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2006年2月25日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.363 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第239回
「風景の一変したアメリカ政局」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第239回
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「風景の一変したアメリカ政局」
日本では民主党の永田議員による「堀江メール?」の真偽問題から、政局が混迷し
てきましたが、アメリカの政局も今週は予想もしなかったような事態になっていま
す。問題は、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルチアモアなど東海岸一帯六ヶ所
の港湾管理会社の所有権です。
アメリカでは、もうずいぶん前から港湾の管理という業務の多くは、自国の会社で
はなく外国資本による経営で成り立っています。英国、日本、香港、デンマークな
ど、海運に関してノウハウのある会社が、アメリカの会社に代わって港湾のオペレー
ションの管理を行う、それが当たり前になっています。
今回問題になったのは、その中でも大きな位置を占めていた英国系のP&O社が業
務を売却するというニュースでした。先ほどの六ヶ所に関してアラブ首長国連邦のド
バイに本社のある同国の国営企業DPW社に売却する、ということが明らかになる
と、「アラブの会社がアメリカの港湾管理?ノー!」という大合唱が起きたのです。
まず問題に火をつけたのは、民主党です。ニューヨーク湾内に、巨大な港湾をいく
つも抱えるニューヨーク、ニュージャージーを票田とする大物上院議員のヒラリー・
クリントン、チャック・シューマー、更に昨年秋に連邦上院から州知事に転じたばか
りのジョン・コーザイン、ニュージャージー州知事などが、一斉にブッシュ政権を非
難し始めました。
この「ディール(取引)」が明るみに出た時点では、所轄の連邦の各官庁は全て
「承認」していたのですが、それが気に入らないというのです。例えば、2月22日
のシューマー議員の「ぶら下がり会見」では、「とにかく、ノーと言ったらノー、結
論はノー。以上」と強硬です。
理由は単純で「核兵器などの持ち込みの防波堤であるべきアメリカ主要部の港湾管
理を、アラブ系の企業に任せるわけにはいかない」という感情論です。更に言えば、
911の実行犯のうち二名がUAE出身だというのです。テロリストを輩出した国の
国営企業なんて、というわけです。それ以上の議論にはなっていません。そして、こ
の感情論は民主党だけではないのです。議会共和党の相当の部分もこの動きに同調し
ています。
さて、今回の「政局」が画期的なのは、ブッシュの動きです。今回の「ディール」
に関して、ブッシュは「連邦政府の各部署が責任をもって検討の上で、承認してい
る」とあくまで静観の構えでした。ですが、日一日と「反アラブ包囲網」ができ上が
って来ると、これに対してブッシュは益々姿勢をハッキリさせていきました。そして
今週の火曜日には「既に契約は完了している。もしも議会がこの譲渡を阻止するよう
な動きをしたら、大統領拒否権(ビトー)を行使する」と宣言、政争はにわかにホッ
トになってきたのです。
今や、左はヒラリー・クリントン(民主)から右はビル・フリスト(共和、上院院
内総務)まで、超超党派の「ブッシュ包囲網」が完成した観があります。ブッシュの
立場は「UAEは同盟国、海軍の主要な寄港地で反テロ戦争の戦友、そしてあらゆる
政府部署が安全性を検証済み」ということで明快です。勿論、巷間言われているよう
に、例の「風刺画問題」がまだ荒れ狂っている以上、アメリカとして「反イスラム」
的な動きをして「文明の衝突」を展開したくない、そんな思いもあるでしょう。
この「風刺画問題」は今や「反欧米文化闘争」的なムードになっていて、アメリカ
が「反テロ」の前線と位置づけているアフガンやパキスタンでも大騒ぎになってい
る、しかもイラクではサマッラーのシーア派聖堂爆破事件以来、内戦状態に近い危険
な状況です。ここで「反米感情」を増幅させるのは全く得策ではないというのは当然
でしょう。
それ以上に、ブッシュは「アメリカは自由の国、アラブ資本であっても合法的なも
のなら経済活動は自由」という法治主義(?)を手中にしています。現実論として
も、スジ論としても「譲渡を認める」のが正当、というのです。国防総省も、国土保
安省も、国務省も「国家安全保障」の観点からブッシュの判断を支持しています。
それにしても、奇妙なことになってきました。ブッシュ一人が孤立する中で、議会
の民主党と共和党は「とにかく絶対反対」と攻め立ててきています。そんな中、外野
席からの騒音は増すばかりです。例えば火曜日あたりからメディアで騒がれているの
