアでは
大きく取り上げられました。
そのフリスト議員は、15日のNBC「トゥディ」に生インタビューという形で出
演し、「民主党の撤退戦略は『カット・アンド・ラン(切り捨てて逃げ出す)』だが、
自分たちのは違う」としきりに弁明していましたが、内容的には「民主党が言ってき
た撤退の手順と変わらない」というのが世評のようです。実際問題、上院の共和党と
民主党は超党派で「イラク派兵のスケジュールを明確にするよう迫る」議論を展開し
ているのですから、この点での上院の姿勢は一致してきています。
フリスト議員が「イラク撤退」なら、同じ共和党のジョン・マケイン議員は「軍に
よる拷問の禁止」を主張してホワイトハウスを追いつめようとしています。自分自身
がベトナムで捕虜となり、俗称「ハノイ・ホテル」という収容施設でベトコンから暴
力行為を受けたというマケイン議員は「民主国のアメリカが拷問を行うのは許せない」
として、911以降の軍を中心とした強制収容所や刑務所での暴力行為に対して激し
い非難を浴びせてきました。
そのマケイン議員は、ここへ来て「拷問禁止」をうたった法律を超党派で進めてい
ます。上下両院とも採決に持ってゆけば、恐らく可決される可能性が大きいと言われ
ています。ですが、同時に可決された場合は、ブッシュ大統領はビトー(拒否権)を
発動するだろうと言われており、これも政争の焦点になりそうな気配です。何故なら
ば、この問題でブッシュがビトーを使うことは恐らく政治的には、大きな失点になる、
つまり世論の反発を買って、一気に「ポスト・ブッシュ」政局になだれ込む可能性が
あるからです。
マケイン議員の「撤退」発言も、そうした「ブッシュの政治的な死」を意識してい
るのは明白でしょう。ところが、時間的にほとんど同じ頃、大統領本人は伊丹空港へ
向かう途上のアラスカで給油のために下りたかと思うと、立ち寄った空軍基地で大演
説をぶっていました。その内容は「ステイ・イン・ザ・コース(既定の路線から一切
ぶれない)」というものでした。アメリカのTVではその演説がフリスト議員やマケ
イン議員の「反ブッシュ」と並べて放映していましたが、放送側の意図はともかく映
像としてはブッシュの空回りが目立ちました。
フリスト、マケインと、共和党内からのブッシュ批判が大きくなるにつれて、民主
党の方も黙っているわけにはいかなくなりました。17日には下院のジョン・マーサ
議員(ペンシルベニア州選出、民主)が「イラク即時撤退」をブチ挙げて話題になっ
ています。というのもマーサ議員は海兵隊出身の「軍のシンパ」として有名な「ホー
キッシュ(タカ派)」議員なのです。
第一次湾岸戦争や2002年のイラク開戦に当たって大統領を支持したマーサ議員
から「即時」という発言が飛び出した。これにはホワイトハウスも動揺を隠していま
せん。マクラレラン報道官はコメントを発表して「マーサ議員のような人物から、ま
るでマイケル・ムーアのようなエクストリーム(極端な、偏向した)なコメントが出
るのは心外」としているのですが、効果は薄いようです。
とにかく、こうなると「撤退」はどんどん既成事実化して、後は時期を議論するだ
け、そんな雰囲気も出てきています。ただ、17日にバグダッドで起きた大規模な爆
弾テロが示すように、イラク情勢の先行きは全く見えていません。宗派と民族による
三つのグループが、どのように和解してゆくかの道筋も不透明です。ですから撤退論
には代案はないのです。
アメリカが撤退した後は、国連に任せよう、というレベルの案ですら語られていま
せん。ただただ、イラクから兵を引こう、ブッシュ流の政治はもう終わりにしよう、
という後ろ向きの風潮だけが一人歩きしているといって良いでしょう。スーパーのレ
ジ横で売られている低俗な芸能タブロイド誌などでは、「ブッシュは人格が崩壊して、
セラピストにかかりっきり」などという大きな文字が躍っています。911以降ブッ
シュを持ち上げて国粋主義を煽ってきた業界も、見限るとなると実に逃げ足は速く残
酷です。
そんなわけですから、米国メディアの「京都会談」の扱いは本当に小さなものでし
た。ブッシュ=小泉の「金閣寺の散策」も、ローラ夫人の「お習字」もほとんどTV
では流れていません。外国の元首に日本文化を体験させるというのは、本来はその国
