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米軍再編と闘う韓国農民
沖縄・神奈川と同じ課題に取組んでいた
小山幸恵
http://www.bund.org/news/20051125-2.htm
11・13米軍座間キャンプは3000人以上の労働者・市民に包囲された。第1軍団司令部は来るなという声は日増しに高まっている。そうした中で日韓反戦活動家の交流も強まっている。
ペンソン基地拡張計画
キャンプ座間(神奈川県大和・座間市)への陸軍第1軍団司令部移転には、地元から大きな異議申し立てが起きている。相模原市21万、座間市6万5000もの反対署名が、数週間という短期間に集まった。そうした中、在韓米軍再編にともなう基地拡張に抗し、農地死守をかかげて闘っている韓国の農民活動家が来日した。日韓の反基地運動連帯に応えて企画された県内の反基地運動グループの訪韓団に参加した。基地拡張計画に住民総出で抵抗を続けている平澤〔ピョンテク〕市テジュ里(京畿道)を訪ねた。 米軍は現在、韓国でも再編計画を進めている。約4万の在韓兵員軍を半減、軍施設も縮小するなどが報道されている。しかし米軍側は、実際には北朝鮮を攻撃できる態勢を整えること、北東アジアに展開する米軍の拠点として再整備・強化することを目的に再編を進めているのだ。それは再編の内容を見れば一目瞭然だ。
米軍は38度線に近く、北朝鮮からのミサイル射程距離に入るソウル市龍山〔ヨンサン〕基地から撤退する。代替の在韓米軍司令部基地として、約80キロ南の平澤市にある、ソタン空軍基地と、ペンソン陸軍基地(英名はハンフリーズ基地)を約2倍に拡張する。すでに400万坪を超える米軍基地を抱える平澤市に、800万坪を超える巨大基地が居座るのである。拡張のため接収される用地は、ほぼ全域が水田地帯だ。250戸1000人の農家が退去を迫られている。広大な農地が米軍に奪われようとしているのだ。韓国政府は今年中に全ての家・土地を買収すると発表しているが、買収はほとんど進んでいない。
「農民にとって、農地は命そのもの」──視界いっぱいに広がる田圃を目の前にして、私たちはそのあまりの広大さに息を飲んだ。出穂した稲がぐんぐん伸びる季節で、緑の穂の絨毯が向こう側が見えないくらいまで広がっている。ここが全て基地拡張用地だという。
ペンソン地域の住民対策委員会事務局長シン・ジョンウォンさんは「拡張用地全体で、どれくらいの米がとれるのか?」の質問に、「37万平澤市民が半年間食えるよ」と答えた。最近、子どもたちの学校給食で地元の米を使ってもらおうと自治体にもちかけたところ、公共機関が輸入米よりも地場農産物を優先して仕入れることは、WTOの制裁対象に当たるとして却下されたそうだ。9月からは、安価な中国米の輸入が始まる。「韓国国民の食糧生産に携わる者として、これから考えなければならないことがたくさんある」。シンさんは平澤市テジュ里の若手農業者のリーダーでもあるという。
彼は「農地死守」の思いを語ってくれた。テジュ里は、日本による植民地支配の中で1937年、日本軍飛行場として接収され住民は追い出された。解放後も米軍が駐留、朝鮮戦争を機に次々と拡張された。2度追い出された住民は、やむなく西側の海岸地帯を干拓し、50年かけて韓国有数の米どころにまで田圃を育て上げた。
「これ以上の追い出しには、とうてい応じられない」 住民の半数以上が60歳以上の高齢者であり、農業以外に生きていくことはできないとも言う。
梅香里の勝利につづけ
ペンソン基地拡張計画が住民に知らされた03年、町内会や婦人会、若手農業者の会などが集って住民対策委員会が発足。以来、毎週のように、農民たちはバスを連ねてソウルに通い、龍山の反基地運動団体とともに移転・拡張反対を訴え、国防部(防衛庁に相当)長官への面会を申し入れた。
「年寄りたちには、辛い闘いだった」 地元闘争での逮捕者釈放を求めて始まった座り込みを機に、昨年9月4日から毎晩欠かさず集会が続けられている。畑の一画にあるビニルハウスに、夕方になると村中からろうそくを手にした人々が集ってくるのだ。
日本から訪問した私たちも、その晩のろうそく集会に参加した。印象深かったのは、村のおばちゃん、おばあちゃんたちだ。