は「チェイニー副大統領が誤射事件で謹慎中なので、ブッシュという無能な人間がト
ップ判断をしていて危険」という言い方です。
22日晩のMSNBCの『ハードボール』という政治討論番組では、「左右」のコ
ラムニストが口を揃えてそんな言い方をしていました。これはニュージャージーのF
Mラジオですが、「ブッシュはこの譲渡案を新聞で読んで初めて知ったそうなんだ。
それまでは何もやっていなかったんだ」と聴取者が電話口で怒鳴っていたりもしまし
た。
私の勤務しているニュージャージー州立のラトガース大学では、その港湾の「地
元」ということもあって、大きな関心を呼んでいます。今回の譲渡の対象になってい
るニュージャージー州のエリザベス港は、東海岸屈指の貿易港だからです。今日の大
学新聞『デイリー・ターガス』(学生が編集する立派な日刊紙です)では、木曜日の
23日号では1面トップの大きな扱いで、この「港湾管理の譲渡問題」を扱っていま
した。
何でも、大学では最近「港湾安全研究所」という組織を作り、港湾内の船舶の軌跡
をコンピュータ管理しながら、保安管理上最善の管理システムを作る研究をしている
そうで、ここに、今回の問題も持ち込まれているのだそうです。
この研究所のアルトーク所長が新聞に寄せたコメントによれば、研究所としてはU
AEの会社が提出している「保安官理計画」を詳細に検討してみないと何も言えない
と慎重です。ではどうしてそんなに慎重なのかというと、大学内で聞いた噂による
と、州立大学として州政府から「シビアな判断」を求められているのは本当で、それ
は「万が一、UAEの会社に港湾管理が譲渡された場合」に「当局として余計な安全
管理の措置が必要だと判断した場合」には「連邦はカネを出さないので、州がカネを
出さねばならない」可能性があるのだそうです。
このあたりは「ポスト911」時代における世界の州政と連邦の間にある複雑な駆
け引きで、仮に連邦が危険と判断すればカネが出るが、連邦は安全と判断して、これ
を州が独自に危険を認めて措置をした場合は、州が予算を出さねばならないのです。
そして、仮に事故があったり、危険があっても惨事を未然に防いだような場合は、州
としてあるいは州知事として政治的ポイントを稼ぐことができます。逆に州が連邦に
同調して危険を甘く見で何もせず、結果が惨事となった場合は(ハリケーン「カトリ
ーナ」が好例です)、双方ともに政治的に痛手を負うというわけです。
そんなわけで、ニュージャージー州としては何とも混乱した状態にあるのですが、
今日23日現在の状況では、そもそもの「反対論」に関してはとにかく感情論を域を
出ないのです。では、冷静に考えてみると、この「UAE所有の会社」がNYなどの
港湾管理を担うことで、どんな危険があるのでしょうか。
その学生新聞を抱えた学生が言うには「いやあ、危険がどうとか、そんな真面目な
話じゃないんですよ。要するにイスラムの風刺画問題と同じ、感情論です。それ以上
でもそれ以上でもないんです」と言うのです。この学生によれば、「日本のBSE問
題も、それに反発するアメリカも、捕鯨の問題も、犬の食用の問題も」みんな同じだ
というのです。
「価値観の背景には文化があって、それを知らないと国際政治はできないんです」
という政治学専攻の彼は、日本に行って日本人の学生と友人になってカラオケボック
スに通い詰めたり、「オレはユダヤ系だからクリスマスカードは困るって言ってるの
に来るんですよ」と言いながら、そんな日本人学生と文通したりしているのです。
まあ、こうした若い世代から見ると、こうした「文明の衝突」問題は、それぞれに
ケーススタディをしながら、相互理解のノウハウを積み重ねていくべき、そんな突き
放した見方が可能なのでしょう。そして、それは決して悪いことではないと思いま
す。いずれにしても、若い人を教えること自体に希望を感じられるというのは、幸せ
なことだと思うしかありません。
さて、この「奇妙な政争」ですが、23日の時点では、まだ潮目がどこにあるの
か、最終的に流れがどちらに転ぶのか全く予断を許さない状況となりました。NBC
は現在五輪の独占中継権を持っているために、朝のニュースショーは全てトリノから
の生中継なのですが、23日の朝には、そのトリノにロジャー・クレッシーという
「テロ対策アナリスト」を招いて「今回の譲渡は安全」という議論を展開していまし
た。
とにかく「百戦錬磨の連邦の当局がお墨付きを出しているのですから、それにUA
Eというのは湾岸地区で最も信頼できる同盟国ですよ」というこのアナリストの発言
に、ケイティー・コリック以下のキャスターたちは、「なるほど」とうなずいていま
した。「UAEはカトリーナの時には100ミリオンの寄付をしてくれたんですよ」
「そうだったんですか」とまあ、こんな調子です。
ですが、その23日丸一日この問題について、ワシントンでは暴風が吹き荒れまし
た。そして夕刻にブッシュが「本件の決定は1週間繰り延べる」と宣言すると、「良
識派」で押そうとしていたNBCも夕方のシリアスな「ナイトリー・ニュース」で