のメディアを通じて幅広くその国の人々に、日本文化を知ってもらうというのが目的
のはずです。
ですが、その元首が「政治的に死に体」になりつつあり、その国のメディアが無視
をしている状況での「観光」というのは完全に私的な供応になってしまいます。その
昔にレーガン大統領が来日の折、中曽根首相(いずれも当時)が、「日の出山荘」や
「座禅」でもてなしたということが話題になりました。日本側では、今でも「必死に
もてなして、日米関係に役立った」という印象を持っているかもしれませんが、その
レーガン大統領の死去に当たっては、「あの日本での過剰な接待を受けたのは大統領
としての汚点」などという「歴史の評価」がされていたのです。
今回の「徹底交通規制」の上での「金閣寺見学」も、下手をするとそうしたことに
なりかねないと言うべきでしょう。まして「日の出山荘」のレーガンに比べれば、今
回のブッシュは既に「レイムダック」的になってきていますから、余計に歴史の評価
は厳しくなることを覚悟した方が良いでしょう。
それにしても、今週の寒冷前線にも似て、世相の変化の早さには驚かされます。先
週から今週にかけて、ヨルダンのアンマンでは自爆テロによる米系チェーンホテルへ
の攻撃があり、50人以上の犠牲を出していますが、アメリカではあまり関心を呼ん
でいません。テロに麻痺してしまっているとも言えるのでしょうし、怒ったり心配し
たりするのに世論は飽きてしまったのかもしれません。この無関心さは、ヨルダンが
遠い国だからリアリティがないということでは説明できないように思います。
反対に、9万に近い人が犠牲になったと言われるパキスタンの大震災は、今でも大
きく取り上げられています。今週は、国務省の特命大使であるカレン・ヒューズ女史
がパキスタン入りして、復興の進まない中、寒波の迫る被災者のキャンプを訪れて救
援物資を配って回っていました。NBCは同時に、メインキャスターの一人であるア
ン・カリーを送り込んで、ムシャラフ首相にインタビューしていました。
911以来のアメリカ世論は、パキスタンに対して疑惑の目を向けてきたと言って
良いでしょう。「タリバン文化のルーツはパキスタンで、その膨大な人口の中には今
でも反米感情が渦巻いている。だから、その中に潜伏している(らしい)オサマ・ビ
ンラディンはいつまでも発見できない」というのが、漠然とした共通の印象になって
いたのです。
ですが、今回の地震に関してはアメリカからの同情は相当に集まっているのです。
政府の支援もそうですが、ボランティアなども相当行っています。今回のヒューズ訪
問もそうですし、アン・カリーの大統領インタビューも一種友好ムードでした。「物
資をいただけるのは有り難いんです。でも、まだ本当に足りない」と切々と訴えるム
シャラフ大統領は「ビンラディンは発見できるのでしょうか」というカリーの「突っ
込み」に対して「そうだと良いんですが……」と歯切れの悪い調子でしたが、インタ
ビュー全体としては「仮にそうであっても仕方がない。とにかく救援物資を」という
トーンで一貫していたのです。
では、アメリカは優しくなったのでしょうか。テロリストやテロ容認国家への「む
き出しの憎悪」は止めて、拷問はストップする、アンマンのテロ事件に一緒なって怒
ることはしない、ムシャラフ大統領率いるパキスタンの苦難には心から同情する、確
かに911以降の世相から考えると、全く「温度の違う」態度になってきているとい
うことは言えるでしょう。現象だけを見れば、アメリカは「ソフト」になっているよ
うに見えます。
ですが、このまま振り子が振れるように、アメリカがリベラルな方向へ向かうかど
うかは分かりません。今は、右に大きく揺れた振り子が真ん中に戻りながらグラグラ
さまよっている、そんな世相なのだと思います。政治も経済も、どちらを向いたら良
いか迷い、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているのでしょう。要するに、他国
をリードしたり、国際社会へ向けて大見得を切ったりする力はないのです。
一連のアジア情勢に対する姿勢もそうです。一見すると、今回のブッシュは、台湾
問題や人権問題にかこつけて中国との対決姿勢を鮮明にしているように見えます。で