男性たちの闘争挨拶が続く間は、手元のろうそくに目を落として軽く頷きながら、隣同士でおしゃべりなどしていたが、やがて歌や踊りの出し物になると、とたんに手拍子が始まった。最高潮はアリランが飛び出した時で、身を乗り出しての大合唱。昼間の歓迎会で、大人が2人も入れそうな大鍋の参鶏湯でもてなしてくれた元気な女性たちだ。
彼女らも、時には数10人もの逮捕者を出す激しい闘争を支えている。日本の植民地支配、分断と戦争、居座り続ける米軍によって生活基盤を奪われ続ける中で、やっと築いてきた生活を守ろうとするたたかいであることを強く感じた。
このことは、平澤訪問の前日に立ち寄った梅香里でも感じた。梅香里の住民は今年、韓国で初めての米軍基地による住民被害を訴えた裁判で勝訴し、演習場を閉鎖(8月12日)に追い込んだ。梅香里には1952年以来、クーニー国際射爆場で米軍の演習が行われてきた。海岸地域と沖合に浮かぶ2つの島、それに周辺海域を合わせて2400平方メートル。アジアにおける米空軍最大の演習場だ。
米軍にとっての最大の利点は、射爆場域内約700名(200戸)が漁業・農業を中心とした生活を営んでいることだった。爆撃機のパイロットは、彼らの上を「顔が見える高さ」で飛行し、直後に爆撃スイッチを押す。子どもの笑顔や農婦の後ろ姿を見ても、故郷を思い出して動揺したりせず、的確に標的を狙う訓練が不可欠だからだという。アメリカ本土の演習場ではとてもできないことだ。
漁業で生活をたてているチョン・マンギュさんは、98年、住民14人で、演習による騒音被害を訴える裁判を起こした。1億3200万ウォンの賠償金を勝ち取った画期的な判決が下り、今年の演習場閉鎖につながった。チョンさんが立ち上がったきっかけは、父親の自殺だったそうだ。演習中(年間250日)は、演習場域内にある農地や漁場に立ち入ることができない。もともと貧しい漁村である上に、わずかな生活手段が奪われ、村の若者たちの多くはソウルや海外へ出稼ぎに行く。チョンさんも出稼ぎに行っていたが、その留守中、父親が自殺した。チョンさんは梅香里で自殺や精神障害が多いのは、昼夜を問わず行われる演習のためではないかと考えた。
日本から米軍が飛んでくる
チョンさんが漁を営む梅香里の海は、広大な干潟だ。韓国の西側、黄海沿岸には世界5大干潟に数えられる豊かな遠浅の海が広がっている。中でも梅香里も含まれる京畿湾一帯は、干潟が特に発達していて、近年ではラムサール条約会議でも重要な保護地域として注目されている。彼等は梅香里の浜を「数百種の魚介類の宝庫、西海岸一の黄金漁場」と呼ぶ。たくさんの水鳥が貝をつつき、子どもが砂遊びをしているわきに、2mを越える薬莢がゴロゴロしているのだ。米軍は撃ちっぱなしで、住民が回収や海岸清掃をしているが汚染は深刻である。演習には劣化ウラン弾も使われたという研究報告もある。
政治的には未だ戦時体制である韓国にあっては、在韓米軍に異議を申し立てること自体が、民主化後もタブーであり続けた。しかし今や多くの韓国の人々は「米軍は韓国の平和を守るためではなく、米世界戦略の拠点として韓国の土地と財源を活用しようとしている」と考えている。
私たちが訪ねたときは、8月15日の光復節(抗日解放記念日)が近づいている時期で、国をあげての南北交流事業が計画されていた。ソウルで龍山基地撤去の運動に取り組んできた活動家は「もう南北は戦争しない。在韓米軍の存在は統一・平和の障壁だ」という。この感覚は平和活動家だけのものではなく、ソウル─ケソンを結ぶ定時バスで毎日通勤する人も増えている今、多くの一般の韓国人に広がっている。在韓米軍による環境破壊、生活破壊と安保を引き替える大義名分はもはや消えつつあるのだ。
韓国で基地再編に立ち向かう人々は、日本から来た私たちに「日本の戦争責任云々……」とは一言もいわなかった。かわりに彼らは「日本で米軍基地と闘って欲しい。それが一番の助けになる」と言った。梅香里の演習場には、沖縄や厚木からも飛行機が飛来し爆撃訓練を行っている。在韓・在日米軍が一体になって、米軍事戦略の東北アジアにおける拠点として機能するのだ。
「生活の場をアメリカの戦争のために破壊されてなるものか」という思いを共有するもの同士として歓迎してくれた彼らの信頼に、私達は応えていかなくてはならない。
(エコアクションかながわ)
http://www.bund.org/news/20051125-2.htm