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一九四一年、ロックフェラーの多額の資金が太平洋問題調査会(TPR)を通じて、日本の真珠湾攻撃工作のために、ゾルゲ経由、日本の皇族に渡された、とのジョン・コールマンの説。
平成十八年(二〇〇六年)二月十八日(土)
(第一千五百八十九回)
○「一九四一年、ロックフェラーの別のフロント組織、太平洋問題研究所(IPR)が
東京の関連機関に多額の資金を拠出した。その資金はロシアスパイの大立者=
リヒャルド・ゾルゲを経て皇族に送られ、日本の真珠湾攻撃工作資金となった。
再度言うが、タビィストックがIPRのすべての出版物を起草している。」
(ジョン・コールマン著『タビィストック洗脳研究所』、第一章。成甲書房から
平成十八年三月下旬刊予定)
○この情報は、筆者の知る限り、今まで日本で公表されたことはない。
○このコールマン情報によれば、一九四一年太平洋問題研究所(IPR。日本では、
これは太平洋問題調査会、と邦訳されて居る)を通じて、多数のロックフェラー
資金がゾルゲに渡された。
○そしてゾルゲは、その資金を、日本の真珠湾攻撃工作資金として、皇族に渡した、
と言う。
○この「皇族」とは誰か。
その実名は分らない。
○当時「皇族」の数は、かなり多い。
○しかし、真珠湾攻撃工作と言うことは、
これは、日本が対米英開戦を支持するような立場の皇族への工作資金、を意味
するであろう。
○或る時、海軍軍令部長の職にあった伏見宮は、対米英強硬派、と言われて居た。
○皇族も、反米英派と、親米英派に分かれて居たであろう。
○ジョン・コールマンによれば、IPR(太平洋問題調査会)のすべての文書は、
タビィストックが起草した、と言う。
○日本ではIPRの言動についてのまともな研究は、今に至るまで、ゼロに近い。
○IPR(太平洋問題調査会)は、一九二五年に正式には発足して居るが、もち
ろん実質的にはその前に活動は開始されて居るであろう。
○IPRについては、一九四九年十月、中共が中国政権乗っ取りに成功した前後
から、
○米国上下院で、反IPRの立場からの、かなり激しい批判と調査が行われた。
○それは、マッカーシー米上院議員の三冊の著作のうちに、表現された。
○しかし、日本では、占領中(一九四九年八月〜一九五二年四月)も、そのあとも、
○IPRに対する批判的研究はゼロである。
○IPRの行動は、
第二次世界大戦前後、
アジアの大部分を共産主義化すること、である。
○しかし、このIPRを、ロックフェラーが資金的に支え、そしてその指導は、
タビィストック研究所が行った、このタビィストック研究所は、三百人委員会
の秘密の参謀本部である、と言う。
○第一次世界大戦後、タビィストック研究所=三百人委員会は、米国=中国
共同で日本を挟み撃ちして壊滅させる方向に状況を演出した。
○そしてこれから「彼ら」は、もう一度、
○米中による日本民族抹殺のための大作戦を実施しようとするのである。
(了)
●[注]
○近刊予告 平成十八年三月下旬刊
ジョン・コールマン著
「タビィストック洗脳研究所」(成甲書房)
http://sv1.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi
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