は、この問題をトップから外すなど慎重な姿勢になっていました。NYタイムスなど
も、基本的にはコラムを含めると両論併記という格好です。
24日になっても暴風は吹きやまず、ワシントンでは、その100ミリオンの寄付
自体が「国土保安省のシャートフ長官へのワイロではないか」と非難が起こったり、
NYとNJの連合港湾局(ポート・オーソリティ)が譲渡停止の仮処分申請をしたり
している状況です。渦中の人、シューマー議員(上院、NY州、民主)はブッシュの
「1週間繰り延べ」ではダメだとして、「45日の専門家精査と更に議会での精査」
を要求しました。
さて、今回の「政局」の面白い点はヒラリー・クリントンが「右から」ブッシュを
「攻める」という構図になっていることです。昔からヒラリー嫌いを公言している右
派のキャスター、ビル・オライリー(FOXニュース)は、「ここぞ」とばかり「ヒ
ラリー変節」を批判し始めました。
23日の政治トークショー「オライリーファクター」では「「今回の件は、要する
に人種偏見ということですよ。ということは、あのヒラリーさんが人種偏見を煽って
いるわけで、こいつは傑作だ」という調子です。「元々クリントン夫妻といえば、や
れ人権、やれ国際協調、とゴテゴテのリベラルだったでしょう。第一、ダンナの方
は、つい最近もドバイに行ってスピーチをして来たそうだけど、大歓迎されてすごい
カネをもらってきたらしいじゃないですか。夫婦の政見不一致ですな」とこき下ろし
ていました。
ですが、この晩のゲストだったディック・モリスという政治評論家によると、「案
外ヒラリーは真剣なのかもしれない」のだそうです。「ヒラリーは、どうもテロと戦
う闘士のイメージを狙っているようですよ」というのがモリスの見解で、「右派票を
しっかり狙っていて、今回の件ではとにかくブッシュを追いつめるチャンスだと思っ
ている」ようだというのです。911以降出てきた「子育ての中で治安やテロに敏感
な」いわゆる「セキュリティーママ」層がそのターゲットのようです。
では、一気に民主党が「右傾化」したかというと、そうではなくて、2008年の
大統領選に向けて「左のホープ」が浮上しているというのが、モリスの解説でした。
「それは、何とアル・ゴアなんです」というのです。「筋金入りのリベラルの間で
は、『ゴアの再選を目指そう(実は2000年にフロリダで負けていなかったという
意味)』というネタで盛り上がっているんですよ」
モリスによれば、ヒラリーも、ケリーも、エドワーズも「イラク戦費支出に賛成」
しているし「反テロ」のスローガンには屈しているだけ、でもゴアは「一切クリー
ン」で、しかも彼の政策のメインは「京都議定書批准」で、これが現在の世論の深層
には意外に受けそうだというのです。
「こうなると、2008年をにらんだ民主党の指名獲得レースは、左のゴアに右のヒ
ラリーが激突するという構図になりそうです」というのがモリスの解説でした。私に
は、まだゴアの影響力がどこまで残っているのかは疑問ですし、肝心の財政再建、産
業育成の問題、更には分裂を癒すキャラクターということでは、もっと清新な実務家
を期待したいのですが、今日現在の「話」としてはそういう構図もあるのだというこ
とです。
いずれにしても、今回の騒動がどう展開してゆくかは政局に大きな影響を与えるで
しょう。ブッシュが安易な妥協をすれば、政権の求心力は低下するでしょう。ブッシ
ュとしては、あらゆる手を使って世論と議会を説得するということになるのではない
でしょうか。そこで、ヒラリーなり、フリストなりといった政治家と、ブッシュ政権
が、感情論と事実関係をどう展開してゆくか、最終的には世論の風をつかむのはどち
らかということになります。
もしかするとパキスタンのムシャラフや、エジプトのムバラクに近いヒラリーは、
真剣に中東の民主化を戦略に据えていて、逆にUAEやサウジのような中期的には不
安定化の可能性のある「王様の産油国」には距離を置こうとしているのかもしれませ
ん。アフガンやイラクの前線訪問には民主党政治家の中でヒラリーは一番熱心にやっ
てきています。ですが、仮にそうであったとしても、「人種は平等、資本には国籍な
し」という原則を踏みにじってまで政治的勝負に出ているというのは、これまでの民
主党の動向とは次元が違います。
本当は、何らかの理念的な対立軸があって政治的な決定へ議論が進むのが正当なの
でしょうが、とりあえずは、そんな贅沢は言えない中で、正に政治の「力比べ、技比
べ」ということになっていくのでしょうか。そんな中からでも、新しい時代が開かれ
ていくのを丹念に見てゆくしかないようです。いずれにしても、政局の風景は全く変
わりました。この11月の中間選挙、2008年の大統領選挙までには、想像もつか
ないことが次々に起こるのでしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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