すが、これも単なる「ステイ・イン・ザ・コース」に過ぎないのであって、最新の情
勢を踏まえて積極的な外交をしようというのではないのです。
経済に関しては、目下のところはGM(ジェネラル・モータース)の苦境が大きな
問題になっています。自社内の部品製造部門を分社化して公開(スピン・アウト)さ
せたアダルフィ社の経営破綻に続いて、GM本体までが連日「破産法申請か」という
噂に揺れる始末です。『マネー』誌とCNNの連合サイトには、GMが市場のシェア
を失ってきた歴史のグラフが掲げられていますが、90年の36%から04年の26
%へと、毎年急角度でシェアを落としてきている様子はやはり衝撃的です。
今回の危機が衝撃的なのは、GMの苦境ということについて怒ったり、例えば日本
車に八つ当たりをしたり、ということがほとんど見られないことです。ダメな経営と、
組合の既得権層がお互いにダメな方向へどんどん会社を引っ張った、そんな厳しい見
方が一般的だということもありますが、このアメリカ最大と言って良い企業の苦境に
対して、世間の目は何とも淡々としています。
ブッシュの苦境にしても、GMの苦境にしても、きっかけは「カトリーナ」でした。
救援の遅れが政権の求心力にダメージを与えましたし、何よりも原油高が燃費の悪い
イメージのGM車を追いつめたからです。その「カトリーナ」ですが、ヒューストン
などに避難した被災者で、現在もホテルを仮住まいにしている人が15万人おり、そ
のホテル代金を連邦の緊急事態庁(FEMA=フィーマ)が負担しているのですが、
11月の17日にFEMAが発表したところでは、その仮住まい代金について、2週
間後に支払いをストップするというのです。
そもそも期限を切っていたホテルでの仮住まいについて、予定通り「期限を切る」
のだというのですが、ではその15万人がどこに住むのか、行く当てのないの人が多
いのだというのです。ヒューストンでは、被災者たちだけでなく、市の行政当局から
も「連邦政府は無責任」という声が上がり始めており、この問題も下手をするとブッ
シュの立場を更に悪くする可能性があると言っても良いでしょう。
ただ、このハリケーン被災者救援をめぐっては、私が当初予想したような「大きな
政府論」と「小さな政府論」の衝突というようなダイナミックな展開は起きていませ
ん。被災者の人命や民生が大事だとはいえ、思い切った補助を出せるような台所事情
ではないというのが現実だからです。
とはいえ、カトリーナ問題を忘れるわけにはいきません。ビル・フリスト院内総務
(上院、共和)は、前に述べたTVインタビューの際には、ワシントンの「住宅を建
ててルイジアナ、ミシシッピに送ろう」というプロジェクトのボランティアをしなが
ら、という趣向でした。Tシャツ姿に金槌を片手という風情で「イラク撤退」を説い
ていたのです。
カトリーナ被災者の救援ということでは、TVでは政府主導の募金活動のCMをま
だやっています。スマトラ沖の震災と津波の際の募金で大活躍した、ブッシュ(父)
とクリントンの2人の大統領経験者が切々と募金を訴えるのですが、少なくともこの
CF映像では2人とも老いが見えて、何となくそれが沈滞する国情に重なって見えて
しまうのです。ボランティアや募金活動が目立つのは、アメリカ人が奉仕の精神を忘
れていないというよりも、そもそも国庫にカネがないということを示しているように
見えると言っても良いのでしょう。
いずれにしても、これからアメリカは冬を迎えます。2006年の中間選挙まで1
年を切りましたが、まだ新しい政治や思想の流れは見えません。後ろ向きの感情を引
きづりながら、うろうろとさまよい続ける日々が当分は続きそうです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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JMM [Japan Mail Media] No.349 Saturday Edition
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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